■■ IMITATION LIFE〜第3章・岐路 6話 ■■
羅魏が、泣いていた。
身体を離れる直前に知覚したのは羅魏の泣き声。
けれどラシェルは振り返らなかった。
自分が泣かせてしまったことは充分に自覚していた。だから余計にだったのかもしれない。
通信回線に潜り込んでみると、サリフィスよりずいぶんと粗悪なものであることがわかった。リディアの中央研究所と比べるのも酷ではあるが。
はずみと勢いで入ってしまったものの、いつまでもここにいるわけにもいかない。
しばらくうろうろしてから外に出ようとした。しかしなかなか外に繋がる道が見つからなかった。
どうやらクローズネットワークのようだ。ある限定された範囲の中でしか使われていないらしい。
『げっ・・・・・』
しばらく探し回って気付いたのだが、どうやら外に通信することは稀であるらしい。データの中にあった通信記録を見つけてラシェルはうめく。
これは・・・下手すると何日か戻れないかもしれないな。
いくらネットワーク内を自由に動き回れると言っても、この空間が閉じた空間である以上は何らかの形で空間が外と繋がっている時で無いとどうにもならない。
つまりそれは、誰かが外に通信してくれなければこのネットワーク空間から出れないということだ。
サリフィスの機械ならば勝手知ったるとばかりに内部から操作して外に繋いでしまうが・・・・・・初めて見たこの世界の機械を上手く操作出来るかは妖しいところだ。
『うわっちゃ〜・・・・ヤバイところに来ちまったなぁ』
頭を抱え込んでうめいているとどこからか声が聞こえた。
――こっちに来いと、呼ぶ声。
行くあても無いラシェルは、とりあえずそちらのほうに向かってみることにした。
そうして向かった声の先には、自分と同じ年頃の少女がいた。
「こんにちわ」
少女は、そう言って笑った。
・・・・・・ここの施設では映像を出すことが出来ない。
羅魏のように魔法が使えれば、そういった幻影みたいなものを出すこともできるのだろうが、生憎ラシェルはそんな器用なことはできない。
それでも少女はラシェルのことを知覚できるらしい。そうでなければ呼んだりしないだろうけれど。
少女の部屋にはモニタがあった。外に映像を作り出すことは出来なくとも、モニタに自分の姿を写し出すぐらいは出来る。
少女の方からはモニタの電源が勝手についたように見えただろう。それでも、少女は驚いたりはしなかった。
「こ・ん・に・ち・はっ!!!」
少女が、怒鳴っていると言ってもいいくらいの声量で、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
それでもラシェルが黙っているのを見て、少女はびっと腰に右手を当てて左手でこちらを指した。
「あのねえ、挨拶してるんだからちゃんと返してよ。そのくらい子供でも知ってる常識でしょ?」
動揺も驚きもしない少女の態度に、ラシェルが普通に通信で話していると勘違いしてるんじゃないかとも思ったが、それならばあんな風に呼んだりは出来ないだろう。
それでも黙ったままのラシェルに少女は頬を膨らませて拗ねた表情を見せた。
「もう、なんで答えてくんないのよぉ。これじゃ、あたしの一人言じゃない」
「あのさぁ・・・こっちじゃこういうの珍しくないのか?」
「んーん。初めて見た。百年前にもあなたみたいなのは居なかったわ」
ラシェルの問いに彼女は平然と、珍しい者だと答えてくれた。
「よく驚かないな・・・」
「驚くよりも暇つぶしの方が重要だもん。もぉ、ここってばやることなくて退屈なんだもん」
(なんなんだ? この子・・・・)
ぽんぽんと飛び出す言葉に圧倒されてぽけっと彼女を見ていると、少女の表情が変わった。
「こんなとこで暇してる場合じゃないのに・・・・・」
そう呟いた少女の表情は真剣そのものだ。
短い沈黙。
先に口を開いたのはラシェルだった。
「ここはどこなんだ?」
「姫巫女の自室よ」
・・・・どこかで聞いた単語・・・。
たしか、この大陸を治めている教会のリーダーのような存在だったと思う。
「あんたは誰なんだ?」
「あたし? 姫巫女。姫巫女の自室に姫巫女以外の誰が居るってのよ」
にっこりと姫巫女だと宣言した直後、今度は呆れた表情で言葉を続ける。
コロコロと良く変わる表情を見て、ラシェルは顔には出さずに小さく笑った。
「ってことはこの大陸の最高権力者か」
「形だけはね。あたし、人族じゃないの。でも教会の都合でここに幽閉されて、無理やり姫巫女にさせられたのよ」
彼女の言葉にラシェルは首をかしげた。
(確か教会は人族以外の者を迫害してるんじゃなかったっけ・・・・)
しかしその答えの予想はすぐについた。多分、彼女がなんらかの特殊能力を持っていて、それを教会が必要としているのだろう。
「オレはラシェル。あんたはなんて言うんだ?」
「姫巫女。さっきも言ったでしょ」
平然と言い返す彼女に、ラシェルは再度聞きなおした。
「そうじゃなくて、あんた自身の名前だよ」
そう聞くと、彼女は真剣に考え込んでしまった。しばらく考え込んだあと、彼女は情けないような笑みを見せて答えた。
「思い出せないわ。えっとねぇ、確かつけてもらったんだけどね。向こうの記憶はボケボケしててあんまし覚えてないのよ。戻ったら思い出せるんだけど・・・・・って、そっちばっかり質問してズルイじゃない!
あなたは誰? どこから来たの? 少なくともこの世界の生まれじゃないわよね?」
「は!?」
いきなり質問されたうえにいとも簡単に異世界の住人だと断言されて、ラシェルは驚きの声をあげた。
「さっきも言ったでしょ。百年前にもあなたみたいなのは居なかったって」
「どうして百年前なんだ?」
「星が落ちたのが今から約百年前。それより以前は人族の機械文明と、少数種族たちの魔法文明があった。両方とも結構発達した文明だったんだけどね。星が落ちた時に大陸のほとんどの命が失われ、文明も大幅に退化したの。で、あなたは何者?」
話題がそれたかと思いきや、しっかりと元の話題に戻してくれた。
これはもう誤魔化しても駄目だろうと諦め半分。誰かに相談したいという想いも手伝って、ラシェルは自分のことを話した。
「あんたバカ・・・?」
話を聞き終わった彼女の第一声がそれだった。
一瞬ムッとしたが、口には出さなかった。一応、自分でも自覚していたから。
ラシェルの生まれを知ってラシェルに対する態度が変わるような者は、少なくともラシェルの周囲にはいなかった。
それでもサリフィスを出たのは自分が臆病なせいだ。
いつかは訪れる、親しい人達の死を受け入れる自信がなかったのだ。
俯いた黙りこんだラシェルに、彼女は呆れた様な溜息をついた。
「あたしにはあんたの気持ちはわからない。あたしは生まれた時から長寿種族だったもん。でも、わかることもある。
まったく同じ寿命を持つ者なんて誰もいないの。例え同じ種族だとしても必ずどちらかが先に死ぬのよ。
あなたは一度は親しい人の死を乗り越えた。それに同じだけの寿命を持つ仲間も居るんでしょ?」
羅魏のことが頭に浮かんだ。
(あとで羅魏に謝らなきゃな・・・・。あれは完全に八つ当たりだ)
サリフィスを出ようとしたあの時、羅魏はなにも言わなかった。けれど多分、羅魏はサリフィスを出たいなんて微塵も思っていなかっただろう。
それでも、羅魏はラシェルと一緒に居られればそれで良いと言って自分に付き合ってくれた。
また考え事に没頭し始めたラシェルに、彼女は小さく息を吐いて苦笑した。
「ま、時間はたっぷりあるから。ゆっくり考えな」
プツリと、モニタの電源が落ちる。
そうして暗く静かな空間の中で、ラシェルはゆっくりと考えを巡らせた。
サリフィスに帰りたいという想いはいつもあった。
けれど、そうして誰かが死んだ時、自分はそれを乗り越えることが出来るのだろうか・・・。
一回や二回ではない。他の人達の何倍もの回数それを乗り越えねばならない。きっとそれは何度でも訪れる。
自分は寿命など無きに等しい身体を持っているのだから・・・・・・。