■■ IMITATION LIFE〜第4章・二人の…… 2話 ■■
ラシェルは予定より二週間ほど遅れて目的地へと出発した。
羅魏とラシェル、二人が別々の身体を持つようになって半年ほどが経っている。ラシェルは以前と同じ、遺跡へ行き帰ってくると部屋で調べものという生活をしていた。
今回の目的地も遺跡。それもリディアよりもさらに前の時代の遺跡だ。
水龍の行方はわからない。気付いたらいなくなっていた。多分あちこち見物して回ってるのだろうが・・・彼女は外見に似合わず大人だ。心配は全くしていなかった。
問題は羅魏とフィズの方で、毎度の事ながらどこかに出かけると言う度に二人とも一緒に行くとうるさい。説得するのに二週間もかかってしまったのだ。
別に連れていって困るというわけでもない・・・・が、面倒なのは確かだった。
羅魏は戦闘技能ばっかりで遺跡やらトラップやらに関する知識はほとんど無いし、フィズにいたっては通称が罠差動装置だ。連れていっても面倒が増えるだけなのは目に見えている。
「なんで魔法得意なくせに魔法知識無いんだよ、あいつ」
思い出してふと口に出る。だが、ラシェルもわかってはいる。
この場合の魔法知識とはリディアで広く使われていたものではなく、それよりさらに昔の滅びた文明の魔法。実戦で使えるほどには解明されていない魔法だ。羅魏が詳しいのはきちんと使いこなせる魔法とその知識であり、考古学的な意味での魔法知識ではないのだ。
現在地は西大陸チェステリオンの南地方。
目的地は世界一 ――大陸間の交流が復活したので大陸一ではない――治安が悪いと言われている闇都市ノインに程近い場所にある遺跡だ。この遺跡は以前にも来たことがあったが、その時は色々あって、じっくりと中を見ることができなかった。
キリトから聞いた話では、四千年前のリディアの最盛期の前にもいくつかの文明があったそうだ。そのうちの一つに魔法を中心として築かれた文明がある。ラシェルがこれから行こうとしているのは、その魔法文明の名残が残されていると言われる遺跡だ。
遺跡の入り口付近まで辿り着いた時、周囲に人の気配を感じた。
「誰だ?」
その声に応じて、十数人の男たちが現れた。
「なんの用?」
答えてくれないだろうと思いつつもとりあえず聞いてみる。
予想通り、男たちは何も答えなかった。答えの代わりに男たちが一斉に動き出す。
(まずいな・・・)
ラシェルは多対一の戦いは苦手だった。
この遺跡は通路が広い。中に逃げこんでも戦闘を有利にするという面ではあまり意味が無かったが、男たちを撒く手段にはなるだろう。くるりと男たちに背を向けて中へと駆け出した。
「まてっ!!」
当然、男たちは追いかけてきた。
「待てと言われて待つわきゃないだろ!!」
迷路のようになっている遺跡をラシェルは勘で駆け抜けた。
少しずつ足音が小さくなっていく。
「撒いたか・・・?」
一度立ち止まって後ろを確認する。通路の向こうに人影は見えなかった。そう思ったのだが・・・・・。
ガコンと音がして横の壁が回った。壁の裏側から現れたのはさっきの男たちの一人。
「え゙?」
なぜ、こいつらがこの遺跡の内部に詳しいのかは知らない。だが相手が一人なら充分勝てる可能性はあった。
男がこちらに向かってくる。ラシェルはひょいっと男の拳を避けて、こっちからも攻撃しようとした。
しかしその前に体が宙に浮く。いつのまにか忍び寄っていた男の仲間に、後ろから掴まれたのだ。
「おいっ! 離せよ!」
ばたばたと暴れてはみたものの体力も腕力も向こうの方が上のようだ。まったく動じる気配はない。
「どうする?」
「このままだとうるさいな」
「でもよぉ、コイツに睡眠薬とかって効くのか?」
こっちを無視して男たちは話し始める。男の一人が発した言葉にラシェルが反応した。しかし男たちがそれに気付いた様子はない。
「じゃぁ殴って気絶させとけ。いちいち暴れられたら面倒だからな」
男の一人がラシェルの正面に立った。男はラシェルの鳩尾に思いっきり拳を叩きこむ。
痛いことは痛いが、そのくらいで気絶するほどラシェルもやわではない。咳き込みながらもキッと男たちを睨みつけた。
ラシェルを捕まえていた男がパッと手を離した。自由になったのも束の間、ラシェルはいきなり後ろから殴られた。何人もの男たちによってたかって殴られてはさすがに意識を保ち続けることもできなかった。
――気がついた時、ラシェルは知らない場所にいた。背中になってしまっていて見ることは出来ないが、手首に枷がはめられているようだった。
(まっずいなぁ・・・・・・)
あの連中に捕まったんであろうことは容易に想像できる。
荷物は全部取られてしまったようだが、さすがに銃には気付かなかったらしい。
銃は魔法の品で、普段はブレスレットの形になっている。ブレスレットは見えなかったが、外されていないことは感触でわかった。しかしこの状態ではブレスレットを銃の形に戻すことは出来そうになかった。
ぐるりと周囲を見渡すとここが小さな部屋であることがわかった。部屋の中には骨董品やら絵画やらの物品。
そして・・・・。
「あ、お兄ちゃん目が覚めた?」
そう声をかけてきたのは一人の少年。十歳前後といったところだろうか。拘束されているわけではないようだが、そこから動こうとする様子はなかった。このままでは距離があって話しにくい。
「あっ」
ラシェルが歩き出そうとしたところで少年が慌てて声をあげた。その直後、ラシェルの手はぐんと後ろに引っ張られた。よく見ると枷には鎖がついており、その鎖はしっかりと壁に繋がっていた。
「ここは・・・・・?」
「ノインの競売所だよ」
少年は手短に答えた。
「競売所!? ま、さすがは悪名高い犯罪都市ってことか」
ラシェルは大きくため息をついた。
人間の売買は禁じられているはずだ。
さっきの男たちの会話からして、多分男たちは自分が人間ではないことを知っているだろう。しかしドールにしたって、それぞれの大陸の中央機関――西なら王宮だ――からの許可を貰っている組織でしか売ってはいけないことになっている。
「僕、アイリって言うんだ。お兄ちゃんは?」
「オレはラシェル。アイリはどうしてここに?」
「もとのマスターのところから盗まれてきたんだ」
「ってことはアイリはドールなのか?」
「うん」
どっちにしたってそれが犯罪行為であることは間違い無い。どうやってここから逃げるか考えなければならなかった。
コツコツコツ・・・・。
足音が近づいてくる音。
ラシェルはそちらに警戒の意識を向けた。アイリは、怯えた様子で部屋の入り口を見つめている。
部屋に入ってきたのは見覚えのある男だった。遺跡でラシェルを追っかけていた内の一人だ。
「起きたのか」
男はチラッとこちらを見て一言。その後はこちらを気にするでもなく、何かを探し始めた。
「人身売買は禁じられてるはずじゃなかったっけ?」
言っても無駄であろうことはわかっていた。ただ、確認したいことがあった。
「人身売買? オマエは人間じゃないだろう」
「・・・・・・あんたら、オレのことをどこで知ったんだ? それに、どうしてオレがあそこに現れる事を知っていた?」
男たちは遺跡のところで待ち伏せをしていた。それはつまり、ラシェルがあの遺跡に現れることを知っていたという事だ。
男はその問には答えてくれなかった。答える必要は無いということなのだろう。男は目的のもの――多分これから売りに出すんだろう、いくつかの物品――を持って出て行ってしまった。
特にすることもなく、二人の間に沈黙が流れる。
先に口を開いたのはアイリだった。
「あの・・・お兄ちゃんもドールなの?」
アイリがおずおずと聞いてくる。
「・・・一応」
ラシェルは曖昧な返事を返した。アイリが怪訝な顔をする。
一応は自分がドールであると認めている。
けれど、正面から聞かれてはいそうですと答えることは出来なかった。