■■ IMITATION LIFE〜第4章・二人の…… 3話 ■■
黙り込んでしまったラシェルの様子を見て、アイリは、悪いことを聞いてしまったとでも思ったのだろうか。俯いたまま、チラチラと目でこちらの様子をうかがっていた。
「どうやって逃げ出すか考えないとな」
ラシェルは、多少暗い気分になってしまった自分に活を入れる意味も込めて、ことさらに明るい口調と表情を作って見せた。
「え? 逃げれるの・・・・・?」
「なんだよ、アイリは諦めてたのか?」
アイリは小さく頷いた。
「あのなぁ・・・アイリのほうが逃げやすいんだぞ」
そう言ってラシェルは自分の両手首にある枷を見た。
「でも・・・でも・・・・・・・」
ラシェルは大袈裟にため息をついて見せた。
「とにかくだ、まずはアイリが逃げる方法を考えよう」
「えっ? お兄ちゃんが先じゃなくて?」
「オレ一人だったらどうにでもなるさ。ただ、アイリを放って一人で逃げるのは後味悪いから嫌だ」
ラシェルはもう一度周囲を見渡してみた。
たくさんの物品。そして、二つの窓。しかし窓にはしっかり格子がかかっている。
今動ける範囲でだがラシェルは一通り調べてまわった。しかし出る方法も、使えそうな道具もあまり見つからなかった。
アイリの隣に戻ってため息をつくと、それにつられたようにアイリがポツリと言った。
「お父さん・・・・・心配してるかなぁ」
「お父さん?」
アイリはドールだと言った。そのアイリにお父さん?
ラシェルが何に疑問を持ったのか気付いたのだろう、アイリはにっこり笑って話し出した。
「あのね、僕には妹がいるんだ。ユイリって言うんだけどね、ユイリにはお母さんがいないんだ。お父さんは再婚したくなくて、だけどユイリが一人になる時間が多くなるのも嫌で、それで僕を買ったんだ。僕はユイリのお兄ちゃんなんだよ」
そうしてアイリは楽しそうにユイリのことを話し始めた。
お父さんよりもアイリの方に懐いていて、ユイリはアイリが一緒じゃないと寝ないこととか、ユイリはアイリが家事をしていると必ずなにか手伝おうとしてくれることや・・・・・・そして最後に小さく呟いた。
「ユイリ、泣いてるかなぁ・・・」
「そう思うんだったら早く帰ってやらないとな」
話が一息ついたところで、ふと視線を上に上げた。外から月明かりが入ってきていることに気付いた。
結構長い時間話してたんだな・・・・・・・・・・。
なにかが引っかかった。何か忘れている。
(なんだっけ・・・・・・・?)
はたと思い出して、ラシェルは思わず大声で叫び出しそうになるのを抑えた。
そう、ラシェルはすっかり忘れていた。異世界の聖霊、月の聖霊ライラに貰った魔法があったことを。
転移魔法を使えば簡単に逃げられるのに、魔法の存在自体をすっかり忘れていたのだ。気恥ずかしさもあって、微妙に視線を逸らす。
「いま思い出したんだけどさぁ・・・オレ転移魔法使えるんだよな、そういえば」
「・・・・・そういえば・・・なの?」
「魔法なんてめったに使わないもんだからさ、つい忘れるんだ」
アイリが声をたてて笑う。ラシェルはちょっとだけ拗ねたような顔をしてみせた。
「よっし、やるか♪ アイリ、行きたい場所を思い浮かべな。そこに飛ばすから」
「お兄ちゃんは?」
「オレが先に行ったらアイリはどうするんだよ」
「あ、そっか」
ラシェルは呆れたようにアイリを見た。アイリは照れくさそうに笑っている。
ラシェルが集中すると、アイリの周囲が淡く光り始めた。光は少しずつ強くなっていき・・・・・・――そして、アイリの姿が消えた。
「・・・・・・・・あとはオレだな」
もう一度、集中しなおそうとしたその時だ、入り口の方から声が聞こえたのは。
「てめぇ、何やってるんだ!!」
迂闊だった。魔法のほうに集中していたせいで人がいることに気付かなかったのだ。
男は、ずかずかとこちらにやってきてラシェルに殴りかかろうとした。多対一の戦闘は苦手なラシェルだが、一対一ならそうそう負けない自信はある。
・・・・・・普段なら・・・・・。
今のラシェルはかなり動きを制限されてしまっている。しかも、勝てたとしても逃げられるとは限らない。
そこまで考えてラシェルは、また自分に魔法という力があることをすっかり忘れていることを思い出す。
見えなくたって手首にある枷を壊すくらいは出来るだろう、多分。そう思ってそんな魔法がないか、意識の奥から探してみる。答は、すぐに返ってきた。その直後、派手な音と共に枷が下に落ちる。
男は焦った様にこちらを見たが、自由になればこちらのもの。一対一でこんなチンピラもどきに負ける気はない!
数分とかからず勝負はついた。もちろん、ラシェルの勝ちだ。
「あ゙・・・・・」
ちょっとばかりむかついていたのをそのままぶつけてしまった。本当は聞かなければならないことがあったのに。
「まぁ・・・いっか」
こんな下っ端に聞いたって仕方ない。自分にそう言きかせ一人で納得し、ボスを探しに出かけることにした。
小さな建物だったらしく目的の人物を探し出すのはとても簡単なことだった。
「らっきー♪」
小声で呟く。その部屋には首領らしき男一人しかいなかった。
部屋に結界を張り、出入りが出来ない様にしてから男に銃口を向け引き金をひいた。
銃口から放たれた光は狙い違わず男の足を貫く。
男が、出入り口を・・・・・・こちらの方を見た。
「聞きたいことがあるんだけどさぁ――」
言いながら男に近づく。男は動かなかった。
どうせ何をやったってここに助けが来ることは無いんだから、動いたって気にはしないが。
「――どこでオレのことを知ったんだ?」
動かないのかと思ったら、どうやら単に動けなかっただけらしい。ここのボス・・・には間違いなさそうなのだが。まぁボスだからって肝が据わっているとは限らないと言う事だろう。
男はいとも簡単にラシェルの問いに答えてくれた。
それによると、男は人にラシェルを殺すことを依頼されたらしい。が、どうせなら売るほうが金になると思ったらしい。
その競売所をさっさと立ち去り、帰り道で考えてみる。
しかし、どう考えても心当たりは見つからなかった。
恨みとは本人の知らないところで買うものだとよく言うが・・・・・・・。
考えてもわからないものを考え続けても意味は無しと、ラシェルはとりあえずミレル村に帰ることにした。
もちろん魔法など使う気はなく、普通に海路を通り、リディアを経由して。
港からリディア都市までは、きちんとした道とそこを往復する交通機関が存在している。だがラシェルは、あえてそれを使わなかった。まあそれに深い意味などなく、単に今までの癖みたいなものだ。リディア復興前の東大陸は主都とその隣の大都市にしか便利な交通機関と呼べる物はなかった。それ以外のところへ行こうとしたら徒歩が普通だったのだ。
都市部だけはきれいな街並となっているがやはりその周囲はまだ荒れ果てたままだ。
歩くこと約一時間。街の外壁が見えてきたころ・・・・ラシェルの視線の先に人影が現れた。それは突然のことだった。多分転移の魔法でも使ったのだろう。
その次の瞬間、ラシェルに向かって火球が飛んでくるのが見えた。
慌てて避け、一体何のつもりだと相手を確認しようと目を向けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・それは、信じられない光景だった。
そこにいたのはラシェルのよく知る人物――フィズ・クリスだった。