■■ IMITATION LIFE〜第4章・二人の…… 4話 ■■
フィズは、手加減無しで次々と攻撃魔法を放ってくる。ラシェルは避けるしかなかった。
体は避けること集中しながら、頭の中では別のことがぐるぐる巡っていた。
フィズがラシェルを襲う理由など無い。あるとすれば誰かに操られて・・・というくらいだろうか。
だがそれすら心当たりが見つからず、考えは堂々巡りになってしまう。
ラシェルにとって敵らしい敵といえばレオルくらいで、そのレオルももうこの世にいないはずだ。
答が見つからぬまま、ラシェルはただただ避け続けていた。しかし長くはもたないだろう。けれど、どうすればいいのかは思いつかなかった。
(――やべっ!)
気付くと目の前に火球があった。この距離では避けられそうにない。結界という手段も咄嗟には浮かばず、思わず目を閉じてその場に立ち止まった。
「あれ・・・?」
火球が迫ってくる気配が消えた。音も無く、突然火球が消滅してしまったような感じだ。
目を開け、周りの状況を確認する。
ラシェルの目の前に、アクロフィーズが立っていた。
「え・・・・」
慌ててその向こうを見る。そこには確かにフィズがいた。
ラシェルの目の前にアクロフィーズとフィズ、同一人物であるはずの二人が同時に存在しているのだ。
「ちょ、ちょっと・・・・!」
今の状況を理解できないままに声をかけた。アクロフィーズは振りかえるとにっこり笑った。
「心配しなくても大丈夫。彼女を殺したりしないわ。彼女は貴方の大事な人だもんね♪」
アクロフィーズはラシェルの返事を待たずにフィズの方へ向かって行った。
ラシェルの頭に次々と疑問符が浮かぶ。
あのアクロフィーズの言う事を信じるとすれば、ラシェルを攻撃してきたフィズは本物ということだ。ラシェルにとって大事な人とはそういう意味だろう。
ならば、アクロフィーズの姿をした彼女は一体何者だ?
勝負はあっという間だった。アクロフィーズの圧倒的勝利だ。
呆然と事の成り行きを見つめているラシェルにアクロフィーズの怒鳴り声が聞こえた。
「ちょっと、何してるの。中央研究所に行くわよ、彼女を治療しないと」
「・・・ああ・・・」
いまだ納得も理解もできぬまま、ラシェルはアクロフィーズの勢いに圧される形で、共に中央研究所へと向かった。
アクロフィーズは中の様子を良く知っているようだった。迷わずにキリトの部屋へと向かっている。
シュッという小さな音をたてて扉が開く。
「ちょっとキリトっ! どうなってるのよこれは!」
あまりの剣幕にざっと一歩後ろに下がってしまった。
中にいたキリトとマコトも目を丸くしてこちらを・・・・・・アクロフィーズを見つめている。
「フィズさんが・・・二人?」
マコトは驚いた様子で呟いた。
「マコト。この子お願い。私はキリトと話があるから」
いきなり話を振られてマコトは慌てて答える。
「えっ、でもあたし人体医学は・・・・・・」
「何言ってるの、この子はドールよ。それなら専門でしょ?」
ラシェルの視線がフィズに向く。それはマコトも同様だった。
(・・・・・フィズが、ドール?)
驚いた様子を見せなかったところを見ると、キリトは知っていたのだろう。
動かないマコトをアクロフィーズが急かす。
その声にはっとマコトの表情が動き出す。不安げにキリトを見つめるマコトに、キリトは小さく頷いた。
マコトは、フィズを抱えて部屋を出ていった。
扉が閉まったのを確認して、アクロフィーズはキリトの方を見る。
「一体どうなってるのかしら? たしか監視役をつけるというのは却下になったはず」
その声音は低く、かなり怒っていることがすぐにわかった。
「私も研究所のデータに記録された決定事項を見ただけだから詳しくはわからない。羅魏が感情を持つことで暴走する危険を少しでも回避するために、君のクローンを監視役としてつけたらしい」
クローン・・・。
聞きなれない言葉だ。
キリトはすぐにラシェルの疑問の表情に気付いてくれた。
「クローンって言うのは記憶回路に人間の脳をスキャンしたドールのことだ。人間の脳のブラックボックス部分も含めてコピーするから感情を持ったドールが作れる。ただし、この部分だけスキャンしないという選択が出来ないから、クローンは自分がドールだと自覚できないんだ」
「生身の人間を封印するのは非人道的だって言った連中が、法律で禁じられている手段に出るなんてね。ま、いかにも頭の固い連中の考えそうなことだわ。人間以外は例え感情を持っていても道具扱い。信っじらんない」
アクロフィーズが呆れたような表情を見せた。
キリトが俯く・・・・・・。アクロフィーズは、慌てたように付け足した。
「別にキリトのせいじゃないわよ。貴方に当たっても仕方ないのにね・・・・・ごめんなさい」
二人の会話が落ちついた隙にラシェルも質問を投げかけた。
「なんでマコトのことを知ってたんだ?」
「ずっと精神体で行動してたから。貴方のことも見てたわ。
・・・・・・・・賭けだったのよ。こっちに来るのは。成功する確率の方が低かったけど、それでも羅魏と居たかったの。
身体の時間を止めて、精神だけで行動してたの。本当は羅魏が目覚めるのと同時期に私も起きたかったんだけど、止めた時間をまた進ませるのがなかなか上手くいかなくって」
「もし失敗してたら・・・?」
ラシェルの問いにアクロフィーズはあっさりと答えた。多分、成功していたからこそ、こんなに軽い調子で答えることが出来たのだろう。
「身体はずっと止まったまんま、そのうち精神を保てなくなって消滅死亡ってとこかしら」
成功確率が低いことを理解して、そのうえでそんな危ないことをしたなんて・・・。
さすがに言葉も出なくなったラシェルを見て、アクロフィーズはくすくすと小さく笑った。
「もういいじゃない。結果よければ全て良しってね♪」
「まったく、相変わらずだね君は。心配する僕の身にもなって欲しいよ」
キリトが呆れた様に呟いた。
(・・・・?)
いつもと少しばかり口調が違うような気がする。
キリトの一人称は私じゃなかったか? それに、どこか羅魏を彷彿とさせる口調だ。
「うるっさいわねえ。終ったことをグチグチ言わないの!」
強気に言い返すアクロフィーズにキリトは苦笑した。
その時、シュっと小さな音がして後の扉が開いた。
直後、アクロフィーズの黄色い悲鳴が響き渡った。
「きゃーーーーっv 羅魏っ♪ 久しぶりねぇ。元気だった? 私が居ない間ちゃんとご飯食べてた? 羅魏ってば言わないと食べないんだもの。あ、それと――」
怒涛の勢いで喋りつづけるアクロフィーズに、羅魏が制止の意味を込めて手を出した。
「食べてるよ。ラシェルが作ってくれるもん」
平然と答える羅魏に、ラシェルのほうが唖然としてしまった。
「なんつーか・・・・もうちょっと驚くこととかないのか?」
「んーーーあんまり。だってアクロフィーズって感じだもん」
よくわからぬ答だが、なんとなくわかった。多分羅魏は、あのフィズが本物ではないとどこかで感じていたのだろう。
が、その後の羅魏の言葉がラシェルの肩をがくっと落とさせた。
「第一ラシェルって絶対アクロフィーズの趣味じゃないし」
「何が言いたい・・・・」
疲れた調子で聞き返した。
・・・・・しかしその答を聞くことはできなかった。
パチンと音がしてモニタにマコトの姿が映ったからだ。
「フィズは!?」
ラシェルが問う。マコトの表情は芳しくなかった。
「それが・・・・・」
マコトは今の状況を詳しく説明してくれた。
誰かが、フィズの意識に細工したらしい。十中八九それを実行したのはレオルだろう。
フィズの意識の一部に刷り込まれたそれが起動すると、フィズはラシェルに殺意を持つ。
それだけならばそれが起動しないようにすれば問題ないのだが。
「その意識が起動すると同時に記憶がクラッシュされるようになってたみたいなの」
「ちょっと待てよ、それって・・・・・」
ラシェルの顔色が蒼白になっていく。
記憶がクラッシュ――完全に破壊されるということは、ある意味での死を意味する。もしもプログラムを修復できたとしても、破壊された記憶は再生不可能だ。
・・・・・・ラシェルがよく知る、幼馴染のフィズ・クリスは、もう二度と戻ってこない。
「なぁ、・・・・どうにもならないのか・・・?」
どうにもならないだろうことはわかっていた。それでも、それを信じたくなくて問いかける。
何かの事故でデータが消えたのならバックアップから回復すればいい。けれど故意に消したのなら・・・回復されないようにバックアップデータも破壊されてる確率が高い。
マコトの重い表情が、ラシェルの予想を肯定していた。
ラシェルはその場を駆け出した。
どこに向かうかなんて考えてもいなかった。
ただ、そこから、逃げたかっただけだ。
・・・・フィズは全てを知っていた。それでも、ラシェルを守ってくれると言った、大好きだと言ってくれた・・・。その言葉が、ラシェルを支えていた唯一のものだった。
その言葉を言ってくれたフィズの存在が、ラシェルをこの世に引き留めていてくれる細い細い糸だった。
けれど、フィズはもういない。
糸は、切れてしまった。
ラシェルは今も、真実を受け入れられないままでいる。
「なんで、こんなに難しいんだろうな・・・・・・」
欲しいものは、ただ一つ。
それだけなのに・・・・・・。