■■ IMITATION LIFE〜初期設定ver 3話 ■■
「封印・・・・?」
人間に対して封印? しっくりこないその言葉にラシェルは眉をひそめる。
彼女――シフォーネはゆっくりと首を縦に振って、頷いた。
「貴方がかけているペンダント。それは本来貴方の中にあるはずのものなの。でも、貴方の能力を下げるために、貴方の能力の源とも言えるそれを取りだして別々にした。それは全部で五つに分けられてあちこちに封印されているわ」
シフォーネは、冷めた瞳で柩に目をやった。
「これは、貴方の柩よ。能力のほとんどを奪われて、貴方は一年前までここに眠ってた。永遠に目覚めないように。でも、貴方は目覚めてしまった」
虚ろな瞳が、ラシェルを射抜くように見る。
「私の役目は、最初は貴方を育てることだった。でも今の私の役目は、貴方の封印を守る事。
貴方に聞くわ。貴方はまたここから出ていくつもり?」
「・・・・ああ」
突然の告白と問いかけに、ラシェルは戸惑いながらも頷く。まだ死にたくはないし、こんなところで生涯を過ごす気もない。
「そう・・・・・」
驚くほど冷たいシフォーネの声が静かに響いた。
「シフォーネ?」
「でも、貴方をここから出すわけにはいかない」
ラシェルの後ろで、ガシャンと大きな音がした。慌てて振り向くと、さっき入ってきた通路が閉じている・・・・・・。
ほんのついさっき、寂しかったと言って泣いた彼女。
どうしてここに来たのかと言って泣いていた・・・・・・ここに来て欲しくなかったみたいに。
今また、彼女は泣いている。哀しそうな表情で。なのに、彼女の口から出てくるのは感情に乏しい冷たい言葉。
この違和感はなんだろう?
「なんで泣いてるんだよ」
強い口調で言う。
彼女は答えない。
もう一度、さっきよりも大きな声で・・・怒鳴るようにして同じ言葉を繰り返す。
「どんなに人に近い感情を持ってたって、私は機械だもの。所詮、命令には逆らえないから」
震えた声で、虚ろな瞳でそう答えた彼女の態度に、ラシェルは確信した。
本当は封印なんてしたくないんだ。けれど、命令には逆らえないから・・・・・・・・
「命令した人間だってもう死んじまってるんだろ? 従う必要なんてないじゃないか!」
「必要とか、そういうんじゃないの。機械って・・・そういうものでしょ?」
もう、彼女は泣いていなかった。けれど、瞳は哀しさを湛えたままで・・・・・それが余計につらかった。
「くっそ。・・・・・やめろよ、こんなこと! やりたくないんだろ?」
閉じてしまった通路の壁を叩く。そんなことで開くわけはないとわかっていたが、動かずにはいられなかった。
とにかく必死に動きまわって、けれど状況は変わらず・・・・・・どのくらい時間が経たったのかもわからなくなってきた頃、突然視界が赤く染まった。
「なに?」
シフォーネが焦ったように言う。どうやら彼女にも予想外の出来事らしい。
甲高い、耳障りな機械音。それに続いて、合成音にも近い、平坦で抑揚のないシフォーネの声が聞こえた。
「・・・・・了解。ヴァルナの監視・封印命令をプログラムから削除します」
さっきと同じような甲高い音。ただ、その音はさっきよりもずっとずっと長い間鳴り続けていた。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・
通路が、開いた。
動きを止めた途端、急に体が重たくなったような気がした。動いている時は気付かなかったが、けっこう体力を消耗していたらしい。だるい体を起こしてシフォーネを見る。
シフォーネは、嬉しそうに笑っていた。目尻に光る涙は、嬉しいから・・・?
「――原因不明。でも、命令は解除されました」
「・・・・・・シフォーネ・・・?」
「私に、貴方を引きとめる理由はなくなりました」
ラシェルの周囲を淡い光が包む。
ラシェルは、一体何が起こっているのか理解できずにいた。
「さよなら。・・・・ゴメン、ね?」
その一言で理解した。シフォーネは、ラシェルを外に帰そうとしているのだ。
「ちょっ・・・・待てよっ!」
ほとんど条件反射だった。手を伸ばしてシフォーネの腕を掴む。
「ヴァルナ・・・?」
「ここに一人で残るのか? ・・・・・・寂しいって言ったのは嘘だったのか?」
さっきの涙は嬉し涙ではなく、一人残る寂しさからかもしれないと思えた。
「・・・でも、私が行ってどうするの? この世界に私みたいな生物は存在しない。古代の遺物だってすぐにわかっちゃうじゃない」
そうなれば、金目当ての連中に狙われる。当然、シフォーネと一緒に居ればラシェルもそれに巻きこまれる事になる。
シフォーネは、それを危惧してくれているらしい。
「ま、それはそン時考えればいいことさ。一人は嫌なんだろ? ほら、さっさと行くぞ」
ラシェルは、シフォーネを掴んだままだった。
光は少しずつ強くなり、この遺跡に来たときと同じように、視界を阻む。
視界が戻ってきた時、二人は遺跡入り口の石碑にいた。
「おや、彼女も一緒なんですね」
唐突に声をかけられた。誰もいないと思っていたラシェルは驚いて声のした方に目を向ける。
「レオル?」
そこには、レオル・エスナが立っていた。
「石は、手に入りましたか?」
シフォーネの表情が厳しいものへと変化する。
「ずいぶん詳しく調べてるのね」
「ええ、一応学者ですから。・・・・・・本当は知っていたんですよ。ヴァルナのことも。ただ、今のままでは情報が絶対的に足りません。ヴァルナが眠っていた遺跡に行くことによって、記憶を取り戻してくれればと思ったんですが・・・・その様子では記憶は戻っていないようですね」
穏やかな口調と冷たい視線。レオルの行動は早かった。あっという間に間合いをつめ、剣の柄でシフォーネを殴り飛ばす。
もともと戦闘用ではなかったらしいシフォーネはあっさりと気絶し、その場にはラシェルとレオルの二人が残った。
「記憶が戻らなかったのは残念ですが、強制的に記憶を引き出す方法も一応ありますし・・・・・・一緒に来ていただけませんか? ラシェル君」
その穏やかな言葉とは裏腹の命令系の口調。
レオルはラシェルの意見など聞く気はない。力ずくでも連れていく気だ!
そう、思った瞬間、自然と体が動いていた。腰に手を伸ばして鞭を出す。
レオルが冷笑し、剣を抜いた。
「むやみに武器など持つといらぬ怪我をしますよ?」
言って、レオルが剣を振る。
ラシェルは半歩下がってそれを避けたが、思ったよりも長さがあったらしく、剣の切っ先が軽く頬を掠めた。
ラシェルも負けじと鞭を振るうが、それらはすべて軽く避けられてしまった。
そうして何度かの応酬ののち、ラシェルはとうとう避けきれなくなってよろけてしまう。
バランスを崩して地面に座りこんだラシェルの首にひやりと冷たい、剣の切っ先が触れた。
「力の差は歴然です。諦めて一緒に来てください」
ラシェルはキッとレオルを睨みつける。レオルは小さく息を吐いて笑った。嫌な印象しか与えない笑み。
「せっかく助けてあげたのにそんな風に睨まないでくださいよ」
「助けた・・・?」
「ええ。先ほどシフォーネに出されていた命令を取り下げたのは私です。遺跡のシステムに無断進入してシフォーネにアクセスしました」
一瞬、ラシェルの瞳に迷いが映る。でも、それだって結局”ヴァルナ”が欲しいためにやったことだろう。今まで通りの生活を続けるにはなんとかしてレオルを追い払わねばならない。
「だから? 恩をきせて言う事聞かせようってのか? はっ、セコイ作戦だな」
「・・・・・・・そうですか。なんとしても従わないつもりですね?」
レオルが悠然と歩み寄ってくる。
そうして、レオルがラシェルに触れたときだった。
ラシェルのペンダントが突然光を放ったのだ。最初、ただただ光を放出するだけだったそれはやがて一点を指し示す。それはレオルの胸のあたり。
「な・・・なんだぁ?」
ラシェルは呆気に取られて、ペンダントと、ペンダントの光が示す場所を見た。
レオルの表情に初めて焦りが見える。
「・・・・・・・近づきすぎたか」
慌てた様子で後ろに下がろうとしていた。だが、少しばかり遅かったらしい。
光の先に石が見えた。どうやらレオルも何かの石をペンダントにして下げていたらしい。
石は、レオルのもとを離れ、光に導かれてラシェルのペンダントの方へ、まるで吸い寄せられるように近づいてくる。
そうして、レオルの石は、ラシェルの石の中に溶けるようにして消えていった。
次の瞬間、ラシェルは痛みが消えている事に気付いた。
先ほどの戦いで負ったいくつもの傷。一応ギリギリで避けていたから致命傷になるようなものはなかったが、それでも痛みはあった。それが、一瞬にして消えているのだ。
今度は、ペンダントだけでなく自分の周囲にも光が集まってくる。
制御できない力に、ラシェルの身体が悲鳴をあげる。
痛みを堪えるのに精一杯で、レオルのことまで気にしていられなかった。
やっと力が落ちついて痛みが引いたとき、レオルはいなくなっていた。
一体どうなったというのか、状況を理解できずに呆然と立ち尽くす。
「あの人なら、ヴァルナの能力暴走に巻きこまれてどっかに吹っ飛ばされちゃったわよ。どこで見つけたのかしらないけどヴァルナの石を持ってたみたいね」
「!?」
いつのまに起きていたのかすぐうしろでシフォーネの声がした。
「これで懲りてくれるでしょ」
シフォーネが呑気な口調で言う。
ラシェルもそう思いたかった。けれど、どこかで違うと・・・あいつには気をつけろと警鐘が鳴る。
「なぁ・・・・・・石は残り三つ。どこにあるんだ?」
「聞いてどうするの?」
「手に入れる。あいつ・・きっとまた来るよ。今日のは偶然だ。腕を上げないと今度来た時はきっと勝てない」
ラシェルの表情は真剣そのものだった。
「・・・・・・・・わかった。行きましょう。全ての封印を解きに」
シフォーネが頷く。
そうして、二人は封印を解く旅に出かけたのであった。