■■ IMITATION LIFE〜初期設定ver 5話 ■■
「・・・アクロフィーズ」
責めるように言う、静かな声音。シフォーネの声だ。
ここはどこだっけ・・・・・。
そうだ、確か・・・・・・研究所だ。ヴァルナが生まれた――造られた――場所。
自分の目の前に十三、四歳くらいの少女が立っている。
長いストレートの桃色の髪と綺麗なアメジストの瞳。
――フィズ・・・?――
一瞬そう思ったが、そんなわけはないと自分に言い聞かす。けれど、彼女はそれほどにフィズとよく似ていた。一卵性の双子か、同一人物と間違えたって仕方ないだろうと思えるくらいに。
アクロフィーズと呼ばれたその少女は、シフォーネを睨みつけて、言う。
「何?」
シフォーネは何か彼女を怒らせるようなことをしたのだろうか。
アクロフィーズは明らかに機嫌を損ねている。
「必要以上にヴァルナに近づくなと言ったはずでしょう?」
決定事項を淡々と述べているだけ。そんな印象を受ける口調だ。感情と言うものが微塵も感じられない。
アクロフィーズの表情がさっと変化していく。静から動へ。
「イ・ヤ! ・・・・・・行こう、ヴァルナ」
伸ばしかけた手が、シフォーネによって遮られる。
アクロフィーズの視線を真っ向から受けとめて、シフォーネが軽く溜息をついた。
「彼は、貴方とは違うの。下手に人と接触して”感情”を知ってしまうと困るの」
「知ってるわよ。だから、教えようとしてるんじゃない。あんたに何言ったって無駄なことはわかってるわ。あんたは命令を実行するだけの機械だもんね」
アクロフィーズは甲高い、ヒステリックな口調で言って、ヴァルナの――オレの――手を掴んだ。
「知ってるならどうしてそんなことをするの?」
感情に欠けたシフォーネの声が、アクロフィーズの怒りを増大させる。
「どうして? 当たり前でしょ。何も知らないままなんてひどすぎる!」
「どうして?」
シフォーネは同じ問いを繰り返す。何がひどいのか、アクロフィーズの言葉を理解できないらしい。
「ヴァルナは貴方とは違う。貴方は戦士だけど、ヴァルナは兵器なの。道具は、使う者に従うのが当然でしょう? 感情なんて余計な物を持ってもらっては道具として機能しなくなる」
アクロフィーズはヴァルナの手を掴んだまま、言い返す。
「違うでしょ。・・・ヴァルナは貴方とは違う。機械じゃなくて人間よ。多少特殊な生まれかたをしていても・・・・ね」
”ヴァルナは貴方と違う”・・・アクロフィーズは全く同じ言葉で言い返した。
ヴァルナの胸に疑問が沸く。
アクロフィーズとも、シフォーネとも違う。機械とも、人間とも違う。
じゃあ、僕は何・・・・・?
そんなヴァルナの表情に先に気付いたのはシフォーネだった。
「行きましょう」
命令に近いその口調にヴァルナは素直に従う。もう、彼にアクロフィーズの言葉は聞こえていなかった。
ふと気付くと、また闇の中に居た。
あの当時はわからなかったが、今なら二人の言葉の意味がわかる。
”違う”の定義が二人とも違っていたのに、同じ定義で考えようとしていたから混乱したのだ。
シフォーネは、立場の違いを言っていた。
アクロフィーズは、戦いの最中親を亡くした孤児。文句を言う者がいないのを良い事に、研究所に連れてきて遺伝子操作を施し、特殊能力を持つ戦士として仕立て上げていたのだ。
一方ヴァルナは、まだ胎児としても存在していないころ・・・・受精卵のころから遺伝子操作を受け、試験管と培養器の中で生まれた親のない子供。赤ん坊の頃から、感情というものをなるたけ排除するよう育てられた。
アクロフィーズは、種族の違いを言っていた。
シフォーネは機械で、ヴァルナは人間というその違いを。
生まれも育ちも関係無く、ただ、同じ種族だというその一点を言っていたのだ。
そんなことを考える間にも記憶が、映像が、次々と目の前を流れていく・・・・
流れる映像の中に、引っかかる物を見つけた。”ヴァルナ”としての、最後の記憶・・・・・・。
こんどはどこだ・・・?
周囲を見て回っても意味がない事はもう理解していた。自分の記憶のどこかの場面なのだから、それを思い出した方が早い。
机とベットだけ。壁は冷たい鉄の色。窓の一つも無い殺風景な部屋にヴァルナ――オレ――は居た。
オレは何かを待っていた。
何を待っていたのかは、思い出せないけれど。
扉が開く音が聞こえて、そちらに目を向けると数人の白衣の男が居た。
ここの研究員だ。
彼らが近づいてくる。ヴァルナは彼らを待っていた。
シフォーネに、そう言われたから・・・・・・。シフォーネに従うことしか知らなかったから。
彼らの一人がヴァルナに触れた直後、視界が暗転する。
次に目覚めたのはあの、遺跡。
ラシェルがシフォーネと出会った遺跡。
「おはよう。久しぶりね、ヴァルナ」
目の前に、桃色の髪とアメジストの瞳の見慣れた少女・・・・・・フィズとそっくりの彼女、アクロフィーズがいた。
けれど、その時のオレには彼女が誰だかわからなかった。
「誰・・・・・?」
アクロフィーズの瞳が揺らぐ。
「わからない、の?」
「・・・うん」
「・・・・・・・・・そう」
アクロフィーズは寂しげに笑って・・・・・・でも、どこか嬉しそうだった。
まだ上半身を起こしただけの状態だったオレに手を差し伸べてくれた。
彼女のあとについて遺跡を出る。
そこで、記憶は途切れていた。
次に目覚めるのは・・・思い出すまでもなく覚えている。
フォレスの家のベッドの上で目覚め、それから、あの生活が始まったのだ。
祖父と二人で過ごした楽しい日々が・・・・・・・。
ゆっくりと、瞳を開く。
次に瞳に映し出されたのは、記憶ではなく現実だった。
自分とレオルの間を遮るように誰かが立っている。
「・・・・アクロフィーズ・・・?」
さっきまで見ていた物のせいか、フィズではなくアクロフィーズの名前が出てきた。
少女の横を飛んでいたシフォーネがこちらを見る。それに少し遅れて、残りの二人もこちらを見た。
「ラシェルっ! 大丈夫?」
心配そうにこちらに駆けてきたのは桃色の髪の少女。
「ん・・・大丈夫」
少しずつ頭がはっきりしてくる。
・・・・・・アクロフィーズがここに居るわけがない。それに彼女は自分をラシェルと呼んだ。だから、彼女はフィズ・クリスだ。
ラシェルは自分の不安と真実を悟られまいとして、少しばかり無愛想な言い方で聞いた。
「それよりなんでフィズがこんなところにいるんだよ」
自分が倒れている間に何があったのだろう?
理由として一番妥当なのはさっきの魔法戦の時の音を聞いて駆けつけてきた。
妥当、というよりもそれ以外の理由なんて思いつけなかった。
「思い出せましたか? ヴァルナ」
レオルの凍った瞳がラシェルを見つめる。
「ああ・・・・・・思い出したよ。思い出したくもなかったけどな」
吐き捨てるように言う。
思い出さなければ、幸せなままでいられたのに・・・・。
あの頃は感情を知らなかった。だから、従うだけだった。
今は、感情を知っている。怒りも憎しみも知っている。
あの当時、彼らは自分を使い捨ての道具としてしか見なかった。
実はヴァルナと同じように作られた”兵器”は他にもいた。しかし、実用に耐えられたのはヴァルナ一人だった。
ヴァルナは、兵器であると同時に次なる成功を生み出すための実験体だったのだ。
ずいぶんと手酷い扱いを受けたのを覚えている。
「ラシェル・・・・」
心配そうなフィズの声。
ふっ、と心が引き戻される。過去の記憶と、暗い感情から。
レオルが、スッと細く研ぎ澄まされたような目を見せる。
そしてゆっくりとした口調で、言う。
「貴方は、復讐をしたいとは思いませんか? 貴方を人として見なかった者たちに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・どういうことだ・・・・・・・・」
一瞬、心が揺れた。
彼らに対して憎しみに近い感情を抱いているのは確か。(もしかしたら、それを自分で認めたくないだけで、本当はとても憎んでいるのかもしれない)
復讐まではいかずとも、ちょっとくらい思い知らせてやってもいいかもしれない。
レオルは、恐怖に近い印象を与える瞳をもって楽しそうに笑う。
「一緒に行きませんか?」
シフォーネは、何も言わない。黙ってラシェルを見つめていた。
フィズは、強い意思の込もった瞳でレオルを睨みつけた。
そしてラシェルは・・・・・・・・――