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 IMITATION LIFE〜大地の歌・巫女救出編 2話 

 光は少しずつ薄れていく。
 シンの目に人影が映った。最初はさっきの馬に乗っていた人物が近づいてきたのかと焦ったが、どうやらそうではないらしい。
 良く聞けばひづめの音はまだ結構遠い。
 それなら突如現れたこの人影は・・・・・?
 疑問に思ったが、今は光に邪魔されて、それを確認するのは不可能だ。
 そうして、それから更に数秒の後。・・・・・・光は、完全に消え去った。
 シンの目の前に、先ほど落とした水晶を持って佇む少女が居た。
 年齢で言えば十五、六といったところだろうか。当然自称十三歳で――普通に見れば十歳がいいところだが――小柄な体格のシンより背は高い。
 状況が理解できていないのか、鮮やかなピンク色の瞳がきょとんとこちらを見つめていた。
「誰だ・・・・? どこから来た」
 その問いに彼女はにっこりと笑って口を開いた。
 しかし、そこから声は聞こえなかった。
 こちらに聞こえていないことがわかったのだろうか、彼女はすこし困ったような顔をして今度は地面に文字を書き始めた。
 しかしこれもシンにはまったくわからない文字だった。
「口がきけないうえに筆談もできないのか」
 シンは、これからどうしようかとあごに手を当てて少し俯いた。
 彼女はしばらくそんなシンの様子を見つめていたが、仕方がないといった感じで苦笑するとシンの手に水晶を渡した。
「・・・あんたは何がしたいんだ?」
 彼女はしきりに水晶を指差している。・・・・・・もしかしてこいつに聞けという事なのだろうか。
 確かにこの水晶は問いに答えてくれる。しかしその答えはまるで暗号文のような感じで、シンにはまったく意味不明の文章にしか感じられなかった。
 それでも彼女は諦めずに水晶を指差している。
 彼女の真剣さに押される形で、シンは水晶に問いかけた。
「この女は何者なんだ?」

 ――汝は我であり、我は汝である――

 そんな文章が頭に飛びこんできた。
「・・・やっぱりわけわかんねーよ」
 この場合の”汝”とは彼女のことだろう。
 素直に解釈するならばこの水晶と彼女は同一のものということになる。そうすると今度はこの水晶がなんなのか問わねばならない。が、その質問はさっき何度もして、結局わけがわからず諦めたのだ。
 とにかく落ち着いて話のできるところに行って、それからもう一度考えよう。
 それが、シンの出した答えだった。
「ここからだと・・・南東になるか」
 地図を広げて現在位置と目的地を確認する。
 彼女がその地図を覗きこんできた。
「わかるか? この街に向かうからな。イヤだったらついてこなくていいぜ」
 シンは地図の一箇所を指差して言った。彼女はにっこりと笑って頷いた。それで良いという事なのだろう。
 本当ならば朝になるのを待ってから出発したいところだが、先ほどの馬のひづめの音が気になる。なるべく早くこの場所から離れた方が良いと思った。
「あ、そうだ。おれはシン。あんたの名前は――って、話せないんだよな」
 彼女の名前を聞きかけて彼女が話せないことを思い出した。話せないだけならばまだしも、言語が違うのか筆談すらできないのだ。
 ・・・・・もしかしたら、彼女は話しているけれど言語の違いで聞き取れないのかもしれない。
 ふと、シンはそんな考えが頭に浮かんだが、すぐにそれを否定した。
 この世界は教会の下で統一されている。言語はどこに行っても共通のはずだ。
 一部の例外は少数種族達だが、彼らも教会の言語を習得している場合が多い。
 教会から離れて暮らしている人族でも生まれ育った環境から言語は教会のもの。それは人族の共通語となっており、その言語が話せなければ人族との会話ができないのだ。
「よし、あんたの名前がわかるまではリムって呼ぶ。それで良いか?」
 彼女――リムは外見に似合わない幼げな雰囲気の笑みを見せて頷いた。



 それから夜通し歩きつづけ、翌日の夕暮れ。二人は目的地の街へとたどり着いた。
 その間リムは、何が珍しいのかその辺に生息している小動物やらトカゲやらにいちいち興味を示して、ふらふらするものだから思ったよりも時間がかかってしまった。
(昼過ぎにはつけると思ったのになあ)
 夜通し歩いてきたこともあってか、シンは少しばかり疲れた表情で、予定を大幅に遅らせてくれたリムを見た。
 目が合うと、リムはにこにこと嬉しそうな笑顔を見せた。
(おれがなんでこんなに疲れてるかわかってんのかよ、こいつ・・・・)
 シンはわざとらしく大きな溜息をついてついて見せた。が、リムはシンのその行動を不思議そうに見つめただけで、すぐに興味を街の方に移してしまった。
 恨めしそうにリムを見つめたが、リムがその視線に気付く様子はない。
 ふと、彼女の服に目が行った。
 真っ白いワンピース。ふわふわと風に舞うスカート。首に巻かれた真っ白いリボン。そのどれをとっても、まるで洗いたてのような純白を保っている。
 半日以上も荒野を歩きつづけていたのに・・・・・・。
 荒野につきものの砂埃だってずいぶんと舞っていた。実際シンの服は汗と砂で色褪せ、かなり汚れている。
 もう一度、リムを見る。やはり見間違いではない。リムの服は、やはり真っ白だった。
「どうなってんだ?」
 ポツリと呟いてみたが、それで疑問が解決するわけでもない。
「ほら、とっとと行くぜ」
 すでに市場は店も閉まり人もまばらだ。
 そんな街並を見てどこが楽しいのか知らないが、リムはキョロキョロと辺りを見まわし、ふと立ち止まっては振りかえり手を振ってシンに笑顔を見せる。
 これが普通に歩いてきた後だとか、せめてまだ店が開いているとかならばもう少しリムの好奇心を満たしてやってもよいが、とにかく今は休みたかった。
 シンは、リムをなかば引きずるようにしてなじみの宿へと向かった。




「おや、シンちゃん。久しぶりだねぇ」
 宿の一階は食堂になっている。夜ともなれば酒場に早変わりだ。カウンターの中から小太りのおばちゃんが、軽快な笑みで迎えてくれた。
 女というのはそういうものなのだろうか、どこからどう見てもおばちゃんだろうに「おばちゃん」と呼ぶといつも怒られる。よってシンは彼女のことをいつも名前で呼んでいた。
「久しぶり、ケリア。部屋二つ空いてる?」
「二つ?」
 一度は首をかしげたケリアだがその直後、シンの後ろに居る人物に気付き目を丸くした。
「おやまぁ、姉さん女房ひっかけたのかい?」
 どんな話も色恋沙汰の方へと話を展開させるのはケリアの得意技。いつもなら軽くかわしてやるのだが、今日はそんな気力もなかった。
「・・・・拾ったんだ・・・荒野のど真ん中で」
「荒野のど真ん中ねぇ・・・。ま、いいわ。部屋二つね、空いてるよ。はい、鍵」
 酒場は客でごった返していて賑やかだった。
 リムはぽけっと店の中を眺めている。どうやらこういった場所は初めてのようだ。
「ほら、行くぞ」
 歩き始めてもついてこないリムに声をかけ、それでも動かないリムの手を引いてシンはニ階へと向かった。
 鍵についてるキーホルダーのナンバーを見て部屋を確認する。隣同士の部屋だった。
「おれはこっち、リムはそっちだから。いいか。部屋から出るな、うろちょろするな。わかったか? リムが迷子になってもおれは探さないからな」
 そう言ってリムに部屋の鍵を手渡した。
 シンはさっさと自分の部屋の方に入ろうとしたのだが・・・・。
「リム、何やってんだ?」
 リムは部屋の前で鍵をジーっと見つめたまま動かなかった。
「・・・・・・まさか・・鍵の使い方わからないとか・・・?」
 彼女は照れたような笑みを見せて頷いた。
 シンはガクっと肩を落として、黙って彼女の手にある鍵を取った。
「一回しか見せないから一回で覚えろよ?」
 リムの前でガチャリと鍵を開け、ドアノブを回す。
 パチパチと拍手をするリムを横目に、シンはもう今日何回目かもわからない大きな溜息をついた。

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