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 IMITATION LIFE〜大地の歌・巫女救出編 3話 

 翌日。再度リムに部屋から出るなと念を押し、朝と昼の分の飯を渡してシンは一人町へ出た。
 とりあえず二人分の生活費を稼がねばならない。
 なんとなく・・・・・・自分でもなぜなのかはわからないが、水晶を売り払う気は無くなっていた。
 あまりにも多くの疑問に直面し、水晶自体に興味を持ってしまったせいだろうか。
 盗みと言っても基本的には生活に必要な最低限のものしか盗まない。神官や司祭に対しては別だが、反教会派の街であるここに神官やら司祭やらがいるわけはない。
 それ以前に、この街――というよりも反教会派の街では盗みをするのは依頼されたときだけと決めている。シンがこの街に戻っていることが広まれば自然と依頼も入ってくるだろうが、それまでは盗み以外の方法で稼がねばならなかった。
「どうするかな・・・・」
 ぼんやりと考えごとをしながら人通りの多い大通りを歩いていた時だ。後ろから不気味な呼び声が聞こえてきた。
「あらぁ、シンちゃぁ〜んっ。久しぶりねぇ。いつこっちに来てたの?」
 この声には聞き覚えがある。ぞわぞわと背筋に寒気を感じながら振りかえると、そこには予想通りの人物が早足でこちらに向かってきていた。
「げっ!」
 一瞬逃げようかとも思ったが、彼はこの街ではかなり顔のきく人物である。逃げても無駄だと思いなおし、立ち止まって彼の到着を待った。
「いやぁん、シンちゃんってばますます可愛くなっちゃって♪ 男の人達、放って置かないでしょ?」
 髭を生やしたシルクハットとスーツ姿の中年男がこういう言葉使いをするのもどうかと思う。
 本人に言わせるとそれは生まれ育った環境がいけないらしいが、シンにはどうもそれだけのようには思えなかった。きっと多分に趣味が入っていることだろう。
「何度も言うけど、おれは男! 同性に追っかけられてもなんも嬉しくないの!」
「あらぁ、それにしてはずいぶんと楽しそうに男の人達の相手してたように見えたけど?」
 彼が言っているのはシンがこの街の劇場で働いていた頃のことだ。彼はこの街唯一にして最大の劇場のオーナーだったりする。
 やっと娼婦という職業から抜け出せたばかりの頃。盗みの技術がまだ未熟で、盗みだけではやっていけなかったため、副業として性別を偽り踊り子をやっていたのだ。まあ、踊り子と言っても七、八歳にしか見えない子供の仕事は主役の踊り子の飾りみたいなものだったが。
 それでも当時は、可愛い子が入ったとずいぶん評判になっていた。
「あれは仕事! たった一月でやめた仕事のことを今更引っ張り出すな」
「んまぁ、ひどい!」
 彼はよよよとオーバーに泣き崩れる。嘘泣きだという事がバレバレだ。
「シンちゃんってば勝手に居なくなっちゃうんだもの。その後大変だったのよぉ?」
「はいはい。それじゃーな。おれ忙しいんだ」
 いまだ泣きまねを続ける彼を無視して、シンはさっさと人ごみの向こうへと歩いていった。


 彼との会話の間もずっと、今後どうするかを考えていた。
 そうして、結局一番無難なところで抑えることに決めた。
 盗みをする人間と言うのは器用な者が多い。鍵開けなんかは手先の作業だし、考えてみれば当然かもしれない。シンもその一般論に漏れず、手先は器用な方だ。
 ――数時間後、シンは市場の適当な場所に店を広げていた。
 店といっても敷物に商品を並べただけの簡単なものだ。
 市場にもピンキリあって、すでに店の定位置が決まっている市場と早い者勝ちの市場がある。シンが店を広げているのは当然早い者勝ちの方である。
 定位置が決まっている方は道の両端に店が並んでいるのだが、こちらは広場の地面に敷物と商品を置いてと言った感じだ。
 中には家にあったであろういらない物品を持ってきただけといった感じの店もある。
 これでどの程度稼げるかはわからないが、とりあえずは数日分の宿代と今後の路銀が少し稼げればよいのだ。一週間程度は手持ちの金でやっていけるし、ケリアなら多少の融通はきかせてくれるだろう。
 ほんの数十分の時間で速攻作ったビーズアクセサリーだが、売れ行きはまぁまぁだった。
 それはおそらく、自分の顔にも深く起因しているだろうことを自覚してシンは苦笑する。
 現在のシンの服装は男の子寄りだが、髪を下ろしている。シンがまだ男女の区別がつきにくい年齢であるせいもあるんだろうが、華奢な体格とその顔立ちから男女どちらにも見えてしまうのだ。
 女の人は可愛い男の子だと言って見に来る者が多いし、男の人は逆にシンを女だと思って近寄ってくる者が多かった。
(こういう稼ぎ方出来るのもいまのうちだよなぁー・・・)
 そんなことを考えながら市場の賑わいを眺めていると、少しばかり違和感を感じる少年を感じた。
 年はリムと同じくらいだろうか・・・・・・。
 しばらく少年を眺めているとその違和感の理由がわかった。外見と行動がそぐわないのだ。
 外見こそ十五、六ではあるが、実際の行動はどこか幼い。
 彼の注意がこちらに向いた。
 ほとんど足の踏み場のない敷物の間を、いとも簡単に歩いてくる。
「こんにちは」
 彼はにっこりと笑いかけてきた。シンも営業スマイルで笑い返してやる。
「いらっしゃい。ゆっくり見てってくれよ」
「うん」
 彼は本当にゆっくり見ていってくれた。が、買ってくれなかった。
(・・・・・・・・・・・・おいおい、ひやかしかよ)
 そんなシンの表情に気付いただろうか、彼と視線があった。
 すかさず商品の売りこみをする。
「な、これ綺麗だと思わないか? 彼女に買っていったらきっと喜ぶよ」
 彼は中空を見つめて少し間を置いてからこちらに視線を戻した。
「んー・・・・・僕彼女なんていないし。それにお金持ってないもん、買えないよ」
「はっ?」
 思わず声に出てしまった。が、そのことを反省するつもりもないし、客にならない人間に愛想を振りまく気もない。
「あっそ。ま、見るのは勝手だけど商売の邪魔はするなよ」
「うん」
 言外にさっさとどっか行けと言っているのだが、その雰囲気には気付かなかったらしい。
 彼はにこにこと楽しげな笑みを浮かべて商品を眺めていた。
 ふぅと小さく息を吐いて、その場に座り直した直後、
「まったく、だから人間は好かん。盗む気があるわけでもなし、見るくらい快く承諾できぬのか?」
 どこからともなく少女の声が聞こえてきた。
 キョロキョロと辺りを見回し、再度視線を正面に移したとき、目の前に黒髪の少女が居た。
「人間は好かんってなぁ、あんた何様のつもりだ?」
「すくなくともお主のような心の狭い下賎の者ではない」
 人を見下したような態度。
 彼女がいつの間にここに来ていたのかは気になるが、今はそれ以上に彼女の態度にむかついた。
 これが年上の女性だったらまだマシだったかもしれない。けれど目の前の少女は自分と同じくらいの年だ。その少女にこんな言い方をされてムカつかないはずがない。
「んじゃ、あんたは高慢ちきな自己中女か」
 思いっきり言い返してやったつもりだった。だが彼女は涼しい顔でそれを聞き流し、先ほどから商品を眺めていた彼に話しかけた。
「羅魏、わしは他に行く。こやつは気に食わん」
 彼女の姿は空中へと浮かび、半透明になって消えてしまった。
 一方彼――ラギと呼ばれていた――は彼女がいなくなったことにあまり頓着していないらしく、相変わらず楽しそうに商品を眺めていた。
「あのさぁ、買う気ないならいい加減どっか行ってくんない?」
 こんな珍しくもないビーズアクセサリーを何十分も眺めて何が楽しいのだろう? 半分呆れ顔でそう呼びかけた。
「居るだけで迷惑?」
 ラギはどうも、シンのどっかいってくれ的な雰囲気を察知できないでいるらしい。
(迷惑じゃなきゃどっか行けなんて言わないっての)
 半眼でラギを見つめて、
「うっとおしい」
 短く、きっぱりと言う。
 ラギは意外にもあっさりと引いてくれた。
「そっかー。それじゃ他行こうっと。バイバーイ♪」
(・・・・・・・・・・なんだったんだ、あいつ・・・)
 多分連れなんであろうあの少女といい、彼自身のどこか世間ズレした雰囲気といい。
 しかし今のシンはそれをあまり深く追求する気にはならなかった。なぜなら、シンの頭にはそれ以上の疑問がずっと頭にあったのだから・・・・・・。

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