■■ IMITATION LIFE〜大地の歌・巫女救出編 4話 ■■
真面目に店番をしていたシンの前に、客とは明らかに雰囲気の違う男が現れた。
こいつも顔なじみである。シンのお得意様の一人だ。
「久しぶりだな、シン」
「久しぶり。おれに何か用?」
ニッと不敵な笑みで聞くシンに、彼はにこやかな笑みを返した。
「仕事中悪いが頼みたいことがある」
「それは皮肉か? これは、仕事が入るまでの副業。 で、内容は?」
彼は黙って封筒を差し出した。シンはその封筒を受け取ると、店をたたんで足早に広場を去る。
とりあえず歩きながら封筒の中身を確認すると、中には仕事の依頼が書かれた便箋が入っていた。しっかりと内容を確認し、それをしまいこむ。
シンが向かった先は市場通り。そこには顔なじみの商人が数多くいる。いつも金と交換でいろいろな情報を流してもらっているのだ。シンが一番重要だと思っているのは盗みの前の情報収集。とりあえず、自分がいない間の街の状況を知っておきたかった。
「なんだ?」
前方の方で騒ぎが起こっていた。どうやらスリのようだ。
走ってくる少年に向かって投げられたブレスレットが、見事頭に勢いよくぶつかり、少年は持っていた物を取り落とした。
ブレスレットも地面に落ち、その中に少年が盗んだんであろう物が落ちる。
盗まれた品の持ち主なのであろう、青い髪の男がブレスレットに手をかけた。
(まずい!!)
「待てっ! それに触るな!!」
慌てて声をかけたが間に合わなかったようだ。
ブレスレットは発動してしまった。
唖然としている彼を見て小さく溜息をつく。
それを放っておくわけにもいかず、シンはそれを拾い上げた。
「あ、さっきの」
彼が小さく呟いた。さっき市場で会った奴だった。ラギとか言ったっけ・・・。
誰に対してだろう、あのムカツク女が説明的な台詞を言った。
「広場で店を開いていた者じゃ」
ムカツク女は無視して、シンは呆れ顔でラギを見つめた。
「だから言ったのにな」
そう言ってブレスレットを店主の方へと投げる。
店主はそれを受け止めると苦笑してシンを見た。シンはラギに問いかけた。
「どうする?」
店主は困ったような視線でラギの方を見た。
「どうするって言われても・・・・ブレスレットを買い取ってもらうか、ブレスレットに入っちまった品は諦めてもらうか・・・」
まぁ、妥当なところだろう。
ぱっと見なんの装飾も無い地味なブレスレットだが魔法の品だ。魔法の品としては安い方だが、それでも安価とはいかない。いくら変な物が入ってしまったとはいえ、ただで持っていかれるのは困るだろうし、むしろ買い取ってもらいたいぐらいだろう。すでに収納品が設定されてしまった収納アイテムなど売るに売れない。
なんだかわたわたと考え込んでいる彼に、店主は再度問い掛けた。
「で、お兄ちゃんどうするね?」
問われてラギは、視線を中空に漂わせる。
「っつーか、まずなんでこんなことになったのか教えてくれるとありがたいんだけど・・・」
ラギは、少しばかり申し訳なさそうな感じで質問をした。
なんとなく・・・さっき会った時と雰囲気が違うように感じられたが、その疑問はとりあえず置いておいて、ブレスレットについて説明してやることにした。
「これは魔法の品なんだよ。どんなに容量が大きい物でも、一つだけならこのブレスレットにしまえるんだ。おれも持ってる」
そう言って、シンは自分の腕にもあるブレスレットをラギに見せた。
ラギが不思議そうな顔をしてシンを観察する。なにが不思議だったのかは簡単に予想がついた。多分自分が男か女かわからずにいるのだろう。
そんなことはシンにとっては日常茶飯事。気にせず説明を続ける。
「ただこれは過去の遺物でね。使い方が全部判明してるわけでもないんだ」
ハッと思い当たったようにラギの視線がブレスレットに向かった。目を見開いて、ブレスレットを見つめている。
「まさか・・・」
ラギの顔が蒼白になっていくのがわかる。
「そのまさか。一度設定したらもう変えられないんだよ。だから普通は袋とかを設定しといて、袋の中身ごとしまえるようにするんだけどね」
その説明を聞き終えて、ラギは引きつった笑みを店主に向けた。
「どうするね。ブレスレット引き取るか、中身諦めるか」
「あの・・・・さぁ。オレ今金の持ち合わせがないんだ・・・・。これじゃダメかな」
(・・・へぇ、めずらしいもん持ってるな)
ラギが取り出したのは宝石だった。それも出るところに出ればかなり高値がつくであろう品。
「現金以外不可ね。わたし鑑定できない。こういうものは受け付けない」
「・・・・・・・・・・・・じゃ、じゃぁちょっと待っててくれよ。どっかで金に変えてくるから!」
ラギは慌てた様子でそう言ったが、それは無理と言うものである。
「無理だよ」
ラギの背後から宝石を覗きこみ、声をかけてやった。
「え?」
ラギは反射的に振り返り、シンを見つめた。
「それを売りたいなら教会の街に行かないと。教会は宝石を大地母神の創り出した芸術品だと言って重宝がってるけど、この街じゃ宝石なんて何の価値もない」
宝石は確かに珍しい物ではあるが、反教会の連中は宝石に価値を見出さない者が多い。教会が宝石の価値を高く見ているからそれに対する反発もあるのだろう。
ラギはがっくりと肩を落とし、ぽつりと呟いた。
「そうなのか・・・・?」
「そう。あ、教会の街に行って売っても意味ないよ。教会とここじゃ通貨が違うし、ここの連中は教会を嫌ってるのが多い。通貨の交換なんて出来ないから」
ついでに教会の街に行っても意味無いことも教えてやる。まさかわざわざ教会の街まで売りに行くとも思えないが。
ラギは少しばかり考え込んで、一番無難な案を提示した。
「じゃぁ一月。一月待ってくれよ。なんとかして金稼いでくるからさ」
これだけ大きな街だ。仕事の一つや二つすぐに見つかるだろう。
店主は彼の提案にまだ渋い顔をしているが、これ以上ここで時間を無駄にする気はなかった。店主に声をかけ、今日ここに来た目的を話す。思わぬところで時間を食ってしまったが目的地はここ以外にもあるのだ。店主の了解の意を確認し、さっさとここを去ることにした。
・・・・・・去る前に、少しばかりの悪戯心が浮かんだ。
行きかけて振り返り、ラギに向かってウィンクする。
「じゃ、頑張って稼ぎな。オニイサン♪」
わざと女っぽく言ってやる。
彼らに背を向けてから、シンは楽しそうに小さく笑った。
あいつは、自分を男だと思っただろうか、それとも女だと思っただろうか?
その日の夕方。シンは一通りの準備を済ませ、宿に戻ってきた。
リムはおとなしく部屋で待っていてくれているだろうか?
もしいなくても探してなんてやらない・・・・と、言いたいところだが、ケリアがリムの存在を知っている以上、ケリアはそれを許してはくれないだろう。
多少の不安と共に宿の一階、食堂の扉を開ける。同時に、元気な声がシンの耳に飛びこんできた。
ここの従業員は全員顔馴染のはず。だが、どこか聞きなれない声だった。
「あ・・・・・・」
先にそんな声を出したのは聞きなれない声の主。
ケリアが豪快に笑う。
「ほら、前からそこに張り紙してただろ。やっと見つかったんだよ♪ ラシェルって言うんだってさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
二人の沈黙も意に介さず、ケリアは一人楽しげに言葉を続ける。
「こっちはうちの常連さんでシン。ま、年の近いもの同士仲良くしておくれ」
・・・・・・・・こういうの・・・腐れ縁って言うんだろうか・・・。
ケリアが二人の間の沈黙にやっと気付いた頃。シンはどこかげんなりとした様子で階段を上っていった。