■■ IMITATION LIFE〜大地の歌・巫女救出編 6話 ■■
翌朝、シンは眠い目をこすりながらベッドから出た。
昨夜はつい考え込んでしまい、なかなか寝つけなかったのだ。
とりあえず目を覚ますために井戸に向かった。
個々の部屋に水道がついているような高級宿では無いので、水が必要な時は井戸まで行かねばならない。
井戸で顔を洗った帰り、部屋に戻る途中でラシェルとすれ違った。特に気にすることもなく、軽く会釈だけして通りすぎる。
「あぁっ!」
突然聞こえてきた大声におもわず後ろを振り返った。
ラシェルが早足でこちらに歩いてくる。
隣に来て、ラシェルはじっとシンを見た後に聞いてきた。
「背ぇ縮んで無いか・・・?」
「・・・・・・」
言われて、自分の現在の格好を思い出す。寝ぼけていたことも手伝って、シンは部屋備え付けのサンダルを履いていた。
ちなみに、普段履いてるのはヒールの高い靴だとか、厚底のブーツだったりする。
こうなってしまってはごまかしたって仕方がない。軽く頷いて、あっさりと肯定した。
「だってこの背丈じゃ誰も十三歳なんて信じてくれないから」
にっこりと笑って見せる。これで誤魔化されてくれればいいのだが・・・。
「はぁ?」
まだ疑問の表情を浮かべるラシェルに対してシンは涼しげな様子で言った。
「仕事の都合上あんまりガキに見られるのも困るってこと。普段は身長ごまかすために小細工してるんだよ」
誤魔化せないならば正直に言ってしまえ。そんな心理が働いた。
とりあえずあまり言いふらされても困る。
「嘘ついてるってことか?」
ラシェルはさらっとした口調で言った。特に深く考えずに言った言葉だったのだろう。
けれどそれはシンには少しばかり辛い言葉だった。
物心ついた頃・・・・シンはすでに娼館にいた。そこは子供ばかりが集まっていて、そういう趣味の人間専門の店と言っても良いところだった。
いつ頃だったろうか。今から五年ほど前だったと思う。その店の経営者が捕まった。孤児等の行き先のない子供を拾うだけでは足りず、誘拐まがいのことをしていたらしいのだ。
役所は働かされていた子供の面倒は見ずに放り出した。
居場所を失ったシンはスリをしながらあちこちさ迷い歩き、この街にたどり着いた。反教会の地というものがあることを初めて知り、当初はどこかで仕事を得ようと必死だった。けれどなかなか仕事は貰えず、最終的には盗みで落ち着いた。しかし同じように教会に反発している人間が暮らすこの街で盗みというのもなんだか気が引けて・・・・そんな時だ。劇場の子役募集の告知を見つけたのは。
そこで年齢を聞かれ、シンは十歳だと答えた。その時まで自分の年齢など考えたこともなく、たんに前の子が十歳だと言っていたのでそのまま言っただけだった。
そして劇場で働くようになった・・・が、その一月後に宿を経営しながら裏の仕事の斡旋屋もしているケリアと出会い、ケリアから仕事をもらえるようになって現在に至る。
そこから数えてとりあえず十三歳と言ってはいるものの、多分実際はもっと下だろう。
自分でも自覚しているが、今更変える気もないしその必要もない。
もともと大人びた顔立ちだったおかげで、身長以外の部分はちょっとした化粧かなんかで誤魔化せるのだ。
シンは胸を張って言い返した。
「嘘なんかついてねーよ。おれが十三歳って言ってるんだからそれがおれの年齢だ」
これでは本当の年齢は違うと肯定したようなものだ。しかしそれが真実なのだから仕方がない。
ラシェルが黙りこんだのを見て、シンはくるりとラシェルに背を向けて建物の中に戻っていった。
部屋で着替えたあと食堂の方に向かうと、すでにリムが居てあのムカツク女と楽しそうに話していた。
「おはよう、シン」
「おはよう」
シンが注文を出す前に、ケリアは食事を出してくれた。毎朝同じものを頼むものだから、たいていこちらが注文を言う前に出てくるのだ。
こちらに気付いたのか、リムはにこりと笑って丁寧にお辞儀をした。
「こんなのに礼を尽くさずとも・・・・」
あの女はよほどシンが気に入らないのか、挨拶もなにもする気がないだけでなく、リムが挨拶したことに対してまで文句を言う。
朝からいちいち腹を立てるのも面倒で、シンはその言葉を無視した
「水龍!?」
あいつの声だ。
「おお、遅かったの。ラシェル」
呼ばれてあの女が言葉を返した。
(スイリって名前だったのか)
そういえばムカツク女とかあの女とか・・・・そんなふうにばかり呼んでいて、名前を聞きすらしなかった。
二人は会話を続けていた。最初は全く聞く気がなかったが、その内容の一部に注意が引かれた。
(・・・・リムとスイリが、同業者?)
昨日言っていた”同類”というのと同じ意味で言っているのだろう。しかしそれ以上は会話の内容が進まなかったので、シンは自分の朝食のほうに意識を戻した。
「よっしゃぁぁっ♪」
そのすぐあとだ。ラシェルの浮かれた叫びが聞こえた。
(・・・・・なんか賑やかだな・・・今日は)
ケリアの店は宿としては全くと言って良いほど繁盛していない。食堂としてはとても繁盛しているが、夜遅くまでやっているせいもあって、食堂の方は開店時間が遅い。シンがいつも朝食を食べている時間帯はまだ開店前。
いつもはケリアと二人、仕事のことや他愛もない世間話をしつつ朝食を食べているのだが・・・・。
ほんの数人でここまで差が出るものなのだろうか。
あまりにもうきうきとした様子で台所に向かうラシェルを、シンは呆れた表情で見送った。
それから三十分ほど。
台所の方からおいしそうな匂いが漂い始めた。
ラシェルが盆に食事を持って出てくる。ケリアはその一部をしっかりつまみ食いして、感嘆の声をあげた。
「へぇ、自信がないみたいなこと言ってたけど上手いじゃないか」
ケリアは不気味なぐらい優しい笑みでラシェルを誉めた。
(・・・・・・あ〜あ。あいつ、今日から仕事が増えるな)
ケリアの人使いの荒さはシンも身を持って知っている。何度か手伝わされたことがあるのだ。
シンだけではなく、ケリアの世話になっている人物ならばたいていは知っているだろう。
今後の彼の仕事の日々にちょっとだけ同情して、食事を終えたシンは宿の外へと出かけていった。
その日は昼間は辺りをぶらぶらして、夜は仕事をした。仕事とはもちろん、この前依頼された盗みだ。
シンが戻っていることが広まると、依頼は順調に舞い込んで来た。
そうして、単調な日々を過ごして数日。
どうしてもラシェルと毎日顔を合わせることになるのだが、彼の様子がどうも気になる。
日がたつごとに元気がなくなっていくというか不機嫌になっていくと言うか・・・・・。
たんに同じ宿に泊まっているだけの間柄とは言え、毎日顔を合わせていれば嫌でも目に付く。
気になるが、聞けるような間柄というわけでもなく・・・・・・。
そんな日々が過ぎていき、ラシェルが来てから十日目の朝。
「シン、今日の夜手伝いお願い」
「え゙っ?」
突然のケリアの頼みにシンは一瞬固まった。
「休み無しじゃあの子もつかれるだろ?」
ケリアも気付いていたらしい。ラシェルの様子がおかしいことに。
「はいはい、わかったよ。たく、いつもタダでこき使うんだもんな、ケリアは」
手伝った日は宿代無料となるが、どうせならば現金で払って欲しいものだ。
だがそんな嫌味もケリアにはまったく通じず。ケリアは、楽しげに笑って仕事に戻ってしまった。
それからしばらくしてラシェルが降りてきて、休みを言われたラシェルは早速外へとでかけて行った。
ラシェルが出かけてからさらに十数分後、リムがスイリと一緒に降りてきた。
「ラシェルはどうした?」
聞くスイリにケリアが説明してやる。
スイリは、そうかとだけ言ってまたリムと会話を始めた。毎日毎日、よく話題が尽きないものだ。
今日は仕事は何も入っていない。けれど本当はシンも市場辺りにでも出かけるつもりでいた。まぁ、ただの暇つぶしだが。
時間は昼になり、食堂にも人が入り始めた頃だ。
突然リムの様子が変わった。ぱたぱたと二階に駆けて行く。
(どうしたんだ?)
気になったシンもリムのあとを追いかけてニ階へ向かう。
リムが入っていったのは自分の部屋ではなく、シンの部屋の方だった。
初めて会った日に筆談しようとして失敗した、あのよくわからない文字が書かれた紙が部屋の扉に貼ってある。
「読めねぇよ・・」
シンは半眼でぼやきながら扉に手をかけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鍵がかかっている。
「リム? なにやってんだよ、リム!」
が、中の様子は変わらない。部屋の中は静まり返っている。
シンは小さく溜息をついて、リムが出てくるのをおとなしく待つことにした。