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 IMITATION LIFE〜大地の歌・巫女救出編 7話 

 扉は開かない。
 仕方なく、シンはその場で待つことにした。
 わざわざここで待っている必要もないのだろうが、そこはなんとなくというやつだ。
 そうして一時間が過ぎたころ、ケリアの呼び声が聞こえた。
「シンちゃん、もうすぐミリナ帰っちまうからそろそろ手伝ってくれないかい?」
 言いながら階段を上ってくる。
 部屋の前で座りこんでいるシンを見つけて、ケリアは意外そうにシンを見た。
「・・・・何やってるんだい」
 その問いに、シンは疲れたようにぼやく。
「部屋に入れないの」
 ケリアは部屋の前まで来て、張り紙に気付いた。
「神官文字じゃないか」
 シンはばっと立ちあがりケリアの顔を見上げる。
「これ、知ってんのか!?」
「ああ。あたしらが普段使ってるのは共通語とも言われる教会文字。これは神官の間だけで使われる文字さ」
「じゃぁ・・・リムは教会関係者ってことか・・・」
「そういうことになるだろうね」
 一瞬の沈黙。そして、シンは問いかけた。この間からずっと疑問に思っていたことを。
「なぁ、なんでおれに持ってろなんて言ったんだ」
 水晶を盗むこと。それは元はといえばケリアからの依頼だった。
 けれど戻ってきたシンを見て、ケリアは水晶はシンが持っていて欲しいと言ったのだ。
 ケリアは小さく微笑んで、それから窓の外を見つめた。
「はるか昔って、どのくらい前だと思う?」
「・・・?」
 突然の問いにシンは戸惑ったが、ケリアが答えを待っているのを見て返答を口にする。
「大昔ってんだから何千年とか何万年とか前じゃないのか?」
 ケリアは予想通りだとでも言うような表情をして、首を横に振った。
「たったの百年前だよ。星が落ちたのは。当時を知る者がほとんどいないのを良いことに、教会の連中は都合の良い様に歴史を教えてるのさ」
「ケリアは・・・そのころから生きてるのか?」
「ああ、あたしらの種族は寿命が長いからね」
 そう言ったきり、ケリアは黙りこんでしまった。
 暗くなった雰囲気を打ち消す様に、シンはケリアに尋ねた。
「これはなんて書いてあるんだ?」
「・・・ちょいと待っておくれ――・・・・<立ち入り禁止>って書いてあるよ」
「はぁ?」
 あまりにも拍子抜けするその文字の意味にシンはぽかんと口を開けて張り紙を見つめた。
「立ち入り禁止ってなんなんだよ・・・」
 リムに出会ってから毎日の様に溜息をついてる気がする・・・・。
 シンは大きく溜息をつくとケリアに声をかけて下に向かった。
 鍵をかけられたうえ入るなとまで言われては、待っていようという気も失せてしまう。
 時刻はすでに夕方。もうすぐ客が入ってくる時間だ。
 と、その時だ。下から子供の泣き声が聞こえてきた。
 シンの後ろから歩いていたケリアは早足にシンの横を通りすぎ、一階へと降りていった。
「あっ、ケリアさ〜んっ」
 ミリナの狼狽した声が聞こえた。
「どうしたんだい?」
「この子が・・・・」
 下ではラシェルのミニチュア版みたいな子供が泣きじゃくっていた。
 ケリアが優しく問いかけるとそのミニチュア版はラシェルが帰ってこないのだと答えた。
 その答えにシンは首をかしげる。ケリアとミリナも同じように疑問を持ったらしく、不思議そうに首をかしげた。
「ラシェルの知り合いか?」
 降りてきたシンが聞くと、ミニチュア版ラシェル――とりあえず名前がわからないのでこの呼び方に決定――が頷いた。
 そうこうしているうちにこの騒ぎを聞きつけたのか、どこからかスイリが現れた。
「何の騒ぎじゃ。騒々しい」
 降りてきて、騒ぎの中心人物に気付いたらしい。ミニチュア版に声をかける。
「なんじゃ、羅魏ではないか。その姿はどうしたのじゃ?」
 知り合いと会えて安心したのか、ミニチュア版――ラギはすこし落ち着いたようだ。まだ泣き止んだわけではないものの、先ほどの様に大声で泣いているという状態でもない。
「だってラシェルが外見に見合った行動しろって言うんだもん」
 スイリがくすくすと笑った。
「それでその姿か」
 しばらく笑うと、スイリは真剣な表情でラシェルの事を聞いた。
「ラシェルが帰ってこないとはどういうことじゃ? おぬしら、別行動をとれるのか?」
 後者の問いに対してだろう、ラギは頷いた。
 シンには疑問が残る。ラギという名前には聞き覚えがあった。初めてラシェルを見たとき、スイリはラシェルのことをラギと呼んでいたのだ。
 考えている間にも会話は進んでいく。とりあえずそのことはあとに置いておくことにした。あとでスイリかラシェルに聞いたって良いのだ。
「あのね、今日ラシェルと喧嘩しちゃって。それで・・・そのあと、ラシェルがいきなりいなくなっちゃったんだ」
「行き先に心当たりは?」
「機械がたくさんあるところ。それもただの機械じゃなくて、・・んっと・・」
 説明の仕方に困っているようだ。
 ラギの後を続けるようにスイリが口を開く。
「通信で繋がれている全ての機械とその回線。現実には存在しない、機械の中にのみ存在する世界とも言える場所、じゃな」
 ラギが目を点にしてスイリを見つめた。
 その視線に気付いたのか、スイリはふっと笑うとシンの後ろを指さした。
 振りかえると、いつのまにやらそこにリムの姿が在った。
「おや、用事はもう終ったのかい?」
 ケリアの問いにリムはこくんと頷く。
 そして手近な紙にさらさらと文字を書いていった。
 ラギはじっと文字を見つめ、そして・・・・。
「心当たりがあるの!?」
 リムはにっこりと笑った。
「教会の中枢・・・水晶殿か。そこに大量の機械があるというのじゃな?」
 リムの文字も読めず、声も聞こえないシンは会話に入れなかったが、そんなシンに説明する意図もあるんだろう。スイリは確認しながら会話を進めてくれる。
 教会中枢の噂はシンも聞いたことがあった。
 教会は星の衝突前に発展していた文明の技術をいくつか復活させているが、その全てを教会で独占しているという噂だ。
「僕行って来る。ラシェルに何かあったのかもしれないし」
 くるりと回れ右をして駆け出すラギを慌てて止める。
「待て待て。こっからどのくらいかかると思ってんだ」
 ラギは立ち止まってしばらく黙り込んだ後聞き返した。
「どのくらい?」
 ケリアが奥から地図を持ってきてくれる。
「見てごらん。今居るのがここ。で、水晶殿はここ。普通に歩いてけば一月ぐらいの距離だね」
 ラギは黙ったまま地図を見つめている。
「・・・・・・ダメだ。前は簡単に出来たのに・・・」
「なにが駄目なのじゃ?」
「前はね、地図とかで場所がわかればすぐにそこをイメージして転移できたんだ。でも今やろうとしたら、なんだか上手くその場所がイメージできなくて・・・・」
 スイリは小さくため息をついた。
「感情を持った分、機械としての精密さが鈍感になってしまったという事か。まぁよい。わしが送っていこう。そやつとリム殿もな」
 リムはうれしそうにお辞儀をしたが、シンとしては冗談じゃないと言ったところだ。
「何でおれまで!」
「リム殿に頼まれたことがあったであろう」
「おれは受けるとは言ってない!」
 言い合いを続ける二人の間にケリアの手が入った。その手には小さな袋を持っていた。
「あたしが金を払うよ。これで正式な依頼だろ?」
「ケリア・・・?」
「事情はシンちゃんが姫巫女と帰ってきたら話すよ。だから、この依頼受けてくれないか?」
 ケリアだけではない。リム、スイリ、ラギの三人に見つめられてシンは大きく息を吐いた。
「ああもう、わかった。わかったよ。受けりゃいいんだろ? 受けるよ。やってやろうじゃん。見事姫巫女を盗んで見せるよ」
 リムがうれしそうに手を叩き、ケリアは安心したように息を吐く。スイリも満足そうに頷いて外に出ようとした。
「今から行くのか!?」
 今は夕暮れ。もうすぐ陽が沈む。
「早い方がいいじゃろう。ラシェルのことも心配じゃ。心配せずともおぬしはただ乗っているだけで良い」
(何にだ、何に・・・・)
 自信たっぷりに言うスイリの態度に返す言葉を失い、沈黙したシンの手を取りリムもスイリの後を追う。
 街外れまで来て、スイリが立ち止まった。
「ま、この辺りで良いじゃろ」
 スイリの周囲に水が立ち昇る。
 その水柱はどんどんと大きくなっていき・・・・――。
 水が消えた時、そこにスイリの姿は無く、替わりに、体長五メートルほどの蛇もどきがいた。

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