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 IMITATION LIFE〜大地の歌・森探索編 0話 

 三年前の姫巫女失踪事件以来、教会の勢力はどんどん弱くなっていた。
 そのため、三年前まで名前を持たず、反協会の街と呼ばれ、教会に制圧されるのを恐れて隠れていた街が、次々と姿を現し、たった三年間で街の数は倍近くにまで膨れ上がっていた。
 そしてここ、レムリアの街も三年前まで名無しだった街だ。反教会の街の中では、教会の本部・水晶殿に最も近い位置にある。
 レムリアの街の大通りに面した商店街の中に、そこそこの繁盛ぶりを見せる宿屋兼食堂があった。
「ねぇ、ケリア〜。これってこれでいいのかな?」
 胡椒片手にこの店の店主ケリアに問い掛けているのは、ここの居候リム。
 ケリアは忙しい中でもしっかりリムの様子を見てくれた。
「ああ、ずいぶん上手くなったじゃないか」
 ちょっと小太りの中年おばさん、ケリアはいつものように豪快に笑ってリムの背中を叩く。
 本人は手加減しているつもりのようだが、華奢なリムにはちょっと痛い。
 ミリナがカウンターごしに厨房を覗きこんでくすくすと笑っていた。
「最初の頃は酷かったもんねぇ」
 最初の頃は目玉焼きすら作れなかった。まず卵の殻が割れない。それから、なんでか知らないけど必ず黒焦げになる。火加減がよくわからかったのだ。
 ミリナの方に視線を向けると、これからが急がしい時間だというのに、ミリアはすでに帰り支度をはじめていた。ミリナの仕事時間は開店時間から夕方までだからいつものことなのだが。
「あ、もうそんな時間?」
 外を眺めると、太陽はすでに傾きはじめていた。
「それじゃ、失礼します。また明日」
 ミリナは丁寧にお辞儀をして、扉の外へと出ていった。
 それと入れ違いに客が一人。外に出ようとしたミリナが客の方に振りかえった。
「なんか食いもんくれる? 腹減った」
 二年以上も会っていなかったというのに、彼の口調にはそんな雰囲気はなかった。
 まるで昨日も会っていたような・・・・・・一瞬そんな気がしてくるような口調と態度。
 久しぶりに見る、彼のさらっとした金の髪。不敵に笑う緑の瞳。
 ・・・・・・リムの動きが止まった。
 三年前の事件の後、リムをここに預けすぐにいなくなってしまった人物。教会に幽閉されていたリムを助けてくれた人物だ。名前はシン。現在自称十六歳。ただし、本当の年齢はもっと下だろうと思う。何度か聞こうと思ったこともあったが、なんとなく聞きそびれていた。
 ケリアはシンのそんな態度に慣れきっているのか、こちらもいつものことのように言葉を返し、動き始める。
「しばらく見ないうちにずいぶん大きくなったねぇ」
 ケリアはちょうど作り終わったばかりの――リムの練習のためのお手本で作っていた料理を彼に差し出した。
「育ち盛りだからな♪ このニ年で二十センチ伸びた」
「へぇ・・二十センチねぇ」
 言いながら、ケリアはシンの背丈を確認するかのように、自分の手を彼の頭の上に翳す。
「まだまだだね」
 ケリアはからかうように言った。
「ひっでー。なぁっ、おれ背ぇ伸びたよな? リム」
 突然話を振られて、リムは慌てて答えを返す。
「ん〜〜・・・前に比べたら伸びたけど・・・標準以下の背丈であることは間違いないね」
 シンの問いに、リムは悪戯っぽく笑って言った。
 シンは拗ねたような瞳で唸っていたが、それ以上言い返したりはしなかった。そしてリムの前に一枚の紙を差し出す。
「ほら」
「なにこれ?」
 見ると、それは地図のようだった。
「なに? じゃないだろ。森を探せったのはリムだろーが。ったく、エライこと引きうけちまったぜ。森なんてほとんど残って無いくせに噂だけはたくさんあるんだからな」
 正確には森ではなく、大地母神の力を受け入れるだけの力を残している大地を探せば良いのだが、まぁそう大差は無いだろう。大地が生命力を残しているからこそ豊かな森が存在できるのだから。
 地図には何十個もの丸印がついていて、そのいくつかはバツ印が書いてあった。
「もしかして、この丸いの全部・・・」
「そっ。森が残ってるって噂のある場所。バツ印は通りがかりに確認したとこ。全部ハズレだった」
 肩をすくませてそう言うと、シンはもくもくと出された料理を食べ始めた。それから、リムの方を見てたった今気付いたかのように言う。
「そういえば・・・・・・変わって無いな」
 唐突すぎるその言葉に、シンがなんのことを言っているのか理解できない。
「何が?」
 リムが問い返すとシンは即答してくれた。
「身長とか」
 ああ、そういうことかと思い当たり、リムはくすりと小さく笑った。
 大地母神の力のカケラから出来たと伝えられる水晶を本体に持つリムは、人族とは少し違う。水晶を守り一緒に暮らしていた晶族とも。
 リムは生まれてから死ぬまでこの姿のままなのだ。
「あたし、成長とかしないの。交代の時までずぅっとこのまま」
 シンの問いにリムは簡潔な答えを返した。
「交代?」
「だぁって、どんなもの存在には必ず終りがあるものでしょ。体という現実の物を持ってるなら尚更ね。あたしたちの寿命は千年。そう決まってるのよ」
 シンは、多分話の半分以上理解はしていないだろう表情で、こくりと頷き食事に戻った。
 どうもシンは食事を最優先する傾向にあるらしい。真剣な話だろうが事件に巻き込まれようが、食事の途中だとそれらを無視して食べるほうに集中してしまうのだ。
 とりあえずシンが食事を終えるまでは話は進まないと判断し、リムは再度厨房に戻った。もちろん、ケリアの手伝いをするためだ。いくら古い知り合いとは言え、完全にただの居候を決め込むほどずうずうしくも無い。リムは、ミリナが帰った後の食堂を毎日手伝っているのだ。






 それから数時間が過ぎ、深夜――。
 シンが部屋でのんびりくつろいでいるところにリムが入ってきた。
 シンはノックもなしに入ってきたリムをとがめる様子も無く、ぽけっと外を眺めていた。
 不機嫌になったのはリムの方。なにしろリムはたった今まで労働していたのだ。その間シンはこの部屋でのんびりと休んでいたのだと思うと・・・・・。
「シンってばひどいっ。暇なら手伝ってくれれば良かったのに」
「なんで」
 シンはけだるそうに問い返す。
「なんでって・・・前はいつも手伝ってたんでしょ?」
「人手が足りなかったから無理やり駆り出されてただけだ。今は人手はあるだろ?」
 ぴっと人差し指を立ててこちらに向ける。
 リムはなおも抗議を続けた。
「ケリアさんにはお世話になってるんだからちょっとくらい――」
 リムの言葉は途中で止まってしまった。シンが大げさなくらいに肩を落として、大きな溜息をついてみせたからだ。
「おれは金を払って泊まってる客。リムは居候」
 横目でリムを見てそう言うと、シンの視線はまた外に戻ってしまった。
 シンが勝手に置いて行ったんでしょ! と言いたかったが、そもそもシンはリムの頼みを聞いて情報集めに行ってくれていたのだ。そして、それ以上にシンの表情が・・・・八つ当り気味な文句を言えるような雰囲気ではなかった。
「何を見てるの?」
 そう言って、リムはシンの視線の先を追いかけた。そこには夜の闇と街の灯り――この時間ではそれもほとんど消えているが、ぽつんぽつんと灯っている光景もそれはそれで綺麗だった。
「別に・・・」
 感情のこもらぬ声で言ってから、唐突に表情を変えた。
 どこかに心を置き忘れたような瞳。けれど表情だけは、いつもと同じ物を作り出そうとしていた。
「明日出るからな」
「えっ? そんな急に・・」
「急ぐっつったのはリムだろーが。もう決めたからな」
 シンの行動が唐突なのはいつものことだ。諦めて、頷く。
 せっかくだからもうすこし料理とか家事とか習いたかったのにな。
 そんな想いを胸に、リムは荷物をまとめ始めた。眠りにつくシンを起こさないよう気を付けながら。

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