■■ IMITATION LIFE〜大地の歌・森探索編 2話 ■■
今、二人の目の前にはだだっ広い海が広がっていた。
シンは半分呆れ顔、そしてどこか怒ったような顔で目の前に広がる海とリムの顔を順々に見つめた。
「で・・・・・・集落なんてどこにあるんだ?」
リムは相変わらずののほほんとした表情でさっと海のほうを指差した。
シンの肩が震えている。怒っているのだろうか。シンが俯いているうえ、シンよりもリムの方が背が高いために、リムからはシンの表情が見えなかった。
シンの表情を覗き込もうと屈みかけた時だ、ばっと顔をあげ、ものすごい勢いでシンは怒鳴り出した。
「アホかっ!! あの先ってなぁ、海だぞ、海っ!! リムはともかく、人族ってのは水の中じゃ息できないの! それともなにか? まーさーかぁー・・・泳いでいくなんて言い出さないよなぁ?」
最後の方はもうヤケになっているようだった。
リムはにこっと笑ってシンの手を取る。
シンはきょんっとほんの少し目を丸くした。それはほんの一瞬の表情だったが、初めてシンの子供っぽい顔を見たような気がした。
「あたしが魔法かけてあげるから大丈夫。とにかく、来て♪」
リムがそう言うと、シンは渋々ながらも納得したようで、素直に一緒に歩いてきてくれた。
一歩、海に足を踏み入れた時、シンは感心した様に自分の足元を見つめた。
リムがかけた魔法は水の中で息が出来るようになるもので、体に薄い空気の膜を張り同時にその空気を常に浄化することで水中呼吸を可能にしている。
つまり、その空気の膜に遮られてシン自身に水はかからないのだ。
「へぇ、こりゃいいな」
シンは歩きながらそう呟いた。
二人は泳ぐでもなく、海の底を普通に歩き目的地を目指した。
海に入って数時間。
昔と変わっていなければこの辺りに水族(すいぞく)の集落があるはずだ。
だが、実はその集落はかなり見つけづらいものだったりする。
水族は家などの建造物に暮らしてるわけではなく、その辺の洞窟や海草と海草の間といった外からは見え難い空間をその棲家とする。
しかもだ、水族はその姿形は人族とそう変わらないが、体の造りはずいぶんと違う。彼らの方から姿を現してくれない限りは水の中で彼らを見つけるのは至難の技だ。
なぜなら・・・・・・・・。
「あっれー、水晶さん?」
段々不機嫌になっていくシンを横目に辺りをうろついていたのだが、そんなリムに声をかける人物がいた。もちろんシンではない。
ぱっと声の方を見ると、その声の主は知った顔だった。
「ユイ♪ 会えて良かったぁ。シンも一緒だし警戒されちゃうかと思ったんだけど・・・」
水族は他種族・・・・・・とくに人族を極端に嫌う。理由はいたって簡単で、自衛のためだ。人族は人族以外の種族を迫害してきたのだから警戒されても当然だ。
「ん、でも水晶さんが一緒だし・・・悪いのではないかなって」
ユイはそう言うと、ちらっとシンのほうに視線をやった。
つられてリムもそちらに視線を向けてみると、半ば放心状態になっているシンの姿が目に入った。
まぁ無理もないだろう。
シンは人族ながら魔族扱いされていた人間で、あちこち旅をして回り、人族以外の者を目にする機会もあっただろうとは思う。
だが、水族を見たことはないはずだ。水族が水の上に姿を現すことは滅多にないないのだから。
水族の姿形は人族とあまり変わらない。けれどそれはあくまでも形だけの話であって、外見で言えばその姿はかなり違う。
水族の全身は淡い蒼一色で染まっている。しかもどういう作りになっているのか、少しばかり向こう側が透けて見えるのだ。一言で言えば、思いっきり深海向きの保護色。それが水族の外見だった。
「シーンー?」
どうして放心状態になっているのかだいたい予想しているくせに、わざと気付かないフリをして声をかけた。
シンははっと我にかえると、じっとユイを見つめた。
「あんたが水族・・・・・?」
ぽつりと呟くように言ったシン言葉。多分問いかけでもなんでもなく、ただ口を突いて出ただけの言葉だったのだろう。
リムはその言葉にこくりと頷いた。
「水族のユイくん。あたしのお友達だよ」
紹介されて、多少の戸惑いを見せながらもユイは小さくお辞儀をしてくれた。
「はじめまして」
シンも慌てて同じように言葉を返す。
二人のやり取りを眺め、それから聞きたかったことを口にした。
「ねぇ、ユイはまだ豊かな生命力を残してる土地を知らない?」
ユイはしばらく考え込んで・・・それから困った様に口を開いた。
「わからない。僕たちも困ってるんだ。海もどんどん衰えてきてて・・・・・・食料が獲れなくてその海域を離れざるを得なくなった集落もあるみたいだし」
「そっか」
リムはふぅと小さく息を吐いた。その様子があんまり落ちこんでるように見えたせいだろうか? ユイはさっと言葉を付け足した。
「でもっ、空族(くうぞく)だったらなんか知ってるかも。ほらっ、空族って空で暮らす一族でしょ? 僕らよりも行動範囲は広いと思うんだ」
リムはぽんっと手を叩いて顔をあげた。
「あっ、そっかぁ♪」
そこへ今の今まで黙り込んでいたシンの声が重なる。
「その空族とやらの居場所は?」
深い海の底が必要以上に静まり返った。
空族はもともと渡りの一族。ひとところに留まらぬ性質だ。
探すのは水族以上に難しい。
リムはへらっと困ったような苦笑いを見せた。
「どうしよっか・・・・」
シンの大げさな溜息が聞こえたような気がした。
「ま、探すしかないだろ。この際神頼みでもなんでも良いからさ」
神頼みなんてものがあてにならないのはリムが一番よく知っている。そしてシンにもそれを話したはずだ。
きっと気持ち的な問題なんだろうが、一応神と交信する能力を持っているリムとしては、大地母神――すなわちこの世界で言うたった一人、唯一の神―をむやみやたらに頼られるのはあまり良い気分ではなかった。第一、彼女の役目は自然界のバランスを保つことであって、生物たちの保護者ではない。遥か昔に生物としての命を失い、意識だけで存在する彼女には、出来ないことの方が多いのだ。
リムのぶす顔に気付いたのか、シンは悪戯っぽい笑みで先を続けた。
「わかってるよ、神さんの役目はおれたち世界の住民とは直には関係ないことなんだろ? この場合の神頼みってのは、これのことだな」
そう言ってシンが取り出したのは一枚のカードだった。
リムはシンがそれをやっているところを見たことはないが、ケリアの話によるとシンはカード占いをやるらしい。
占いを神の言葉とか運命的な予言もどきと見る者もいるので、これも一種の神頼みだろう。
リムはくすくすと小さな笑いを漏らし、ユイに振り返った。
「ユイ、どうもありがとう。また遊びに来るね♪」
リムは手を振りながら。シンは振り返ることすらせずに、ユイの見送りのもとその集落を離れた。
次の目的地は空族がいる場所。
それがかなり難しいことであることはわかっていたが、手がかりらしい手がかりなどないのだ。
二人は、一応シンがチェックした森の噂も確認しながら、空族を探して歩き出した。