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 IMITATION LIFE〜大地の歌・森探索編 4話 

 ここもまぁ見事に見晴らしの良い荒野だった。
「いないみたいだな」
 あまり期待はしていなかったらしい。シンは淡々とした口調で呟いた。
「まだわかんないよ」
 リムは言い返す。
 空族は空で暮らす。地上に居ることの方が少ないのだ。
 ぱっと見て居ないように見えても、その上空に居る可能性はゼロではないのだ。
「どうするんだよ」
 シンがイラついた調子で言う。
 なんだかここ最近、以前よりもシンの気が短くなってるような気がする。
 まあ、理由はわからないでもないけれど。
 森を探し始めてもう三年も経っているのだ。世界の危機うんぬんは置いておくにしても、三年も探しつづけて手がかりすらほとんど見つからないのだからイラつくのも仕方ないだろう。
 リムは苦笑して、それから視線を上空に向けた。
「一番手っ取り早いのはあたし一人で行くことかなぁ」
 海を行くよりも空を行く方が難しい。しかも空族は水族とはまた違うタイプの警戒心を持っている。
 水族は姿を見せないようにする。空族は、姿を隠しこそしないものの危険と判断したら躊躇うことなく攻撃してくる。
 空族が人族をどう思っているかは知らないが、少なくともあまり良い感情を抱いてはいないだろう。
 言ってからリムは、シンの方をちらりと見た。
 シンの表情を窺う。
 シンは、意外とあっさり承知してくれた。
「じゃあ、おれはここで待ってるからさっさと行ってきてくれよ」
 これにはリムの方が驚いてしまった。
 シンは進んでトラブルに首を突っ込む方ではないが、引きうけたことは最後までやり遂げようとする。責任感は強いタイプなのだ。
 にも関わらず、一時的にとはいえカヤの外に置かれることにあまり不満を持っていないようだ。
 リムの表情に気付いたのかシンは拗ねたような口調で言ってきた。
「ほらっ、さっさと行ってこいってば」
 どうやらしっかり読み取ってくれたらしい。リムが何を言いたいのか。
 シンの表情はまるで子供扱いするなと言っているようだった。
 珍しくシンの年相応な表情を見たような気がして、リムはくすくすと笑う。
 シンは仏頂面でリムを睨んだ。
「ちょっと待っててね。すぐ戻るから♪」
 睨まれたというのにそれすらも楽しく感じ、リムは妙に浮かれた口調で言って、宙へと舞いあがった。



 シンの姿が豆粒の様に小さく見える。そのくらいの高さまで昇ってきた。
 空族はたいていこのあたりの高さを飛んでいる。
 ぐるっと周囲を見まわすが、それらしい影は見当たらなかった。
 けれどそれだけで諦めるわけにも行かない。
 雲に遮られて見えない部分もあることだし、とりあえず周辺を飛びまわってみることにした。
 そうして数時間もしたころだろうか。
「スイ?」
 リムを呼ぶ声がした。
 振り向くとそこには十数名の空族。――空族はたいてい二十未満の人数で行動するから、ここにいるのはこれで全員なんだろうと思う。――
 幸運なことに向こうから声をかけてくれたのだ。
 スイというのは水晶のスイ。今はシンがつけてくれたリムと言う名前を名乗っているが、それ以前はリムには名前が存在しなかった。
 他の種族と違い、いつでもただ一人しか存在しない種族であるため、種族名イコール固有名詞となっていたのだ。
 そしてその種族名も、”水晶”とごく簡潔なものだった。
 大地母神の力のカケラである水晶の化身だから”水晶”。わかりやすい、単純なネーミングだ。
 ただ、共に暮らしていた晶族の者だけは、巫女様と呼んでいたけれど。
 リムには知らない顔だったが、向こうがリムを知っているのは別段不思議なことではない。
 リムの顔を知らずとも、気配でリムが誰なのかわかるのだ。わからないのは人族くらいのものだろう。
「こんにちは」
 リムは、にこっと可愛らしい笑顔で答えた。
 向こうはそれに多少の戸惑いを見せながら挨拶を返す。
「あのぉ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・」
 向こうが次の言葉を紡ぎ出す前に、リムは遠慮がちな口調で問いかけた。
「聞きたいこと?」
 空族の一人がオウム返しに問い返す。
「うん」
 リムもそのまま頷き返し、そして言葉を続けた。
「”森”を探してるの」
 シンは森と言ったときには多少の勘違いをされてしまったが、彼ならばこの言い方でも、リムが何を探してるのかわかってくれるだろう。
 そうして予想通り、彼はその意図をすぐに察してくれた。
「森・・・・・・ねぇ。ひとつ心当たりがないこともないけど」
「ホントっ!?」
 叫びにも近いリムの声に答えてくれたのは一番年嵩の人。多分この群れの長だろう。
「ああ。ただ、森って言ってもただの森じゃない。動いてるんだ」
 そうして彼が語ってくれたのは古い古い物語。
 隕石が落ちるよりも前、リムが生まれるよりも前から空族に伝わる伝説だった。


 その昔、まだ人族も大地の意思を感じる能力を持っていた頃。
 色々な特殊能力をもつ種族の中で、人族はずば抜けた知恵を持っていた。それこそが人族の持つ特殊能力だった。
 けれど人族は、その能力を誤った方向に使い始めた。
 その結果人族は大地の意思を感じる能力を失い、他の種族との交流が一気に薄れ、大地を汚しはじめたのだ。
 そんな中でも大地母神は人族を見捨てなかった。
 大地母神は人族がまた大地と共に生きていけるようになることを願い、その当時の人族の王の前に姿を現し大地の意思を伝えようとした。
 が、王はその意思を聞かず、神を手に入れようと躍起になったのだ。
 もともと万能ではなく、ただ大地と命のバランスを守るための力しか持たない神は、進化した知恵の力に負けた。
 結果、神は急速に力を失い、大地を去り意識だけの存在となった。自らの意思を残した水晶だけを地上に残して。


「その王様は大地母神様をどうしたわけ?」
 話が一段落したところでリムが口を挟む。
「神様って言っても、たった一人の種族ということ、寿命を持たないということ、世界のバランスを崩さないという制限の中でのみだけど自然現象を操れるということ、傷ついた大地を癒すこと。この四つの特殊能力以外は他の種族と何ら変わらなかった」
「あまりにも自然界のバランスを崩すようなことは出来なかったから、それを気にしない人族に負けちゃったわけね」
「そう。その王様は、神様の不老不死を欲しがって、神様の身体を調べ尽くした。その過程で生まれたのが、本来ならあるはずのない、神様の子供・・・・正確には神様の遺伝子を持った人族。
 結局、不老不死は手に入らなかったが、その人族は神様と同じ、大地を癒す能力を持ってたいた。もちろんその力の強さは神様とは比べものにならないくらい弱いものだが」

 どんなに弱くたって良い。癒す力がそこにありさえすれば、リムの力でそれを拡大、増幅出来る。
 しかしそれを探すには手がかりが少なすぎる。
 第一に、その伝承が真実だと言う確証が何もない。水晶が生まれる前の話と言う事は今から数千年以上も前の話だ。
 第二に、もしも本当だとして、その人族をどうやって探すのか。そしてそれ以前に、すでに血筋が絶えてしまっていたらもうどうしようもない。

「・・・・・・わざわざそんなことを話すってことは、もしかして、もう森はどこにもないの・・?」
 リムの問いに、空族たちはさっと顔色を変え一斉に視線を逸らした。
 誰も何も言わなかったが、その態度が何より雄弁に語っていた。
 空を駆け、この大地のどんな種族よりも広い空間を行き来している空族でさえ、森が残っている場所を知らないのだ・・・・・・・・。

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