■■ IMITATION LIFE〜裏話・陽が沈む彼方へ 5話 ■■
ラキアシティは、ユーリィ程ではないもののそれなりに大きな街だ。
しかしユーリィに比べると、ビルなどのコンクリートの建物は格段に少ない。
「ふーん。結構大きいけど、ユーリィと違って機械技術があんまし進んでないんだ」
マコトも話には聞いていた。
怪物達のために街道などがあまり整備されないので最新技術を遠くの街に届けられないのだ。
グググゥゥ・・・・・・。
ルシオのお腹で腹の虫が鳴った。
空を見上げれば太陽はもう真上を通りすぎて傾き始めていた。二人はまだお昼ご飯も食べていなかった。
「とりあえず、どっかでなんか食べよっか♪」
「うん♪」
二人はキョロキョロと辺りを見まわしながら街中へと歩いていった。街はなかなかの賑わいを見せている。半分はあの遺跡のせいだろう。
ドンッ!
「きゃっ」
いきなり路地の方へと押され、勢いあまってそのままコケてしまった。
「いったぁ〜い」
「大丈夫? マコト」
ルシオはマコトの肩から降りて正面にまわった。
「うん、大丈夫」
マコトは服についた埃をはらって大通りに戻ろうとした。
しかし、振り返ったところでマコトの足は止まる。大通りに出る方向の道に三人の少年がいた。
マコトより三つくらい上だろう。
無視して通りすぎようとしたが、その少年達はマコトが通れないように通せんぼをしている。
「そこ、通してくれないかな?」
にっこりと、マコトは営業スマイルを見せた。
「金くれたら通してやるよ。さっきから見てたけどさ、お嬢ちゃん一人旅なんだろ? それなりに路銀とか持ってるんじゃないのか?」
どうやら彼らはマコトが街に入ってきた頃から目をつけていたようだ。
外から旅をしてきたからにはある程度の路銀を持っていると予測し、しかも子供だから簡単にお金を巻き上げられると思っているのだろう。
しかしマコトは一銭も持っていない。確かにお金はある。しかし現金は一切持っていないのだ。
実を言うとマコトは今まで一度も現金を持ったことが無い。ユーリィでは現金を持たずとも生活できるからだ。
マコトは素直にお金を持っていないと少年達に話した。しかし、
「そんなわけないだろ? 痛い目見ないとわかんねーみたいだな」
少年達がマコトに迫ってくる。
「だから、本当に持ってないんだってば!」
「嘘つくなよ、金も持たないで旅が出来るわけないじゃねぇか」
少年達はまったくわかってくれない。
先ほど町に入ったときに思ったが、ユーリィに比べるとずいぶんと文明レベルが劣っている。多分こっちではカードにより支払いシステムはあまり普及していないのだろう。
「どうするの? マコトぉ」
ルシオが小声で聞いてくる。すでに半泣き状態だ。
「どうしようって言われても・・・・・・。あたし、喧嘩なんてしたことないし」
後ろを確認したが後ろは袋小路。大通りに出るには少年達をなんとかしなければならない。
少年の一人がマコトに殴りかかってきた。
マコトは後ろに下がってそれを避ける。
残りの少年二人は道をふさいだまま動かない。三人ともが動いてくれればなんとか逃げ出せそうなのだが・・・・・・。
とうとうマコトは壁に追い込まれてしまった。
(ふぇ〜〜〜、どうしよぉ・・・・・・)
少年がマコトに拳を振り下ろす。マコトはぎゅっと目を閉じた。
「ぐえっ」
謎の声が聞こえた。そしてドサっという何かが倒れる音。目を開くと少年達はみんな倒れこんでいた。その後ろには十五,六才くらいの男の人がいた。
赤から銀への綺麗なグラデーションという珍しい色の瞳が印象的だ。
「ったく・・・・・・子供狙ってカツアゲなんて最低だな」
その少年はマコトを見て優しく声をかけてくれた。
「大丈夫か?」
マコトは慌てて立ち上がりぺこっとお辞儀をした。
「あ、あのっ。助けてくれてありがとうございました」
「いや、偶然通りかかっただけだから、そんな改まって言われるようなことじゃないよ」
彼は、照れたような動作と共に苦笑する。
「そんなことないです!!本当に助かりました!」
最後、礼を言ってお辞儀をしたのとほぼ同時。
ググゥ〜〜〜〜
「・・・・・・・・・・・・」
突如鳴り響いたその音に二人は沈黙した。
その音の主はルシオ。
「あははは・・・あははっ・・・腹減ってんのか」
ルシオは真っ赤になって俯いた。
その様子を見てか、彼はお腹を抱えてさらに爆笑する。
大爆笑はしばらく続いた後、ぴたっと笑い声が止んだ。そして、楽しそうに言う。
「この街で一番おいしい店教えてやるよ」
ルシオが、パッと彼の顔の正面に飛び出して行った。
「ホントっ?」
「嘘言ったって仕方ないだろ。で、どうする?」
「行く!」
マコトとルシオの返事は見事にハモっていた。
その店はかなり混んでいた。すでに食事時は過ぎているというのにだ。
つまりそれだけ評判が良いということなのだろう。二人に期待の笑みが浮かぶ。
「おーいっ。フィズ、お客さんだぞー」
「お帰りー♪」
忙しく動き回ってるウェイトレスのお姉さん――多分彼と同じくらいの年だろう――がこちらにやってきた。
ウェイトレスのお姉さんは綺麗なアメジストの瞳と桜色の髪をしていた。髪は肩の辺りでキレイに揃えられている。
「で、あなたがお客さんね」
お姉さんはマコトと目線の高さを合わせてしゃがみ込んでからそう言った。
「もう一人いるぞ」
彼の言葉に、お姉さんはコクンと首を傾げた。なんと言うか・・・・・・いかにもな少女っぽい仕草だが、それがよく似合っているという人も珍しい。
「もう一人?」
お姉さんの問いかけに、マコトは自分の影に隠れているルシオを指差した。
「この子のことだよ」
見つめられて、ルシオはペコッと頭を下げる。
「うわぁ・・・私、フェリシリアって初めて見たわ」
なんだか感動してるみたいだ。
グググゥーー。
また、ルシオのお腹が鳴った。
「・・・あはははっ。ごめんね、話しこんじゃって」
苦笑して言った彼女は、マコトたちを席に案内してくれた。
二人は早速注文をして、料理が運ばれてくるのを待つ。
お姉さんが料理を運んできて、同席しても良いかと聞いてきた。
仕事はいいのだろうかとも思ったが、人手も増えたし―― 一人だけど――忙しい時間も過ぎたみたいだからいいんだろう、きっと。
それにマコトも聞きたいことがいくつかあった。
「そういえばまだ自己紹介してないよね。私はフィズ・クリス。一応トレジャーハンターなんだけ、どちょっと事情があっていまはここのお手伝いしてるの」
「トレジャーハンターっ?」
マコトの目がきらきらと輝き始める。お姉さん――フィズが思わず後ずさるほどに・・・・・・。
「え、ええ。ただ私はオマケみたいなもんだけどね」
「おまけ?」
「うん。さっきあなたと一緒にいた人。あの人にくっついて旅してるだけなの、私は。で、あなたの名前は?」
(そう言えばさっきの人にも名前言ってなかったなぁ・・・・・・助けてもらったのに)
マコトはようやく、さっきの人の名前も知らないことに気がついた。
フィズに聞けば教えてもらえるだろうけど、とにかくまずは自分の自己紹介をしなければ。
「あたしはマコト・ルクレシア。西に行きたいのと、いろんな遺跡見て廻りたいのと、それからルゥの仲間に会うのと・・・・・・」
マコトは自分の旅の目的をひとつひとつあげていく。
「ってわけでルゥ――あ、本当はルシオって言うんだけどあたしはいつもルゥって呼んでるの。二人で旅してるんだ♪」
フィズは感心したようにため息をついた。
「すごいのねぇ・・・・・・その年で一人旅だなんて」
「へへぇ。でね、ここには遺跡を見に来たの」
フィズもその遺跡のことは知っていたようだ。あそこのことね、と納得した様子で頷いた。
フィズは、自分達もその遺跡の調査のためにこの街に留まっていると言った。
「でもあの遺跡にマコトちゃん一人で行くのは大変じゃない? あそこガーディアンドールもたくさんいるって話だし」
それを聞いて、マコトは目的はもう一つあることを話した。
「もう一つ?」
「うんっ♪ 世界一のトレジャーハンターさんに会いたいの」
フィズは首をかしげて聞き返してきた。
「世界一?」
「うん、正確にはまだ世界一じゃないけど、将来きっとそうなるだろうっていわれてる人だよ。
世界一のトレジャーハンターの孫でね。ラシェル・ノーティって言うんだって。今この街に来てるって聞いたんだけど・・・・・・フィズさん、何かしらない?」
そう言ってフィズのほうを見るとフィズはなぜか笑っている。
「ごっ・・・ごめん。でもっ・・・・・・」
それだけ言ってフィズはまた笑う。
「何なに?」
ルシオはマコトの顔を見て、不思議そうに言った。マコトもルシオの顔を見返して首をかしげる。
ひとしきり笑い終わると、フィズは奥に声をかけた。
「ねーぇ、ちょっと来てくれない!?」
「どっち?」
奥にはさっきの彼と、ここ店主の二人がいる。「来てくれない?」だけではどっちを呼んでいるのかわからない。
男の人のほうが、厨房から顔を出して聞き返してきた。
フィズはそのままその人をこっちまで引っ張ってきた。
「なんだよ、一体?」
そしてマコトがいる席まで戻ってくると彼をマコトの前に座らせて楽しそうに言った。
「この人は、私が一緒に旅してる人で、ラシェル・ノーティって言うの♪」
マコトが目を見張る。
まじまじと、たった今紹介された彼――ラシェルを見つめた。
そして・・・・・・
「ええぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
あまりの大声に周囲が静まりかえった。周りの視線が一斉にこちらに注目している。
しかしマコトはそんなことおかまいなしだ。
「ホント? ホントにラシェル・ノーティ?」
「あ、ああ」
マコトは今にも飛びつきそうな勢いでラシェルを見つめた。
ラシェルは気恥ずかしそうに頭を掻いてそっぽを向く。
「そんな感動されるほどのもんでもないんだけどな・・・・・・」
ラシェルはぼそっと言った。その途端、マコトはさっきと負けず劣らずの勢いで反論した。
「そんなことないです!! ラシェルさんってすっごく有名なんですから!」
マコトの言葉を聞いてラシェルは真っ赤になった。フィズが横から口を挟む。
「ラシェルってば照れてるでしょぉ」
「べっ・・・別にそういうわけじゃ・・・・・・」
マコトを無視した言い合い――はたから見ると恋人同士のじゃれあいの様にも見える――が始まった。
「あのぉー」
なかなか口を挟めなかったが、このままと言うわけにもいかず。
マコトは遠慮がちに口を開いた。
二人はハッと顔を見合わせて、バツ悪そうに誤魔化すように笑ってからマコトの方へと向き直った。
「ワリ・・・・・・。あっ、そういえば名前なんて言うんだ?」
マコトは”ラシェル・ノーティ”に会えた嬉しさですっかり忘れていた。まだ名乗ってもいないのだ。
「あたしマコトって言います。こっちはルシオ。学校卒業してから遺跡巡りとかの旅してるの」
フィズが不思議そうな顔をした。
「卒業? マコトちゃんっていくつなの?」
「十歳」
フィズの質問に答えたのはマコトではなくラシェル。
「なんでラシェルが知ってるのよ」
「フルネームはマコト・ルクレシア・・・・・・だろ?」
ラシェルはマコトに聞いてきた。確かにその通りだ。
でも、なんでラシェルが自分のことを知っているんだろう?
その疑問を聞いてみると、ラシェルは小さく苦笑して、答えてくれた。
「マコトのほうがオレなんかよりよっぽど有名人だろ。わずか10歳で専門学科のうち二学科を卒業した天才少女って有名だぞ」
ラシェルはそう言ったが、どうやらフィズはピンとこないらしい。驚いたような表情でマコトを見つめている。
「天才少女・・・・・・」
「そんな凄いもんじゃないですよぉ。好きこそものの上手なれってやつです」
マコトはたぱたぱと手を振って曖昧な笑顔を浮かべた。
「・・・・・・マコト。良かったら一緒に遺跡に来てくれないか?」
「え?」
突然のラシェルの申し出にマコトは目を真ん丸くする。
「いいの!?」
マコトは思わずその場に立ち上がった。
ラシェルは、真剣な表情で先を続けた。
「考古学知識はオレより上だろ? あの遺跡結構複雑でさ。わからない場所があるんだ。マコトに来てもらえると助かるんだけど・・・・・・」
マコトはもともとあの遺跡を見に来たのだ。この申し出は渡りに船。
しかもあの、ラシェル・ノーティと一緒に行ける。
マコトは二つ返事でその申し出を受け入れた。