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 IMITATION LIFE〜裏話・陽が沈む彼方へ 7話 

 遺跡は予想以上に広かった。遺跡といえばたいていは現代に残っている過去の研究施設のことを指すのだが、ここはまるで地下に造られた都市のようだった。ラシェルはすでにある程度この遺跡の調査を終わらせているらしく、迷うことなく案内してくれた。そこは遺跡の中心近くにある建物で、どうやらこの地下都市の制御システムがある建物のようだった。
「ここなんだよなぁ・・・一番わけわかんねぇの。どうしてもここのデータのプロテクトが破れなくってさ」
  ラシェルは部屋を見渡してからマコトを見た。マコトの表情を窺っているようだ。マコトはにっこりと笑った。
「大丈夫、まっかしといて♪ こういうのは得意だから」
  言うが早いかマコトは機械群をいじり始める。そんなマコトの様子を見てラシェルはルシオに声をかけた。
「この辺は怪物も入り込んでないみたいだし、オレ他のところ見てくるわ」
「うん、わかった。気をつけてね、ラシェルさん」
「はーいっ♪」
  ルシオへの言葉はマコトにも聞こえていたらしく、マコトは目を機械に向けたまま声だけで答えた。
  確かにここのプロテクトはややこしかった。しかしマコトの手にかかれば数時間とかからずプロテクトを破れる。が・・・・・・。
「まだあるのぉ?」
  どうやらプロテクトは何重にも仕掛けられているらしい。ここに記録されてるデータを見るにはもう少し時間がかかりそうだ。こんなに厳重に防御してあるということは重要なデータが記録されている可能性も高い。マコトはうきうきと楽しそうに機械を操作していた。
「ん? ・・・・あーーーっ! うそっ! すごーいっ♪」
  マコトが突然素っ頓狂な声をあげた。
「マ・・・マコト・・・?どうしたの?」
  ルシオが驚いて・・・・・・というか、怯え気味に聞いてきた。マコトは興奮気味な表情と口調で答える。
「あのね、あのね。ここ、通信が生きてるの! 中央の研究施設からデータ引っ張って来れるの!!」
  マコトは自分のコンピュータを起動させた。データが次々とマコトのコンピュータに記録されていく。
  次の瞬間、唐突にモニターが黒一色に染まった。
  マコトのコンピュータのも、ここのシステムのモニタも。
「なに・・・・・・?」
  わけのわからないルシオは、突然部屋が暗くなったことに怯えてマコトの影に隠れる。
「ルゥ・・・・・・」
  一応男の子なんだから――そう言いかけた時だ。
「なかなかやるじゃないか」
  真っ暗だったモニタに、青年の姿が映し出された。
  金にも見える茶髪と鳶色の瞳をした、二十歳前後の青年。
  彼は、どこか楽しげに笑っていた。
「貴方は?」
  マコトの表情が、変わる・・・・・・年相応の子供の顔から、学者の顔に。
「中央のシステムを統括している人工知能だ。名はキリト」
「なら、羅魏を知ってる?」
  マコトの問いは、簡潔で、素早かった。
  キリトの目が細く、鋭いものになる。
「どこでその名を・・・・・・?」

 ――見たいデータがあった。それは”リディアの宝”についての記録。
  マコトが初めて”リディアの宝”という単語を聞いたのは五歳の時だ。
  両親の友人には学者や研究者が多かった。その一人に”リディアの宝”についての伝承を聞いたのだ。その頃はそれを特に気にすることも無かった。
  それから一年後。その頃、マコトは父親の友人達が持ち込む発掘品を見ることを一番の楽しみとしていた。
  その発掘品の中に眼を惹くものがあった。発掘データの中に”リディアの宝”に関する記述があったのだ。
<それは我々が未来に向けて残した最後の希望。ただしそれは封印されてこそ人の役に立てる物。誰かがそれを真の目覚めに誘った時、希望は破滅へと変わる>
  書かれていたのはこれだけ。
  マコトはこの文章がどうにも気になって、以降この文章の意味を調べるようになった。
  そして、父親のコネでいろいろな発掘品を見せてもらい、”リディアの宝”について調べていた。
  これまでの調査でマコトが知りえたこと。それは”リディアの宝”が戦闘用のドールであることと、そのドールの名前とおおまかな特徴。
  青い髪と、赤と銀二色の瞳――青い髪はまだしも、赤と銀の瞳なんてそうそうあるものではない。
  昨夜マコトが見つけた推測・・・・・それはあくまでも推測に過ぎない。確証はないのだ。
  だが、絶対に違うとも言いきれなかった。

 全てを話すと、キリトは意外にもあっさりと話してくれた。ここまで知っているのならば隠しても仕方がないと思ったらしい。
  とはいえ、直接話してくれたわけではなく、羅魏に関するデータの所在を教えてくれただけだ。もちろん、しっかりプロテクトはかかっている。全部見たければ自分でなんとかしろということだ。
  ・・・・・・数々のプロテクトを突破したマコトの腕も認めてのことだろう。実際、マコトはほとんどのガードプログラムを撃破し、羅魏に関してかなり正確なデータを入手することに成功した。

 データ収集に一段落つき、中央施設との通信を切ってから、マコトはようやく気付いた。
  ルシオがじっと入り口の方を見つめていることに。ルシオはふわりと入り口の方へ飛んでいく。
「お兄さんも遺跡調査にきた人?」
  ルシオが見ていた先には十七、八歳くらいの青年がいた。まっすぐでさらさらな銀髪と深い蒼の瞳を持つ青年。
  マコトは、その姿に見覚えがあった。
「ルゥっ! そいつから離れて!!」
  突然の大声にルシオはおろおろとマコトを見つめる。マコトはルシオがなかなか動かないのを見て無理やり自分のところに引っ張った。
「・・・・・・私はなにか警戒されるようなことをしましたか?」
  青年は落ちついた口調でそう言った。
  青年の口から紡ぎ出された言葉に、マコトは眉をひそめる。
「あなた・・・・・・何?」
  青年が薄く笑った。
「私のことをご存知の様ですね。お嬢さんは」
  マコトの表情が変わる。子供らしい雰囲気が消え、代わりに落ちついた大人のような雰囲気が漂う。
「リディアの民によって造られた怪物退治用兵器の大量生産型ドール、零。けれど大量生産型ゆえに、単純な命令でないと理解できない。言葉すら持たないドール・・・・・・」
  データではそうあった。しかし目の前にいる彼は明らかにそれとは違う。外見は確かに大量生産型ドール”零”に間違い無い。それなら、なぜ彼は言葉を話しているのだろう。
「私はラシェルという人を探しているのですが、お嬢さんはご存知ありませんか?」
「ラシェルさんに会ってどうするの?」
  マコトは短く答えた。青年から見えないようにパネルを操作する。
「そんな言い方をするということは、知っているということですね」
  青年がゆっくりと近づいてきた。マコトはタイミングを見計らって、あるパネルに触れた。
  バシュッ!!
  ――赤い光が、青年の胸を貫いた。
「侵入者迎撃用の攻撃システムよ。核を貫かれちゃもう動けないでしょう」
  しかし青年は何事も無かったかのように歩いてくる。
「・・・・・・うそ・・・」
  血は一滴も出ていない。
  それはいいとしよう。”零”には最初から血など存在しないのだから。
  問題は、核を貫いたはずなのに青年が動いているということだ。データで見る限り、”零”の核は全て同じ場所にある。レーザーは確かにそこを貫いている。なぜ、動力源である核を失って動けるのか。
「ああ、私は核が無くても動けます。ちょっとした都合上ドールの身体を借りているだけで、私自身はドールではありませんから」
「どういうこと?」
  マコトの顔に疑問符が浮かぶ。青年はその言葉には答えずに別の質問を投げかけてきた。
「あなたは彼が何者か知ったうえで共にいるのですか?」
  青年はマコトの質問に答える気はさらさらないようだ。マコトは小さくため息をついてからその質問に答えた。
「ラシェルさんは一流のトレジャーハンター。それで充分だもの」
  マコトの言葉を聞いて青年は確信を持ったようだ。
「お嬢さんは彼の生まれを知っているんですね」
「ええ。多分あなたよりも、羅魏自身よりも」
  青年の表情が変わった。先ほどの余裕たっぷりの表情ではなく、なにかを探るような表情。
「・・・・・そうですか。よろしければそれを教えてはいただけませんか? お嬢さんが知っていて私が知らないこととはなんなのか」
「なんであんたなんかに教えなきゃいけないの?」
「私は選択権を与えてるつもりはありません。答えてくださらないなら死ぬことになりますよ? 時間をかければここから調べられそうですしね」
  言って青年は手のひらの上に炎を作り出した。戦闘用のドールなら魔法を使えてもなんら不思議は無い。
  自分を殺せないように言ったつもりが逆効果になってしまった。先ほどは不意打ちでなんとか当てたが、次は多分防がれるだろう。
  怪物たちは魔法なんて使えない。当時の敵は怪物のみだったため、魔法使いに対抗できるようなシステムは無いのだ。
「マコト・・・・っ」
  ルシオが不安げな顔でマコトを呼ぶ。
  マコトもどうすればよいのかわからない。死にたくはないけれど、ラシェルのことを教えるのも嫌だ。
  かといって、正面からぶつかって勝てる相手でもなかった。
  青年が近づいてくる。マコトは青年と離れるように後ろに下がった。
  しかしそれも長くは続かない。マコトのすぐ後ろにはたくさんの機械がある。すぐに下がれなくなってしまった。
(えっと・・・・・・)
  マコトは辺りを見まわす。なにか使えるものは無いだろうか。
「!」
  青年が、突如入り口の方へと振り返った。マコトには誰もいないように見えた・・・が、通路の影からラシェルが姿を現した。
「あ、結構遅かったね。もっと早く気づくと思ったんだけど」
  ラシェルはにっこりと笑った。今の緊迫感にまるで似合わない、穏やかな瞳で。
「このお嬢さんに興味を持ちましてね。”リディアの宝”についてあなた自身も知らないことを知っているそうです」
  青年の言葉は余裕を持っているように聞こえるが、その表情に余裕などというものは全く無いように見えた。
  ラシェルは冷たい瞳で青年を見つめる。そして――――ラシェルの表情が変化した。人形のように無表情な顔。
「くっ!」
  青年が焦りを見せた。
  青年が後ろに跳ぶ。それとほぼ同時に先ほどまで青年がいた場所に火柱が上がった。間を空けず、今度はレオの真後ろに炎が現れ青年に向かって直進する。青年は炎の方に手を向けた。その手に触れた瞬間、炎が消える。
  炎が消えたのと同時くらいだろうか。青年が炎に包まれる。多分、さっきと同じように青年がいる場所を狙って火柱を発生させたのだろう。青年は炎の中から羅魏を睨みつけ、そして炭となり、最後には黒い砂のようになってしまった。その攻防の間、羅魏はその場からまったく動いていなかった。
  構成魔法は呪文も動作もなく発動させられると聞いたことはあるが・・・・・これだけのことを指一本動かさぬままにやってのけるのは凄いことなのではないかと思う。
  しかもその魔法は全て相手の所に直接出現していた。自分のところに発現させて相手のほうに飛ばすというのが普通だと聞いていたのだが・・・・・・。

 サァッ―−−--・・・・・。

 砂が足に散らされる。ラシェルが砂を踏みつけてこちらに向かってきていた。

「・・・ラシェル・・・さん・・」
  ルシオが怯えてマコトの影に隠れた。
「初めまして・・・のほうがいいかな? 羅魏さん」
  ルシオが不思議そうにマコトを見つめる。ラシェル――羅魏は、微笑して答えた。
「当たり。よくわかったね、僕がラシェルじゃないって」
  マコトはクスクスと笑い、得意げに答えた。
「そりゃね。ラシェルさんとは違いすぎるもん」
  羅魏は、静かにマコトを見つめていた。
  悪戯っぽく笑うマコトとはまるで対照的な印象を持たせる表情で。
  深く、それでいてい静かな――まるで凪いだ夜の海を思わせるような――表情。
「よかったら聞かせてくれないかな。どこで、僕のことを知ったの?」
  しばらく考え込んだ後、マコトは羅魏から視線を逸らした。
  羅魏ではなく、羅魏の中にいるラシェルを見つめて言う。
「かまわないけど・・・・ラシェルさんは自分のことを知ってるの?」
「知ってるよ。今この会話も聞いてるし」
  羅魏は笑みを崩さず、なんだかのほほんとした口調で答えた。
「・・・そっか・・・ってことは表に出てない人もこっちの声は聞こえるんだよね?」
「うん、そうだよ」
「それじゃラシェルさんと替わらない?」
  どうもこの羅魏って人は話にくい。
  さっきの戦闘のときに見た表情のせいだろうか・・・・・・こうして話しててもなんだかちょっと怖かった。
「わかった。ちょっと待ってて」
  羅魏は気を悪くするような態度も無く、にっこりと笑って言うと静かに目を閉じる。
  数秒の時間を置いて、彼は目を開いた。
「あー・・・・っと、ルシオ。怖がらせてごめんな」
  ラシェルは頭を掻きながらマコトの影から窺っているルシオに声をかけた。ラシェルの態度がなんだかかわいくてマコトは思わずクスクスと忍び笑いをもらす。
「んっと・・・最初から話した方が良いよね? なんでわたしがラシェルさんの正体に気づいたのかから・・・・・・」
「ああ、頼むよ」
  ラシェルは真剣な表情でマコトを見つめた。
  そして、マコトは語る。
  マコトの判断で、彼に伝えて大丈夫だと思える、”リディアの宝”についての知識を・・・・・・・・・。



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