■■ IMITATION LIFE〜裏話・龍の住まう地 4話 ■■
殿様からもらった地図にはありがたいことに月峰の里もしっかり載っていた。
地図によると月峰の里まではニ週間ほど。それでも地図で確認すると、だいたい隣町と言ってもいいような場所である。なにせ風龍に一番近い街が月峰だというのだから。
「ふえ〜・・・・風龍から徒歩一月以内って三つしか街無いんだ」
地図を覗き込みながらため息をつく。地図には、風龍を入れても四つの街しか書かれていなかった。
二人は地図を頼りに月峰の里へと向かっていた。
出発して最初の夜。早速トラブルが起こった。
「・・・・・ねぇ、野宿ってどうやるの?」
そう。二人とも野宿なんぞしたことがなかったのだ。
食料については問題ない。一月分の保存食を持ってきていた。
「えっと・・・たしか焚き火を焚くんじゃなかったっけ?」
今までに読んだたくさんの本の中から知識を探り出して秋夜が言った。
「焚き火?」
「えっと、焚き火をしてると危ない動物とかが襲ってこないんだって」
「・・・・・・・・ほんとぉ〜?」
疑わしげな目で秋夜を見た。
秋夜もその知識に自信は無いらしく、おどおどとした様子で、多分・・・・と返事を返した。
とりあえず少ない知識をフル活動して野宿の準備をする。
青葉は火を焚くために薪を集めに行こうとしたのだが・・・・。
「ちょ、ちょっと待って。僕も行くよっ!」
「はぁ〜?」
不満そうな青葉の口調。
その勢いに押されたじろぐ秋夜。
「だ、だって・・・・もしかしたら妖魔が出てくるかもしれないじゃないか・・・・・・」
「出てきたら戦えばいいじゃない」
簡単に言うが青葉と違って秋夜は戦闘などできない。押され気味ながらもちゃんと自分の意見を言う。
「仕方ないなぁ、んじゃ一緒に行こ」
そうして二人は薪を集め、火を焚いた。
夕飯は調理もなにも無しで食べれる保存食ですました。
次の問題は寝床だった。
「どこで寝るの?」
秋夜が率直な疑問を投げかける。
これに関しては青葉があっさりと答えてくれた。
「そのへんで」
「その辺!?」
「不安なら交代で寝ればいいでしょ?」
「そうじゃなくって・・・・その辺って・・・・・・・・・・・・・」
野宿自体はしたことなくとも、青葉は外で寝るのは好きだった。
家の中で眠るよりも、家の屋根で星を見ながら眠る方が好きなのだ。”その辺”で眠るのは青葉にとっては特に問題があることでもなかった。
しかし秋夜は違う。青葉がアウトドア派なら秋夜はインドア派。外で眠るなんて体験したこともなかった。秋夜がそのことを言うと、青葉は笑って秋夜の背中を思いっきり叩いた。
「あはははっ、良い経験じゃない♪ 星を見ながら眠るって気持ち良いわよぉ〜」
秋夜が痛みで涙目になっていることなどおかまいなしだ。
「とりあえず、夜更かしはあんまし好きじゃないからとっとと寝るわね。眠くなったら起こしてくれて良いよ」
青葉はさっさと横になってしまった。
あとに残された秋夜は呑気な青葉を見つめ、それから暗くなっている周りの風景を見た。
いくら一人ではないとはいえ、目の前に青葉がいてくれるとはいえ・・・・・怖いことに変わりはなかった。
風にあおられザァッと木々が揺れる。
そのたびにビクッと辺りを見まわす。何もいないとわかっていても怖いものは怖い。
「あおばぁ〜・・・・・」
小声で青葉の名を呼ぶ。起こしたら怒られるからだ。
よほど図太い神経の持ち主なんだろう、青葉はぐっすりと寝ている。
秋夜は小さくため息をついてぼうっと空を見上げた。
ビクビクしながら時間の経過を待った。
月は真上を通りすぎ、青葉が寝てから五時間ほどが経った頃。
「青葉、起きてよ」
声をかけると、青葉はパチっと目を覚まして緊張感などカケラもない雰囲気で欠伸をした。
「おはよ、秋夜。おやすみ〜」
「おやすみって言われたってそんなすぐには寝れないよ」
「でも寝とかないと明日きついんじゃない?」
「そうだけどさ・・・・・・・」
そう言って秋夜はぐるっと周囲を見渡した。
暗い森、深い木々、風に揺れる枝・・・・・・・その全てが秋夜にとって恐怖の対象になっている。
「怖い怖いって思うから怖いの! 寝ればそんなのわかんない!」
「う〜〜〜・・・・」
「ちゃんと寝れなくたって出発する時間は変わんないからね!」
青葉の宣言に、秋夜は怖い気持ちをなんとか抑えて横になった。
秋夜自身が思っていたよりも疲れていたんだろう、数分と経たないうちに寝息を立て始めた。
そんな秋夜を見て青葉が呆れ顔をした。
「ちゃんと寝れるじゃない」
翌朝、秋夜が目を覚ますとすでに焚き火は消えていた。
青葉が元気一杯に声をかけてくる。
「おっはよぉ♪ 朝御飯食べたらさっさと出発しようねv」
青葉はすでに朝御飯の準備を終えており、秋夜は寝起きだというのにすぐ朝御飯を食べるハメになった。
「あれ? 青葉は食べないの?」
「お腹減ったから先に食べちゃった。だから早く食べてねv」
にっこりと、秋夜を急かすのであった。
それから二週間と少しの時間が過ぎた。
二人は月峰の里の前にいた。
しかし不気味なほどに人の気配がない。
「あの黒いのにやられちゃったのかなぁ・・・・」
うろうろと里を見てまわりながら秋夜がポツリと呟いた。
秋夜は青葉に聞こえないよう小声で言ったつもりだったらしいが青葉の耳にはしっかりとその言葉が聞こえていた。
「何言ってんの! まだわかんないでしょ!? とにかく鈴音ちゃんを探そ」
最初は声をかけてからおそるおそる扉を開け、もう一度すいませんと声をかけながら家々を回っていく。
数軒回った頃には青葉の行動が大胆になってきていた。
遠慮も何も無しにがらっと扉を開ける。
「すいませーんっ、誰かいませんかぁ?」
青葉は戸口で声を張り上げた・・・・・が、なんの反応もない。
何軒か同様に回っていくうちに更に大胆になっていく青葉の行動。
最後には声もかけずに家の中をうろうろと探し回っていた。
しかし、鈴音の姿どころか里の人間の姿も全く見当たらない。
数時間も探しまわった頃、二人は里の中央辺りにある井戸で一息ついた。
「誰もいないね・・・」
「鈴音ちゃん、もうここにはいないのかなぁ」
「そうかもしれない。だって鈴音さんの方が早くこっちに着いたはずだし、もう別の場所に行ってるかも」
井戸端で座りこんでいた二人。秋夜の瞳に不自然に崩れた薪が目に入った。
「ねぇ・・・・あれ」
目に映ったものを指差す。青葉が秋夜が指差したへ視線を移す。
「戦いでも、あったのかなぁ・・・・」
ただ崩れているだけなら突風なども考えられるが、薪だけではなく家の壁も傷ついていた。なにかが勢いよくぶつかったのだろう。
その傷一つ見つけただけなのに、人気がないことで寂しく感じていたこの里が余計に寂れて見えた。
しばらくそこで休憩してから残る家を見て回った。
が、結局誰も見つけることはできなかった。残るは里の一番奥にある少し大きめの家。多分、長とか長老の家だろう。
ここでも人の気配は全く無かった。
家の数、里の規模から考えて最低でも四、五十人はこの地に住んでいたはずだ。ここの住人たちは一体どこへ消えてしまったのだろう。
妖魔に襲われたならば死体くらい残っていてもよさそうなものだが・・・・・・・・。
青葉の脳裏にあの黒い流れ星が思い起こされる。この辺りに落ち、黒い霧のようなものを発生させたと思われるあの流れ星。
正体不明のアレがここの住人を消し去ってしまったのだろうか。
段々怖い考えになっていく自分の思考を無理やり閉じて、扉の前に立つ。
「ここで最後だね、秋夜」
斜め後ろで秋夜が頷く。
人がいないのもイヤだが居ても怖いといったところだろう。
ここまで人が居ないのにここだけ人が居たりしたら・・・・魔瘴に体を乗っ取られて妖魔となってしまった人間だという事も考えられるのだ。
二人は互いに顔を見合わせ、深呼吸してその扉に手をかけた。
扉を開けた二人の目に入ったのは赤く染まった床と、そこに倒れている人間だった・・・・・。