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 IMITATION LIFE〜裏話・龍の住まう地 5話 

 青葉はガラッと扉を開けた。
 目に入ったのは、赤く染まった床と、そこに倒れている少年。
「う・・・・うわぁぁぁっ!!」
 秋夜の声だ。この惨状に驚いたのだろう。
 青葉だって驚いていないわけではない。一瞬パニックを起こしかけたが、秋夜のおかげで逆に冷静になれたのだ。
 靴を脱ぐ必要は無いだろうと思い、そのままずかずかと大股に歩いていく。
「死んでる・・・・の・・・?」
 恐怖を押さえ込んで彼の顔を覗きこんだ青葉の後ろで、秋夜が怖々聞いてくる。
 普通男女の役割逆だろうとちょっと腹が立ったが、秋夜は昔からこうだ。今更言っても仕方がない。
 ・・・・・・息はある、死んではいないようだ。
「秋夜、包帯と薬とって」
 くるりと振り返って強い調子で言う。
「え? ・・・・あ、う・うん」
 まだショックから抜け出せていないのか、秋夜は呆然とした表情で頷いた。
 青葉はとりあえず服を上だけ脱がせて、簡単に応急処置をした。
「さて、次はっと」
「どうするの?」
「ここに置いとくわけにはいかないでしょ? 幸い部屋はいくらでもあるんだし、落ちつけるとこに行ってちゃんと手当てしないと」
 青葉が彼を抱え上げようとした時だ。
「・・・・・う・・」
 彼が目を覚ました。
「大丈夫?」
 彼はまだこの状況を理解できてないらしく――多分怪我のせいもあるのだろう――半分意識が無いような感じだった。ボーっとこちらを見ている。
「え・・・っと・・・・」
 彼の瞳に意識が戻る。
 と、いきなり彼はその場に起きあがろうとした。しかし起きあがることは出来ず、胸を抑えて顔を歪めた。
「・・・っつ」
「怪我してるのにいきなり動くからでしょ!」
 言いつつ青葉は再度彼を抱き上げようとした。
「ち・・・ちょっ! ・・・ってて・・」
 慌てて起き上がろうとして再度痛みに胸を抑える彼。
「なに? ここじゃ落ちついて手当て出来ないでしょ。んでもってあなたは今、歩けないと。私が抱えて行くしかないじゃない」
「あっちは!」
 彼は秋夜を指差す。
 つまりは女に抱きかかえられて移動するというのが嫌なんだろう。
 しかし! 秋夜の腕力では彼を運べるとは到底思えない。
 きっぱりと、無理だと言い放った。
 秋夜が一瞬不満げな顔をしたが事実なのだから仕方がない。
 彼も不満そうな顔をしたが、どうやら諦めたようだ。
 青葉は彼を抱き上げると、とりあえず一番近い家に向かった。
 足で扉を開けて、後ろからついてくる秋夜に声をかけた。
「秋夜、その辺の押入れから布団出して」
「う・うん」
 秋夜が青葉の横を抜けて中へと入っていく。
 青葉は彼を布団に下ろすとテキパキと手当てを始めた。やはり応急手当だが、医者は居ないしここから一番近い街まで歩いて一週間以上。彼の怪我はどう見ても重傷か即死レベルに見えるのだが、彼自身は結構元気だ。ならばあまり動かさずに回復を待つほうが正解だろう。
「あの・・・・ありがと・・な」
 彼は小声で礼を言った。どうやら照れているようだ。何に対して照れているのかは大体予想がつく。
「あはははっ♪ ちゃんとお礼言えるのね、あなた」
 彼が拗ねたように反論してくる。
「礼ぐらい言えるさ! ただ・・・その・・・・」
「女の子に抱きかかえられてってのがちょっと・・・・って?」
 彼の顔が真っ赤になる。図星らしい。
 青葉はクスリと小さく笑って、違う話題に移ってあげることにした。
「ね、何があったの?」
 彼の表情が変わる。
 彼は布団に横になったまま、思い出すように視線を上にあげた。
「・・・・オレにも、よくわかんねぇ・・・・」
「わからない?」
 秋夜が会話に入ってくる。
「ああ。・・・・・オレさ、月峰月華って子と一緒に旅してたんだ。黒い流れ星ってのがなんなのか確認したくてここに来たんだけど・・・・・・」
 そこで彼は目を閉じた。なにかを思い出すかのように。
「月華に言われてあそこ。多分長老とかの家だと思うんだけど、あの家に行ったんだ。あそこには誰もいなかった・・・誰もいなかったはずなのに、いきなり目の前に月華が現れたんだ」
「多分転移術かなんかでしょ。で、あなたはいきなり現れた月華さんにその怪我を負わされたと」
 彼はコクリと頷いた。
「その月華って人、なんでそんなことしたんだろう?」
 秋夜が首をかしげる。
「さぁな。でも月華には月華なりの理由があるんだろ、きっと」
 殺されかけたというのに妙な冷静さが逆に気になった。普通はもっと怒ったりはしないだろうか? 彼はその月華という人に騙されていたようなものなのだから。
「あの、お兄さんこれからどうするんですか?」
 控えめに秋夜が質問した。
 彼が苦笑した。
「お兄さんって、あんたいくつ? 同じ年くらいじゃないのか?」
「え?」
 青葉と秋夜は互いに顔を見合わせた。青葉は彼のほうに向き直って言葉を告げる。
「私と秋夜は十五才だけど・・・あなたは?」
「同い年」
「へぇー、そうなんだ。ねぇ、そういえばまだ名前聞いてないよね? 私は青葉でこっちは秋夜。風龍の生まれよ」
「オレは・・・・・」
 途中で彼の言葉が止まった。言うのを躊躇っているというか迷っているというか・・・・。
「どうしたの?」
「ん〜〜・・・ラシェル・ノーティって言うんだけどさ、オレ・・・・」
「は?」
「だから、ラシェル・ノーティ!」
「らし・・・え?」
 二人がうまく発音できずに四苦八苦していると彼はやっぱりと言うように笑ってため息をついた。
「今までも皆そうだったんだよなぁ・・・羅魏って呼んでくれれば良いよ」
「その羅魏ってのはどっから出てきたの? 本名じゃないんでしょ??」
「オレの相方の名前」
「相方・・・?」
「そ、相方。・・・今は居ないけどな」
 一瞬彼の表情に陰りが見えたような気がしたが、深くは聞かないことにした。
 自分たちには自分たちの目的がある。怪我人を放って置くのは後味悪いし、あの時は考えるまえに体が動いていた。けれど羅魏にあまり深く関わっている暇も無い。
 早く龍を探さねば、風龍の町が水没してしまうのかもしれないのだから。
「青葉達は? どうしてここに来たんだ?」
「私達は龍を探してるの」
 青葉はこれまでの事情を彼に話した。
「へぇー、良かったらその文献とか見せてくんないか? オレそういう探し物得意なんだ」
 羅魏は楽しそうに言った。どうやら龍に興味をもったらしい。
 見せても良いものか一瞬悩んだが、彼は悪い人では無いと思う。秋夜も彼に対して似たような印象を持ったようだ。
 彼に文献を見せると、彼はまるでおもちゃを与えられた子供のような瞳でそれを見つめていた。
 そうしてしばらくそれを眺め、ふいに顔を上げる。
「なぁ。地図とかってないのか?」
 青葉は彼に地図を差し出した。
 差し出された地図を見て、羅魏は頭を掻いて困ったような表情をした。
「世界地図は無いのか・・・・これじゃわかりようがないなぁ」
 あまりにも真剣に文献と地図を見比べている彼に、二人は顔を見合わせた。
 羅魏はしばらく考えこんだあと、真面目な顔で切り出した。
「良かったら龍探し、手伝わせてくれないか?」
「はっ?」
「・・・まずいかな?」
 青葉の返事に彼が聞いてくる。
 まずいわけではなかった。でも彼は大丈夫なのだろうか?
「ね、羅魏は用事とか無いわけ?」
「ない。あるっちゃあるけど、向こうから来てくれない事にはどうしようもないし」
 青葉は、くるっと顔だけ後ろに向けて秋夜に問う。
「別にかまわないよね、秋夜」
「うん」
 秋夜は頷いてにこりと笑った。
 羅魏の瞳が光る。とても楽しそうに。
「世界地図はどこに行けば手に入るんだ?」
 世界地図を持っている人間については心当たりがあった。導師は旅をするのが普通だ。鈴音なら世界地図を持っている可能性も高い。
 そのことを彼に告げると、羅魏は、ならまず鈴音を探そうと言って起き上がろうとした。
 青葉は慌てて羅魏を止める。
「ちょっとまったぁっ!!」
「なんだよ?」
 羅魏が不満そうに唇を尖らせる。
「なんだよじゃないでしょ? その怪我で歩き回れるわけないじゃない!!」
 言われて羅魏は自分の怪我の個所を見た。どうやら怪我のことをすっかり忘れていたらしい。
 秋夜が呆れた様に口を開いた。
「信じらんない・・・・・。傷痛むくせになんで忘れられるの?」
 羅魏は照れたような笑顔をみせた。
「いや、目の前に楽しそうなものがあるとつい・・・・」
「・・・ついでもなんでもダメ! 最低でも一週間はここに居るわよ」
「一週間!? 明日で良いよ明日で」
 青葉も秋夜もここで足止めを食うのは不本意だったが、羅魏を放って出発するわけにもいかない。
 羅魏の怪我を見るとすぐに行動できそうにないと思っての言葉だったが、それに一番不満げな顔を見せたのは羅魏だった。
 二人が呆れたような表情で黙りこむ。
「あのねぇ・・・・・無理に決まってるでしょ?」
「大丈夫だってば、そりゃ戦闘とかは無理だろうけど歩くだけなら問題――」
 羅魏の言葉を遮って青葉の声が部屋中に響く。
「何言ってんの!? さっき歩くのもできなかったんじゃないっ! 無理、絶対ダメ!!」
 しかし青葉がいくら言っても羅魏は譲らなかった。
 最初は青葉たちをここで足止めさせてしまうことを遠慮しているのかと思ったが、よくよくその態度を見ていると、たんに自分の興味からさっさと龍を探しに行きたいらしい。
 とうとう青葉が折れた。
「・・・・・・・明日、様子見て決めましょ」
 

 こうして、青葉たちの道中に一人、同行者が増えたのであった。

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