■■ IMITATION LIFE〜裏話・龍の住まう地 7話 ■■
一応ノックはしたものの、中からの返事を待たずに青葉はその扉を開けた。
中に居るのは一人の少女。短い付合いとはいえ、そこそこに親しい間柄の導師様だ。
「鈴音ちゃんっ、やぁっと見つけたぁ♪」
青葉は勢いにまかせて鈴音に抱きついた。唐突な青葉の声と行動に鈴音が困惑の表情を見せる。
「え? 青葉おねーさん? 秋夜おにーさんも・・・どうしたの?」
町に着いてすぐ、三人は宿屋に向かった。鈴音がこの町にいるなら絶対、宿をとっていると思ったのだ。
その考えは大当たり。二つめの宿で見事鈴音と再会を果たした。
「久しぶり。えっと、鈴音さんにお願いしたいことがあって追いかけてきたんだ」
秋夜のその一言を皮切りに、青葉と秋夜は互いに互いの言葉を補いながら風龍の町の状況を説明した。
「そんなことになってるの!?」
二人がほぼ同時に頷いた。
「えっと・・・で、あたしは何をすれば良いのかな?」
鈴音は突然の訪問に気を悪くするようなふうでもなく、小さく首をかしげて問いかけた。
「世界地図、持ってたら見せて欲しいんだ」
鈴音の問いに答えたのは青葉でもなく、秋夜でもなく、羅魏だった。
微妙にこの雰囲気にそぐわない、心から龍探しを楽しんでいるかのような口調に秋夜はため息をついた。
「世界地図? 持ってるよ」
そう言って鈴音は、荷物の中から一枚の紙切れを取り出した。
二人は、物珍しそうにそれを覗きこんだ。
「へぇ・・・・風龍の街って結構大きいと思ってたんだけど・・」
青葉は感心したように言った。
「確かに風龍は大きい方だけど、世界全体と比べちゃぁね」
そう言って鈴音は苦笑した。
秋夜は、羅魏が一番に覗き込んでくると思っていた。が、一向にその様子がないのを見てくるっと後ろを振り返る。
羅魏は秋夜の真後ろに居て、上から地図を覗き込んでいた。先ほどとは大違いの、とても真剣な表情だ。
青葉は羅魏の様子に気付いていたらしく、鈴音との会話が一段落すると羅魏のほうを見た。
「ねぇ、どぉ?」
羅魏は後ろから乗り出していくつかの泉と湖を指差した。
「このどっか・・だと思う。ただこれは青葉に見せてもらった文献の文章に地形を無理やり当て嵌めただけだからなぁ・・・」
「でも手がかりゼロよりはずぅっといいわよ♪」
青葉はにっこりと笑った。
そこに鈴音が多少控えめに口を挟んだ。
「そういえばさ・・・このおにーさんは誰?」
鈴音の一言にその場の空気が一瞬固まった。
直後、羅魏を除いた三人が笑い出した。初めて鈴音と会った時にも似たようなことがあったのを思い出したのだ。
数分後。ようやく落ちついた三人は話を再開した。
「この人は羅魏って言うの。月峰で会ったんだ」
青葉が短く羅魏のことを紹介した。そして言葉を続ける。
「ね、鈴音ちゃんは月峰に行った後どうしてたの?」
青葉の問いに、鈴音はきちんと順序だてて説明してくれた。
鈴音が月峰についた時にはすでに里には誰もいなかったらしい。鈴音はしばらく月峰を調べた後、これ以上ここにいてもなにもわからないと判断して月峰を後にしたのだそうだ。
「鈴音ちゃんが行った時にはすでにあそこには誰もいなかったんだ・・・」
「うん・・・・でも青葉おねーさん達が行った時は人いたんでしょ?」
そう言って鈴音は羅魏のほうを見た。
青葉は秋夜と顔を見合わせる。
「まぁ、一応」
歯切れの悪い二人の返事に鈴音が首をかしげた。
羅魏は会話に入ってこれないためか、少し離れたところでこちらの会話を聞いていた。
「羅魏だけだったけど」
そう切り出して、秋夜は羅魏と会った時の経緯をすべて説明した。
全てを聞き終えると、鈴音はチラリと羅魏のほうを見た。つられて青葉と秋夜も羅魏のほうに視線を移した。羅魏と目が合う。羅魏は青葉たちの視線をとくに気にした様子もなく、なにか考え事をしているようだった。
「羅魏おにーさん?」
鈴音が声をかけたが、まるで聞こえていないようだ。
「らーぎっ!」
「えっ!?」
「もうっ、さっきから声かけてんのにどうしたのよ」
「え・・・あ、ああ。悪い・・・・」
一応謝ってはくれたが、どうも上の空だ。なにか気になることでもあるのだろうか。
青葉はため息をついて羅魏に問いかけた。
「鈴音ちゃんもいっしょに来てくれることになったから、羅魏もそれでいいよね?」
「ああ」
今度はちゃんと返事をしてくれた。が、すぐに暗い表情になり、青葉たちから視線を逸らした。良く見ると羅魏の視線の先は鈴音にいっていた。
「ねぇ、鈴音ちゃんになにか用でもあるわけ?」
「え? あ、ああ・・・・うん・・・・」
頷くもののそれ以上何も言おうとしない羅魏に、とうとう青葉がキレた。
「もぉぉっ! 鬱陶しいわねぇ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!!」
突然の大声に目を丸くして青葉を見つめる鈴音と羅魏。秋夜だけは慣れていたためか、予想していたのか平然としていた。
羅魏は躊躇しながらもそれを話してくれた。
「・・・ん・・・前、青葉たちには言ったよな。オレが今名乗ってるのはオレの本名じゃないって」
「うん、聞いた。相方の名前って言ってたよね」
「まぁ、兄貴みたいなもんなんだけどさ。それで・・・その、さ。そいつが封印されちゃったんだ」
そこまでの説明を聞いて鈴音が納得したように頷いた。
「あたしにその封印が解けないかと思ったんだ」
「ああ。・・・・無理、かな?」
「それは見てみないとなんとも言えないけど。その人どこにいるの?」
鈴音の問いに羅魏は自らを指差した。
その行動に三人は疑問の表情を羅魏に向ける。
「どういうこと?」
秋夜が問う。
「二重人格って、わかるか?」
羅魏は控えめな口調でそう質問してきた。
「? なにそれ。どういうこと?」
鈴音と秋夜はすぐに理解したようだが、青葉にはその単語の意味がわからなかった。秋夜に向かって質問の言葉を投げかける。
秋夜はふぅとため息をついて、優越感を含んだ笑みを見せた。
「だから勉強しろっていつも言ってるのに」
秋夜は、たまに青葉の優位に立てる場面が来ると思いっきり楽しそうな表情を見せる。青葉の方も、たまにしかないことなんだからいいやと気にしないでいるが。
「二重人格ってのは・・・・・・・・・簡単に言えば一つの身体に二人分の心が存在するってことかな」
「んーー・・・・・なんとなくわかった」
しばらく考えた後、青葉も頷いた。
「つまり、羅魏おにーさんのもう一つの精神が封印されちゃったんだ」
「ああ」
鈴音の問いに短く答える羅魏。鈴音は続けて問いかけた。
「誰に?」
「月峰月華って女の子。オレより二つくらい下だったかな」
「ちょっと・・・難しいかも・・・・。あたし、他人の精神に入りこむような術は使えないから、干渉できるかどうかわからないの」
鈴音は申し訳なさそうな表情を見せたが、羅魏は寂しげに笑って気にすることはないと言った。今は龍を探す方が先だからと。
「あ! 青葉おねーさんたちが探してる龍だったらなんとかできるかも。龍は水の術が得意だもん」
いきなりの鈴音の発言に全員が疑問の表情を浮かべたが、鈴音はすぐにその言葉の意味を説明してくれた。
術には大きく別けて風火水土の四属性に分けられるのだと言う。そのなかで例えば移動は風属性とか、攻撃は火属性のものが多いとか・・・そういう法則みたいなものがあるのだそうだ。そして、水属性は回復と精神に干渉する術が多いのだそうだ。
「じゃ、なおさら龍に会わなきゃね♪」
ガッツポーズを作って青葉は気合を入れた。
三人はその言葉に頷き、龍探しのための話し合いが始まったのであった。