■■ IMITATION LIFE〜裏話・風の声が聞こえる 3話 ■■
バタンっ。
扉が勢いよく開く音がした。こちらからは見えないが多分鉄格子の向こうの通路のほうに扉があるんだろう。
と、同時に二つの男の声。話から察すると片方はここの人間。もう一つは捕まった人間だろう。
「ウソ・・・・・・」
フィズが蒼白になっていた。
セシルは不思議に思いフィズと声のほうを見る。
「あの・・・・フィズさん・・・・? どうかしたんですか?」
言う間にも声は近づいてくる。
ガチャンっ!
鉄格子が開けられ、青い髪の男の人が放りこまれた。フィズと同じくらいの年齢だ。
「いって〜・・・・もうちょっと丁寧に扱えよ!!」
その文句を無視してここの商人らしき男はさっさと向こうへ行ってしまった。
ドアの閉まる音。あの人がこの部屋から出て行ったのだろう。
直後、
「〜〜〜ラシェルっ・・・何やってんのよぉっっ!!!」
フィズの怒鳴り声が響いた。
ラシェルと呼ばれたその人は、フィズの声を無視してセシルに話しかけてきた。
「よっ、あんたがセシルだな?」
「えっ? あ、は・・はい・・・」
「アリアから伝言だ。絶対助けるから待ってろってさ」
「アリアが・・・・あっ!! アリアは無事なんですか!?」
自分でも驚くくらいの大きな声だった。言ってから緊張で胸がドキドキした。
「無事だよ。今こっちに向かってる」
「どうやって?」
二人の会話にフィズが入ってきた。その声はとっても不機嫌だった。
「これな〜んだっ」
彼が手に持っているのは見たこともない機械。どこかからの発掘品だろうか?
正方形で直径二センチほど。上に赤いボタンがついていた。彼はそのボタンを押した。
フィズが呆れたように呟いた。
「そういうこと・・・・。でも大丈夫なの?」
「大丈夫さ。オレはアリアを信じてるよ」
彼の瞳は一点の曇りもなく、心からアリアを信じているように見えた。それはセシルも同じこと。セシルは心から、アリアの無事を祈り、アリアが無茶をしないよう願った。
アリアは一人で宿の一室にいた。
「大丈夫かなぁ〜」
アリアはラシェルが言った作戦をもう一度思い起こした。
作戦はごく単純なもので、ラシェルがおおっぴらにセシルの行方を聞いてまわる。セシルはフェゼリアだからよく目立つし、おおっぴらに聞けばセシルを連れていった奴らにもそのことは聞こえる。
フェゼリアは高く売れる。ラシェルがフェゼリアを探していることを知れば、向こうはこちらの動きを妨害しようとするだろう。そこでわざと捕まってしまえば、向こうのアジトがわかるというわけだ。
もし無視された場合は、多少時間かかるだろうがラシェルが自力で居所を突き止める。
とにかく二人と合流したいとラシェルは言った。
「大丈夫なの? 下手すると殺されるかも・・・それよりも最初から二人で助けに行く方がいいじゃない」
「大丈夫だよ。その辺はちゃんと考えてる。あとさぁ、オレたちの目的を向こうが知ったら絶対人質にしてくるぞ。向こうから見たらフィズもセシルもいくらでも替わりがきく商品の一つなんだから。
そうなったらそれこそ全員捕まってオシマイだろ。だから別行動するんだよ。
オレは二人と合流して二人と一緒に中から脱出する。アリアはオレが連絡したらその場所から街の外へ出る最短ルートを確認しておくこと。なるたけ人目につかないルートな。多分あいつら追っかけてくるけど、あんまし傷つけたくないんだ。戦闘にはならないようにしたい。」
アリアはとくにすることもなく、発信機の画面を見つめていた。
ただ、待つだけの時間・・・・・・。
「あっ!」
画面に赤い光が現れた。この赤い光がラシェルの居場所。アリアは場所を確認するために宿を出て行った。
発信機の光を頼りに街を進むアリア。
「ここ・・・・かな?」
アリアは小さな建物の前にいた。そこは奴隷の競売所が建ち並ぶ一角。アリアは周囲を確認した。セシルのためにもなるたけ人目につかない、それでいてできるだけ早くこの街を出れるルートを探さねばならない。アリアは持ち前の身軽さでポーンと屋根に飛び乗った。マルシリアという種族は人間に比べるとかなり身が軽い。それはアリアも例外ではなく、数メートルくらいなら普通にジャンプすれば簡単に飛びあがることが出来た。
アリアはさらに高い建物を目指し飛び移っていく。そしてこの辺で一番高い建物の屋根から下を眺めた。大通りも裏道も、そしてその道にいる人々もよく見える。上から見て人目のつかない最短ルートを確認した。
そしてそれから数分後。
「ん? なんの騒ぎだ?」
扉の向こうが騒がしい。
「もしかしてアリア・・・?」
セシルは鉄格子ギリギリに顔を寄せて外を見た。当然扉の向こうの光景は見えない。
しかし次の瞬間、勢いよく扉が開いた。
アリアかと期待したが違った。ここの人間だ。
「ちょっと来てもらおうか」
男は鉄格子を開けてセシルを無理やり連れ出そうとした。セシルが抵抗しようとする前にラシェルが飛び出す。ラシェルの拳が男の鳩尾に見事にヒットし、男はその場に崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
ラシェルはそう聞いてくれたがセシルは恐怖で声も出なかった。
「フィズ、セシルを頼む。ここから出るぞ」
そう聞いてセシルが顔を上げた。
「アリアはっ!?」
「多分あの騒ぎはアリアだ。さっきの男はセシルを人質にでも使おうとしたんじゃないか? アリアはここに忍びこもうとして見つかったんだと思う。だったら早いとこ助けに行かなきゃな」
セシルは小さく頷いた。それを確認してラシェルが一番に飛び出す。その後にフィズとセシルが続いた。
ラシェルは迷うことなく通路を走りぬける。気絶した状態で運びこまれてきた二人と違ってラシェルは一度ここを見ている。もしかしたらわざと捕まったのはここの構造をある程度知っておくためだったのかもしれない。
どうやら牢があったのは地下だったらしい。扉の向こうには上にあがる階段があった。三人は音を頼りに騒ぎの中心へと向かった。途中ここの人間に何度か遭遇したが全てラシェルが片付けてくれた。外見だけ見るとあまり強そうには見えないがそうでもないらしい。
「アリアっ!!」
騒ぎの中心には予想通りアリアがいた。セシルはアリアに駆け寄り、抱きついた。
「ふぇ・・・無事で良かったぁ・・・」
「セシルこそ無事!? 何もされなかった?」
「うん、大丈夫。フィズさんとラシェルさんに助けてもらったの」
「フィズさん、セシルと一緒にいてくれてありがとうございました♪」
「お礼言われるようなもんじゃないわよ。私も捕まってたってだけだから」
「・・・・・・おいこら、てめぇら。今の状況わかってんのか!」
再会を喜ぶ二人。そこにラシェルの怒鳴り声が響いた。見るとラシェルは一人で戦っていた。巧みに位置を移動し、絶対に多対一にならないようにしている。
「あっ、ごめーん」
アリアはペロッと舌を出すと三人の前に立って走り出だした。
「ここでこんなのと戦っても仕方ないし、さっさと逃げるぞ!」
アリアのすぐ後ろにセシル。その後ろにラシェル、フィズの二人が続いた。
「ふー・・・・・とりあえず休憩しよ」
アリアがそう言ったのはセシルが捕まっていた建物から数キロ離れた裏路地。まだ街からは出ていない。
ラシェルはできれば一気にこの街を出てしまいたいと言っていたが、あの建物から街の外までは十数キロある。まったく休憩しないでというのは無理だろう。ラシェルもそれはわかっているのか特に反対はしなかった。
「そういやフィズはなんで逃げなかったんだ? 魔法は使わなかったのか?」
ふと、思い出したようにラシェルが言った。
「魔法が使えなかったの」
「どういうことだ?」
ラシェルの疑問に答えたのはセシル。セシルは魔法が使えない理由について詳しく説明した。それに驚いたのはアリア。セシルが会って間も無い人間に自分から話しかけるなんてすごく珍しいことだ。アリアの視線に気づくとセシルはにっこりとアリアに笑いかけた。
「ってーともしかしてオレも銃使えない・・・・か?」
ラシェルの腕にもセシルと同じ物があった。
ラシェルは懐から何かの機械を取り出した。それが銃というものなんだろう。フィズが慌てて止めようとする。
「ちょっと! こんなとこで使う気!?」
「大丈夫だよ。威力は弱くしとくから」
言ってラシェルはその辺の壁に体を向けた。
カチッ・・・・・・・・・。
小さな音が響いた。
「あ・・・・使えない・・・か」
ラシェルは銃を見つめて言った。
「どうやったらコレはずせるんだろ・・・」
アリアが呟く。セシルはしばらく考えてから答えた。
「多分鍵かなんかあると思うんだけど・・・・・」
「そうすると一旦戻んないといけないな」
「「「ええええぇぇぇーーーーーーーっ!!!」」」
三人が同時に叫ぶ。
「なんでわざわざ戻るのよ!」
「そぉだよ! せっかく逃げ出せたのに!!」
「私もあんまり戻りたくない・・・・」
三人が口々に戻りたくないという意思を主張する。ラシェルは下を向いていた。多分怒っているか呆れているか・・・・そんなところだろう。
「戻るときゃオレ一人で戻る。要は鍵が手に入ればそれでいいんだからな」
そう言った後不安げに銃を見つめた。
「ただ・・・・・な・・」
どうやら銃がラシェルが一番やりやすい攻撃手段らしい。
「・・・え?」
いきなりラシェルが顔を上げた。その表情には驚きに近いものが浮かんでいる。そしてその直後、ラシェルの腕にあったブレスレットが風化して消える。
セシルは驚きのあまり声も出ない。つけられている本人が自分の力で魔力封じの道具を壊したなんて聞いたこともなかった。
「ちょっ・・・・どうやったの!?」
アリアは驚きの声をあげた。フィズは逆に納得したようだ。
「私のも壊して欲しいんだけど・・・・いい?」
「ああ、わかった」
そう返した直後、一瞬ラシェルの動きが止まった。
それからフィズに近づき、フィズの腕にはめられているブレスレットを破壊する。
「セシルも・・・それ、壊すからちょっと来て」
ラシェルは静かにそう言って、セシルの行動を待った。
しかしセシルはその場に止まったまま動かない。アリアにはセシルが怯えているように見えた。
「セシル・・・? どうしたの?」
「あっ・・・・なんでもない・・・の・・」
そう言ってセシルはラシェルの方に歩いていった。
セシルの腕にあった魔法道具がラシェル、フィズのときと同じように風化して消える。
セシルはラシェルを見つめて、何かを小声で言った。ラシェルは微笑して、それからまた一瞬動きが止まる。次に見たラシェルの表情は照れているような苦笑のような・・・・そんな表情だった。