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 IMITATION LIFE〜裏話・風の声が聞こえる 4話 

「セシルに頼みがあるんだ」
 闇都市ノインを出て、とりあえず近くの街の宿に落ちついたあと、ラシェルはこう切り出した。
「中央島に行きたいってやつでしょ?」
 すでにラシェルから一連の事情を聞いていたアリアはそう聞き返した。ラシェルは頷いて続きを話す。
「オレ達、サリスに行きたいんだけどさ、あそこに通じてる転送装置が無いから長距離転移ができる誰かにたのまないと行けないんだ。フェゼリアは転移とかの魔法が得意だって聞いたからさ」
 セシルは考えこむように俯いた。チラッと上目使いにラシェルを見る。
「あの・・・・どうして、サリスに行きたいんですか?」
 聞かれてラシェルは黙りこんでしまう。フィズはラシェルの方を窺っているだけで自分から話そうとはしなかった。
「・・・・・・・・・・・・そう・・だな・・・・・。行ってみたいんだ。確かめたいことがある」
 その言葉に反応したのはセシルやアリアよりも、むしろフィズの方だった。どうやらフィズもラシェルがサリスに行こうとする本当の理由を聞いたことがなかったようだ。
「何を確かめたいんですか?」
 セシルが続けて質問すると、アリアは意外そうにセシルを見つめた。セシルがこんな風に初対面の人間と話すのはとても珍しいことだ。
 ラシェルは苦笑した。セシルはラシェルを凝視する。ラシェルは、どこか哀しそうな瞳をしていた・・・・。セシルにはなんとなくだがその理由がわかっていた。ラシェルが持つ魔力は人間・・・いや、普通の生物とは明らかに異なるものだ。多分アリアは気づいていない。風の一番強い属性は伝達。セシルは相手の魔力を視ることができた。
 ラシェルは遠くを見るような表情でぽつりと一言だけ言った。
「・・・オレ自身の事・・・・かな」
 セシにはラシェルに興味があった。ラシェルは一瞬哀しげな瞳を見せても次の瞬間には明るい表情に戻っている。どうしてそんな瞳を持ちながら笑っていられるのか・・・・・それを知りたいと思った。
「少し・・考えさせてください」
「どのくらい?」
「私達、戦闘の経験がまったく無いんです。ここから私が住んでるクルニアって街までは一ヶ月ほどかかるんですけど、そこまで一緒に行って下さいませんか?」
「つまりクルニアについてから返事をくれるんだな」
「はい」
「わかった。今日はもう寝よう。出発は明日だ」
 


 翌朝。四人は連れだって宿を出た。目指すは北。魔術都市クルニアだ。
 四人の旅はいたって順調だった。魔物が狂暴化しているという噂はすでに遺跡見学に向かう時ので実証済みだったが、それでもその数と強さはアリアとセシルの想像以上のものだった。
 しかしラシェルもフィズも強かった。
 魔物たちは出たと思ったらこちらに向かってくる前にラシェルの武器で、フィズの魔法で・・・・次々とその体を無へと還していく。
「すっごーい」
 襲ってきた魔物たちを一通り倒した後、アリアがひょいっと先ほどまで魔物がいた場所に移動した。くるっと体を回転させてこちらに向き直る。
 後方にいたセシルも小走りでラシェルの横に着いた。
「ホント、強いですねぇ」
 セシルは先ほどまで魔物がいた場所を見つめて言った。ラシェルとフィズは互いに目配せしてから照れたように笑った。
「そんなことないわよ」
 フィズはそう言って歩き出した。残る三人もそれに少し遅れて歩き出した。


 ――そして、その日の夕刻。四人は小さな村に到着した。
 最初は宿を探そうとしたのだが、この小さな村には宿屋というものがないのだそうだ。村人の好意で四人は一つの家に一人ずつ、村人の家に泊めてもらえることになった。
 セシルは空を見つめていた。クルニアに比べると星の数が多い。それでも生まれ故郷の村には敵わないが。
「よぉ、何みてるんだ?」
 振り向くとラシェルがこちらに歩いてくるのが見えた。
「星・・・・・見てたんです。ラシェルさんは?」
「セシルを見かけたから」
「私・・・?」
「うん」
 ラシェルは逡巡するようにしばらく黙りこんでから声を発した。
「セシル・・さ、なんか・・・・その・・・・」
 言いたいことはあるのだろうがそれを言葉にすることをためらっているようだ。
「ラシェルさん・・・・人間じゃないでしょう」
 ラシェルは驚かなかった。やはりラシェルが聞こうとしていたのはこのことだったんだろう。
「・・・・・・」
 ラシェルは、何も言わなかった。ただ、小さく頷いて肯定してきた。
「私、そんなに態度に出てました?」
 気付いたか気付いてないか――そんな意味ではない。
 だがラシェルはその言葉の真の意味に気付いてくれただろうか?
「オレがノインで魔法使って以来ちょっと避けてただろ。なのに気付くとセシルの視線がこっちに向いてるんだ」
 確かに、気になってよく見ていた。だけど視線は合わせないようにしていた。
 だがどうやら、それでもラシェルが気付くには充分だったらしい。
「あの、私が興味を持ってたのはラシェルさんが人間じゃないっていうこととは関係ないことなの」
「え?」
 ラシェルが一瞬硬直する。ラシェルは自分が人間じゃないことで興味を持たれていると思っていたみたいだから驚くのも無理はないかもしれない。
「ラシェルさん、時々すごく哀しそうな瞳をするでしょう? どうして・・・・あんな風に笑っていられるのかなって・・・」
 セシルはラシェルを見た。ラシェルは呆然とした面持ちでこちらを見つめていた・・・・。
「オレ、そんな瞳してたか?」
「はい・・・・気づいてなかったんですか?」
「全然。・・・・・・そっか・・」
 ポツリ、と言ってラシェルは空を見つめた。二人とも言葉を発せず、二人の間に沈黙が流れる。
 あの、瞳だ・・・・ラシェルのいつもの明るさからは遠く離れたあの瞳・・・・。
「オレ、自分が人間じゃないって知ってから二年くらいしか経ってないんだ・・・」
「知らなかった!? どうして・・・・・」
 そんなことがあるのだろうか。だって知らなければ造られたものとしての役目をどうやってまっとうできるというのだ。
「誰も、教えてくれなかったから」
「誰も教えて・・・・って、普通は誰にも教えてもらえなても最初から知ってるはず・・」
「それを知りたいんだ。フィズがその理由を教えてくれたけど・・・多分違う。強力な兵器としてのドールを隠すために自分を兵器と自覚していない人格を造る――たったそれだけの理由でそんな手間をかけるのはメリットよりもデメリットのほうが大きいように思う。・・・絶対他にも理由があると思うんだ」
 ますますラシェルに興味がわいた。自分は人間だと思っていたものが根底からひっくり返されたのだ。それでも、ラシェルは笑っている。
「どうして・・・・・?」
「なに?」
「どうしてそんな風に笑えるの?」
「セシルは笑えないのか?」
 ラシェルはそう聞き返してきた。図星を突かれてドキッとする。セシルは俯いた。ゆっくりと、小さな声で話す。
「・・・うん・・・。私の目の前で皆殺されたの・・・・父さんも、母さんも、妹も村の皆も・・・・・フェゼリアの翼は高値で売れるからって・・・・・・助かったのは私だけ・・・風が、私をアリアの所に連れてきてくれたの」
「泣いたか?」
「え?」
「そのことで泣いた事はあるのかって聞いてんだ」
 セシルは首を横に振った。
 今、話していても悲しくて、寂しくて、悔しくて・・・・泣きたくなる。けれど涙は零れない。
 ・・・・・・そういえば、どうして泣かなくなったんだっけ・・・・。
「泣く暇なんてなかったもの。泣く暇があるなら今の生活に慣れなきゃって・・・生き残ったなら精一杯生きないときっと皆に叱られちゃう」
 そう、頭ではわかっている。けれど感情はそう簡単には追いついてこないものだ。
 ラシェルは大きくため息をついた。
「あのなぁ、一生懸命生きることと泣かないことは関係ないだろ? 泣きたいときは泣いていいんだ。そうしないといつまでたっても先に進めないぞ」
「・・・・・ラシェルさんは、泣いたの?」
 ラシェルは照れたように頭を掻いて、視線を逸らしてから小さく頷いた。
「泣きたい時は泣いて、笑いたい時は笑って、怒りたい時は怒る・・・オレはずっとそうやってきたんだ」
 そう言うラシェルの瞳は、どこか遠くを見ていた。きっとなにか昔のことを思い出してるんだろう。
「ごめんなさい、私もう行きますね」
「ああ」
 ラシェルは笑顔で送り出してくれた。
 ラシェルは気づいただろうか・・・・・・・・セシルの瞳が潤んでいたことに・・・。
 セシルは翼を広げて宙に舞い上がる。

 誰もいない高い空の上で、セシルは一年ぶりに涙を流した。

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