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 神様の居ない宇〜第1章・Bloody doll 2話 

 絵瑠が意識して時間感覚を合わせようとしなければ、箱庭の時間は瞬く間に過ぎていく。
 アルテナを見つけてから、絵瑠の感覚ではほんの少しの時間・・・・・・けれどこの星の時間で数えて一ヶ月ほどが過ぎていた。
 アルテナは変わらず部屋から出ずに過ごしていた。
 彼女が――母親が、アルテナを外に出そうとしなかったのだ。

 愛され、慈しまれて、アルテナは日々成長していく。
 母の望む娘になろうと・・・・・・。


 その日、彼女は怪我をして、アルテナの居る部屋に戻っていった。
「お母様・・・?」
 いつもと違う母親の様子に気付いたのか、アルテナは首を傾げて問いかける。
 そんなアルテナの言葉を、心配してくれているととったのだろう。
「大丈夫よ、ちょっと転んだだけだから」
 彼女はそう言って小さく微笑んだ。
 だが絵瑠には、とてもそうは見えなかった。アルテナの興味はただ一点――怪我と、そこから流れる血に向けられていた。
「ねぇ・・・・これはなに・・・?」
 アルテナが指差したのは傷口から出ている血。
 彼女がそれについて説明してやるとアルテナは無表情のまま、そう・・・と一言声を漏らした。

 ――その翌日。
 いつもと同じように彼女が部屋を出ていくと、アルテナは彼女が使っている文房具からカッターを取り出した。
 カタカタと刃を出すと、いきなり自分の腕に斬りつける。
 けれど、人形であるアルテナは当然ながら血など流れない。着ていた服が切れただけだった。
「お母様と同じじゃなきゃだめなの・・・・・・・」
 アルテナは、ぽつりと呟いた。
 しばらくその場に立ち尽くしていたアルテナは、ふいに外に目を向けた。
「そうね・・・なければもらえば良いんだわ。たくさん持ってる人から」
 良いことを思いついたと言わんばかりに、嬉しそうに笑う。
 扉を開け、アルテナは、生まれて初めて――部屋の外の光景を見た。

 初めて見る外の光景が珍しいのか、アルテナはキョロキョロと辺りを見まわしながら歩いていく。
 アルテナが向かった先は、本物のアルテナが通っていた・・・・そして、本物のアルテナが殺された場所――学校、だった。
 アルテナは堂々と昇降口に入り、そこから屋上に向かって行った。
 屋上には数人の生徒がいた。授業をサボっている生徒だ。
 彼女らを目に留めると、アルテナは小さく微笑んだ。
「こんにちは」
 彼女達の表情が一変する。
 ニュースにもなったくらいだ、アルテナの死は学校中の者が知っているだろう。
 授業中ということも手伝って、アルテナは運良く誰にも見つからずにここまで来れたが、誰かに見つかっていたら大騒ぎになっていたことは間違いない。
 彼女達は何も言わない。いや、表情がから察するに恐怖で動けないのだろう。
 アルテナはにっこりと優しげな笑みを浮かべて先を続けた。
「私、母様の娘になりたいんですの。そのために母様と同じになりたいんです。人間は、血をたくさん持っているんですよね? 少しぐらい貰ってもバチは当たらないと思いません?」
 アルテナは、ゆっくりと彼女達の方へと歩み寄った。



「楽しそうだね」
 唐突に聞こえてきた声。
 結城はいつも気配も感じさせずにいきなりそこに現れる。多分転移魔法を使っているんだろうけど。
「楽しいよ♪」
 振り向きすらせずに・・・けれど浮かれた声で答えると、結城が呆れた様に呟いた。
「人が死ぬのは嫌いなんじゃないの?」
 絵瑠は表情一つ変えずにあっさりと答えた。
「別に。ボクが嫌いなのは戦争、大きな組織同士の戦い。個人同士の戦いなら嫌いじゃないよ」
 絵瑠が口の端を上げて笑った。
「むしろ好きなほうだね。ボク、自分の髪の色は結構好きなんだ。綺麗な色だと思わない?」
 絵瑠の髪の色は赤。鮮やかな赤い色。
 つまり絵瑠は血の色は綺麗だと、その血を見るのは好きだと言っているのだ。 
「クスっ・・・・・・」
 結城の表情を見て、絵瑠が小さく笑った。
「ボクちょっと行ってくる。せっかくだから近くで見たいし」
「えっ? ちょっと・・・・・絵瑠ッ!?」
 言うが早いか絵瑠はポーンと星へ降りて行った。結城の声は完全無視だ。

 一人取り残されてしまった結城。けれど絵瑠が張った結界のせいで結城はこの星へは降りれない。
「ちぇっ。・・・・・・いいや、どっか壊してこよう」
 結城は、なんとなくむしゃくしゃした気持ちを発散させようと、その場を後にした。



 絵瑠は、アルテナがいる学校の屋上に降り立った。もちろん姿はちゃんと隠している。
 ちょうど、アルテナが彼女達――授業をサボっていた女生徒――を殺した直後だった。
「あ〜あ、もうっ。ユーキちゃんと話してたせいで肝心なところ見逃しちゃったよ」
 少女達が流す血をアルテナはその手で掬い口元へ運んだ。
 そうして、アルテナはポケットからカッターを取り出し、また自らに斬りつけた。
「まだ・・・足りないのかしら・・・」
 ぽつりと呟き、ふらりと歩き出した。
 アルテナが向かう先は自宅。
 絵瑠はアルテナの後ろを歩きながらふと上を見上げる。
 宇宙(そら)から見てる時は気付かなかったが太陽はもうすぐ真上、昼時だ。
 アルテナの母親は確かいつも昼頃に部屋に戻ってきていた。アルテナはそれに間に合うように帰るつもりなのだろう。


 まだ彼女は部屋に戻っていない。アルテナは何事もなかったかのようにそこにいた。
 キィと扉が開き、彼女が部屋に入ってきた。
 アルテナは笑顔でそれに応える。
「おかえりなさい、お母様」
 アルテナの笑顔に彼女も笑う。
「ただいま、アルテナ」
 彼女はアルテナの方に歩み寄った。
 そして、気付く。アルテナの服が破れていることに・・・・・アルテナの服に血がついていることに・・・・・。
 彼女の顔が蒼白になる。
「どうしたの!?」
 彼女の慌てた態度を、アルテナは冷静に見つめていた。
 アルテナは穏やかに微笑んだ。
「私、お母様の娘になりたいの。お母様と同じになりたいんです」
 彼女は疑問の表情を浮かべる。
 アルテナは言葉を続けた。
「今の私がそれを持っていないなら、持ってる人から貰えば良いって思ったの」
「アルテナ、あなた・・・・・・」
 彼女は、震えた声で呟いた。
 彼女の瞳には、ありありと怯えの色が浮かんでいた。


「そう・・・・・・そうこなくっちゃね」
 事の成り行きを間近で見つめ、絵瑠は一人満足げな笑みを浮かべる。
「・・・・・・ああ、ユーキちゃん、戻ってきたかな」
 一時この星から離れていた結城の気配が戻ってきたことを知覚して、絵瑠はふいと宇宙(そら)を見上げた。
 チラリとアルテナに目を向け、そして宇宙(そら)に跳んだ。


「おかえり」
 ぶすっと不機嫌な口調で言われ、絵瑠はクスクスと笑って結城に抱きついた。
「ただいま、ユーキちゃん☆ なに怒ってるのぉ?」
 結城は頬を膨らませて文句を言った。
「絵瑠がオレを置いていっちゃったから。・・・・・・ストレス発散にちょっと星壊してきたけどさ」
 絵瑠はまったく動じない。涼しい表情で別にかまわないと言う。
「お気に入りの星さえ壊さなければ別に好きなようにしていいよ。ボクには関係ないから」
 そんな絵瑠の言動に結城の表情が一瞬止まる。絵瑠の言葉が意外だったようだ。
 結構長い付合いなのにまだわかっていないのかと、絵瑠はフッと小さく笑った。
 そして、視線を結城からアルテナに移す。
「ふふっ♪ 下は面白いことになってるよ」
 二人は、向かい合ったままで、静かに互いを見つめていた。
 造られた者と、造った者と。
 あの母親――彼女は、ここまできてやっと気付いたのだ。
 自分がなにを創り出してしまったのか。
 一歩、アルテナが前に踏み出す。
 彼女はまだ、動かなかった。
 だが彼女の瞳から、次第に恐怖の色が消えていくのがわかった。
「なんで!」
 唐突な叫びに、結城が驚いて身を縮める。
「・・・・絵瑠?」
 怖々と聞いてきた結城の言葉には答えず、絵瑠はクスリと小さく笑った。
 その笑みで、結城はいつもの調子を取り戻したらしい。呆れた様に小さく息を吐いた。
「なんか良からぬこと考えてるだろ」
 薄い笑みを浮かべたまま、絵瑠の視線が結城に向く。
 目が合った瞬間、絵瑠はにっこりと明るい笑みを見せた。
「ひどいなぁ、ユーキちゃん。良からぬことなんて。ボクはただ早く”新たなる魂”を女王のところに連れて行きたいだけだよ☆」
 結城が少しだけ暗い表情を見せた。
 理由はわかっているが絵瑠はそれに気をかけるつもりはない。
 絵瑠は、興味なさげに結城から視線を逸らした。



 思い出されるのは遠い遠い昔。
 自分も誰かの”箱庭”の中に住まう住人だった頃。
 ”女王”の存在も、世界の創り手の存在も知らなかった。
 ただ毎日が、幸せで、楽しかった・・・・・・。

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