■■ 神様の居ない宇〜第1章・Bloody doll 4話 ■■
Lはぐるっと自分の周りに散らばる雑誌を眺めた。
が、Lには人間の美的感覚など無い。どれがいいのかよくわからなかった。
Lは裕を見つめてぷぅっと頬を膨らませた。
「わかんないよ、裕が選んで」
裕は困ったようにぐるっと雑誌を見回した。
「そう言われてもなぁ・・・・・よし、こうしよう!」
うろうろと雑誌の周囲を歩きながら考え込んでいた裕だったが、突如Lのほうに振り向いてぴっと人差し指を立てた。
裕は雑誌を全部後ろ向きにして表紙が見えないようにした。
「この中から適当に好きなのを選ぶ。で、表紙に載ってた写真がLの容姿ってことでどう?」
「いいよ」
ちゃんと裕と視線を合わせて返事をしてからLは下を見た。
(んっと・・どうしようかな・・・なんでもいいや)
とりあえずちょっと離れたところにあった雑誌を指差した。
「これ?」
確認をしながらその雑誌をLの元へと持ってきてくれる。
雑誌を裏っ返すとその表紙には下だけウェーブがかかっている赤いロングヘアで、瞳も同じような赤。ちょっと気の強そうな少女の写真が載っていた。
Lは彼女の写真を見て、彼女そっくりの姿に変化した。最初はうまくできるかどうか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
一度覚えてしまったその能力はLにしっくりとなじみ、やり方など考えなくてもそう思うだけで実行することができた。
赤い髪と赤い瞳。年齢は十四、五くらいだろうか。Lは”彼女”となって裕のほうに振り返ると極上の笑みを見せた。
「じゃあ次は・・・・・」
裕は近くの棚から財布を取り出すとLにここで待っているようにと告げ、外に出かけていった。
「? 何するんだろ??」
Lには理解不能の行動だったが、まぁ裕がそうしろというならそうしてよう。
数時間後、裕がいくつかの紙袋を抱えて戻ってきた。
Lの目の前にその紙袋を下ろす。
「これはLのだよ」
そう言って裕は中のものをとりだした。それは女物の洋服だった。
「女の子だったらかわいい洋服だよね、やっぱり」
裕は優しく笑いかけてくれた。
Lも笑顔を返す。とりあえず一組の洋服をそこから選び出した。
手に持ってその洋服の形、色を見る。そして次の瞬間、Lの洋服が変化した。
「へへっ、似合う?」
Lが男の子っぽい笑みを浮かべて裕のほうを見ると裕はぽかんとこちらを見つめていた。
Lは首をかしげて裕の顔を覗き込んだ。
直後、裕はちょっと残念そうな表情を見せて笑った。
「そうじゃなくて、その服を普通に着てほしかったんだけどな」
「ん・・、そなの? でもこの方が楽だし」
Lの答えに裕はまた苦笑した。
そんな風に二人の生活は始まった。時々喧嘩もしたが、端から見れば二人は仲のよいちょっと年の離れた兄妹のようだった。
「絵瑠!」
裕が彼女の名を呼んだ。音にしてしまえば同じだが、裕はLに絵瑠という名前をつけてくれた。
Lはネーミングセンスが無いとちょっと不機嫌になったりもしたが、実際Lは”える”という名前に慣れてしまっていて、ほかの名前だと咄嗟に自分の名前だとわからないのだ。最初は裕もいくつかの名前を考えてくれていたのだが、そういう理由で最終的には”絵瑠”に落ち着いた。
(ま、この音の響きは結構好きだし・・・v ”ばんりえる”って繋げても結構きれいだし☆)
裕が名前を呼んでくれるたびに最初の頃の名付け騒ぎを思い出してそんな風に思った。
「は〜いっ♪」
浮かれた返事で裕の元に向かう絵瑠。
裕はちょっと不機嫌だった。
「これ・・・・・また着てくれてないんだ・・・」
これとは裕が買ってくれた洋服のこと。絵瑠はいつも自分の容姿を変化させるのと同じ要領で着替えているのだ。
裕としてはせっかく買っているのだからそれを着てほしいらしい。
「一応女の子なんだしさぁ」
(・・・・・関係無いじゃん・・・)
可愛い格好をしろというなら絵瑠はいつでも可愛い服を着ている。だって裕が買ってきてくれる服を見て、そのように変化させているのだから。
ただこれはある意味では何も着てないのと同じだ。いくら洋服を着てるように見えるとはいえ、それもれっきとした絵瑠の身体の一部分なのだ。裕が言いたいのはその辺りのことなんだろう。
絵瑠は頬を膨らませて反論した。
「なら女の子じゃなければいいんだねっ」
実はこの容姿は結構お気に入りだったりするのだが、こうなってはすでに売り言葉に買い言葉、半分ヤケである。
絵瑠の姿がみるみるうちに変わっていく。
腰近くまで伸びた髪は短くなり、ふっくらとした胸も消えていた。そう、絵瑠は少年の姿に変化したのだ。
「絵瑠・・・・・」
裕は冷や汗までかいて呆然と絵瑠の行動を見つめていた。
絵瑠は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「これで問題無いよね☆」
「絵瑠ぅ・・・・・」
裕はがっくりと肩を落としてこれ以上の説得を諦めたのだった。
そんな裕の姿を見て、絵瑠はにっこりと笑った。
その日の朝も、いつもと同じように裕が起きる時間を見計らって家に戻ってきた。
眠るという習慣も無ければ睡眠をとる必要も無い絵瑠は、夜はたいてい家の外で一晩中夜空を見つめて過ごしていた。
絵瑠が少年の姿をとるようになってから数ヶ月後。裕はもう服については何も言わなくなっていた。言っても無駄だと諦めたんだろう。
いつものように居間に行くと、普通ならこの時間にはここにいるはずの裕の姿が見えない。
「あれ? 裕・・・?」
しばらくその場に待ってみたが裕が現れる様子は無い。
そんなときだ、裕が慌てた様子で部屋に駆け込んで来たのは。
「・・・・っ絵瑠!!」
「あ、裕。・・なんかあったの?」
「絵瑠、今すぐここを出るんだ」
裕の表情は真剣だった。絵瑠の心に怒りの感情が沸きあがる。
裕は言ってくれたではないか、ずっとここに居て良いと。
「うそつきっ!!」
怒りに任せて怒鳴りつけたが、裕は困ったような顔をして俯いた。
「・・・・・ごめん、絵瑠」
「いいもん、裕なんて大っ嫌い!!!」
裕はまだ何か言おうとしていた。けれど聞いてやるつもりは毛頭無い。
そうして、絵瑠は裕の家から飛び出した。
一人になった絵瑠は裕の家からそう離れていない野原を歩いていた。
「嫌い・・・裕なんて嫌い・・・・いいもん、もう帰らないから」
自分に言い聞かせるように呟きながら歩く。
とりあえず出てきたはいいがどこに行こう。行くアテなんか無い。絵瑠が知っている場所は研究所と裕の家だけだ。研究所に戻るつもりは無かった。
「・・・っ!?」
その時、絵瑠の耳に大きな音が飛びこんできた。後方からだ。
後ろを振り向くと目に入ったのは煙と赤。
「裕!」
先ほど通ってきた道を急いで引き返す。
絵瑠が住み慣れた裕の家は炎に包まれていた。
「いたぞっ」
声とともに家の影から数人の男たちが姿を現わした。
「・・・あんたたち? ここをこんなにしたのは」
男たちがその問いに答える気配は無い。男たちは絵瑠に襲い掛かってきた。
絵瑠は自分の腕の形状だけ変化させ、刃となったその腕で男たちに斬りつけた。
一番最初に向かってきた男が血飛沫をあげて倒れる。
男たちは慌てて絵瑠から距離をとった。が、そんなもの何の意味もない。
長さが足りなければ伸ばせば良い。一瞬にして倍以上の長さを得た剣で、また一人切りつけた。
(あと二人・・・・・)
剣の長さを戻し、絵瑠は男の懐に飛び込んだ。男が放った銃弾が絵瑠に当たるが絵瑠は痛くもなかった。
絵瑠にはもともと痛覚など存在しない。銃弾は絵瑠の身体に入り込んだが、それだけ。絵瑠の身体からは血も出なかった。
その様子に男は慌てて下がろうとするが間に合わない。絵瑠が腕を振り上げると刃は男の胸を切り裂いた。
あと一人・・・・・。最後の一人はこの場から逃げ出した。
追いかけるつもりはなかった。絵瑠は家を見上げる。炎はすでに消えかかっていた。
炎の消えたあと、周囲を探したが裕の姿は無かった。
ただ、裕であっただろう黒い物体がそこに横たわっていた・・・・・。
――ねぇ・・・仕返し、したいと思わない? 貴方を傷つけた全ての者に・・・・・――
あとで知ったのだが、声はその箱庭の管理者のものだった。
この時初めて、絵瑠は”管理者”という存在があることを知ったのだ。
絵瑠はその声の誘いに乗った。
その星を壊し、その星と戦争していた星も壊した。
そうして、絵瑠も自身が創った”箱庭”の”管理者”となり、今ここにいる。
本当は気付いていた。裕がどうして家を出るように言ったのか。
裕が絵瑠を想って言ってくれたのもわかっていた。
けれど、それでも裕を嫌いだと思い込まねば、裕から離れられなかった。
だからあんなことを言ったのだ。
裕はもういない、もう二度と逢えない。
せめて・・・・・せめて、嫌いと言ってしまったことだけでも訂正したかった。
もう、何もかもが遅い。
一度はそんなふうにも考えた。
けれど、まだ終わっていない。
たった一言を告げられれば――そのために、世界が滅んでもいいと思った。