■■ 神様の居ない宇〜第1章・Bloody doll 最終話 ■■
アルテナが、彼女の――アルテナの母の、手の届くギリギリの場所で立ち止まった。
だがそれでも、彼女は動かない。
彼女は悲しげな瞳でアルテナを見つめ、そして・・・・・・・穏やかに笑った。瞳の悲しさはそのままで。
「母様・・・・・・」
彼女の笑みを見て、アルテナの表情に安堵の色が戻った。
「ダメ、だよ☆」
クスリと、絵瑠が笑う。
ガシャン! と、窓ガラスが割れた。
「母様っ!」
倒れた彼女の背中は、血で染まっていた。
屋敷の外には大勢の人間が集まっていた。どこかから、アルテナの正体を知らされた人間たち。
アルテナは母の息がすでに途絶えているのを見ると、バッと部屋を飛び出し、人だかりが出来ている門の向こうに走った。
「きゃぁぁぁっ!」
アルテナの姿を見て悲鳴が上がる。
しかしそんなことはおかまいなしだ。
「母様を殺したのは、誰?」
周囲はすでにパニック状態に陥っており誰もアルテナの言葉など聞いていないようだ。
アルテナは一瞬迷ったようだが、すぐに行動を開始した。
とりあえず近場にいた人間に腕を突き出す。腕は相手の胸を貫きその人間を絶命させた。
人だかりは一斉にこの場から逃げ出そうと回れ右をして走り出した。が、人だかりが多く後ろのほうには中心部の状況がわからないらしい。
一種の地獄絵図が、ここに出来あがっていた。
「じゃあね、ユーキちゃん☆」
もうすぐ終わる――そう判断した絵瑠は、すぐ隣で下を観察していた結城に声をかけて下へ降りていく。
「ええっ、また?」
都合二度目の置いてけぼりに結城が不満そうな声をあげるが、やっぱり無視。
絵瑠はクスクスと楽しげな笑みを零して、アルテナのすぐ近くの地面に足を下ろした――姿は、消したままで。
アルテナは近くにいる人間を一人ずつ殺していく。
母親を殺した人間を探して・・・・・・――。
だが、この方法ではとても時間がかかってしまう。
アルテナだってそれくらいはわかっているだろう。だが、アルテナの能力では一人ずつ地道に片付けていくことしか出来ないのだ。
大きな、軽い音とともに銃身から放たれた鉄の玉がアルテナめがけて飛んでくる。
アルテナはこんな程度では死どころか行動不能にすらならないだろう。人形には痛覚などないし、こんな鉄砲玉一つでは人形の体を破壊するほどの威力はない。
だが。
絵瑠は、暗い笑みを浮かべたまま、”管理者”の能力を発動さた。動く必要もなければ、言葉も必要ない。必要はのはただ意思の力のみ。
放たれた鉄の玉は、アルテナに辿り着くことなく地面に落ちる。
引き金を引いた男は驚いて後ろに下がった。驚いたのはアルテナも同じ。
「どうなってるの・・・?」
アルテナは小さく呟いた。
「キミに、力を貸してあげるよ。この人たちを殺したいんでしょ?」
姿は見せぬまま、アルテナの耳元で囁く。
アルテナは当惑した様子で問い返してくる。
「誰ですの?」
「キミは母親の仇を討ちたいんでしょ?」
ワザと無視して、別の言葉を投げ掛けると、アルテナはもう一度、同じ問いを繰り返した。
「貴方は誰ですの?」
絵瑠は、クスリと小さな笑みを漏らす。
「ボク? カミサマ☆」
アルテナが、沈黙した。
だがアルテナは、決断も早かった。
一度は俯いた顔を上げ、遠巻きにこちらを見つめている人間たちを見据える。
「わかりました。力を貸していただけますか?」
その言葉が終わるとほぼ同時にアルテナの周囲を風が舞った。
「キミはこの星の自然現象を自由にできる。思うだけでいい」
驚くアルテナに、絵瑠はそう告げた。
自身の力を自覚したアルテナは、強気な瞳で人間たちに向かっていく。
アルテナの意思によって次々引き起こされる天変地異に、人間たちはなす術を持たなかった・・・・・・。
それから数日後。そこには命どころか星すらもなくなっていた。
星があったその場所、今は宇宙空間となってしまっている場所で一人の少女が泣いていた。
絵瑠は、泣いている少女に優しく声をかけた。
「アルテナ」
「私、本当に母様の娘になりたかったんですの・・・でもわかってもいましたの。私は人間にはなれないって」
「ボクが住んでる国に来ない?」
「え・・・?」
アルテナはゆっくりと顔を上げた。絵瑠と目が合う。
「だって、ここにいてどうするの? ずっと昔を懐かしんでるわけにはいかない。前に進まないとね☆」
ほんの少し、考える間があった。
「ええ、連れていっていただけますか?」
「うん♪」
「あの・・・貴方のお名前は?」
「ボク? 万理・絵瑠。マリエルって呼んで」
「マリエル様・・・ですのね、これからよろしくお願いいたします」
そして、アルテナの姿はこの世界から消えた。
絵瑠は見事アルテナを連れて行くことに成功したのだ。
あの時、アルテナの母親を殺したのは絵瑠だ。
あの母親がいては、アルテナが誘いに乗ることは絶対にないと思ったから。
人間たちにアルテナと言う人形の存在を教え、あの時、あの場所に、人間たちが集まるよう仕向けたのも、絵瑠。
「くすっ・・・・・・・・・・・」
アルテナに見つからないよう、小さく笑った。
絵瑠はその能力を持って道を開いた。”管理者”と”女神”と”女王”が住まう・・・・・・アルテナから見れば神の世界へ。
その大地に降り立った絵瑠はくるりと体ごと後ろを振り返った。
そこには戸惑いを隠せないアルテナがいた。
絵瑠は満面の笑みを浮かべて穏やかに歓迎の言葉を口にした。
「ようこそ、神々の世界へ・・・・・・・”新たなる魂”の保持者、アルテナ=リリア=紫音・・・・」