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 神様の居ない宇〜第2章・箱庭の宇宙 1話 

 新しい住人はまず女王に会いに行くことが決まっている。
 絵瑠はアルテナを連れてこの世界の中心地、パレスに向かった。
 その間にもアルテナからの質問の嵐が来る。いちいち答えるのが面倒になった絵瑠は、とりあえず一通り説明してやることにした。 
「そうだね・・・とりあえずこの世界について話そうか」


 ――真実を知る者はただ一人、”女王”だけ。
 管理者も女神も、女王に告げられた歴史しか知らない。
 だからこれは、真実ではないかもしれない。
 だがこれが、絵瑠が――絵瑠に限らず、女王以外のこの世界の住人たちが知る唯一の、世界の成り立ちだ。



 初めは、女王一人だった。
 女王はこの世界でともに暮らす仲間を探すための別宇宙・・・・・・”箱庭”を作り出した。
 箱庭の時間はこの世界よりも早い時間を刻み、この世界で一日経つ頃には箱庭では数万年が経っていた。
 そうして箱庭に人間が増え始めた頃、女王はその中から数人をこの世界に呼びこんだ。が、彼らは数秒で老人となり、風化して消えてしまった。女王は嘆き哀しみ、日々を泣いて過ごした。
 そんなある日、女王は不思議な光を放つ魂を見つける。自分が創ったものとは違う光を放つ魂を持つ者。彼女はそれをこちらに引き込んだ。
 その人間は、消えなかった。
 女王はその人間と日々を過ごすようになったがそのうち二人では寂しくなり、また”違う光を持つ魂”を探し始め、効率を上げるためにいくつもの箱庭を作り上げた。
 そんなふうにして、少しずつここの住人は増えていったのだ。
 箱庭は増えつづけ、いつしか女王一人では管理しきれなくなった。そこで女王は住人に箱庭を創造し、管理する力を与えた。
 そして”新たなる魂”を持ってここに連れてこられた者たちは、一人ひとつの箱庭を管理するようになった。
 しかし、どんなに多くの箱庭があっても魂無くして命はありえない。女王の力ですべての箱庭に魂を行き渡らせる事ができなくなると、今度は管理者の一部の者に魂を創り出す力を与え、いくつかの箱庭を任せるようになった。
 そうして、この世界には管理者、女神、女王の三つの立場が出来あがっていった。

 管理者は箱庭を創り、管理する。

 女神は魂を造り、箱庭に送り出す。

 そして、女王はすべての世界の時を管理する。

 管理者は自分の箱庭に”新たなる魂”が生まれるとその魂持つ者をこの世界に呼び、その者は新たな管理者となるのだ。







「――ってなわけで、ボクもそうやって管理者になったんだ」
「私もそうなるんですの?」
「うん、そうだよ♪」
 アルテナの前ではにこにこと笑いながら話しているが、絵瑠はこの”歴史”に疑問を抱いていた。
 この世界が出来た当初から存在するのは女王のみ。真実を知るのも女王のみなのだ。例え女王が嘘をついていても誰にもわからない。
 それを知る方法はひとつだけあるが、今の絵瑠では無理な話だ。
 その方法とは”時見の石”と呼ばれる道具を使うこと。
 箱庭が増え、時を管理しにくくなったために作り出したもので、それは今までの時をすべて記憶しており、また時空の属性を持ち、時間と空間を自由に操る力があるらしい。
 らしい、というのは絵瑠はそれを噂でしか知らないためだ。だが噂の域を出ないものでも、火のない所に煙は立たないものだ。


 ”時見の石”を見ることが出来れば真実がわかる・・・・。



 女王の行動はおかしいのだ。一人で居るのが寂しいから箱庭を造ったのならもう充分のはずだ。ここにはもう千以上の住人が居る。これ以上箱庭を増やす理由など無いではないか。
 箱庭という別世界の住人をここに引き込むのではなく、自分がそこに行けばいいではないか。
 絵瑠たち”管理者”がこの世界と箱庭世界を往復して過ごしているように。

 だがいくら考えても答えが出ないのもわかりきっている。・・・・・・判断材料が少なすぎるのだから。



 パレスはこの世界の中心地にある建物。淡いピンク色をした、クリスタルのような雰囲気を持つその建造物の住人は女王一人だ。
「こーんにーちわっ☆」
 大声で言うと、のっぺらぼうだったパレスの一角に穴が開く。
 実は絵瑠もここに来たのはまだ二回目で内部にはあまり詳しくない。
「行こうか」
 アルテナを連れて中に向けて歩き出した。
 中は一本道だった。外から見た大きさと不釣合いな気もするが、もとが想像の産物だ。あまり気にしないことにした。
 しばらく進むと正面に大きな扉が現れた。絵瑠の倍以上――絵瑠の背丈は一三〇ほどだ――の高さで、綺麗な赤い色をした扉。ふちは黄色で彩られている。
 絵瑠はこの扉に見覚えがあった。初めてここに来たときも同じ扉を見た。その時の記憶と同じなら、この扉の先に女王がいるはずである。
 手をかけると扉は音も無く開いた。・・・・・・触った手触りも、まるで現実感が無い。
 扉の向こうは、広いホールのような作りになっていた。
 その中央辺りで一人の少女がこちらを振り向く。
 彼女が”女王”だ。会うのは何年振りになるのだろう。絵瑠が”管理者”になって以来だから・・・・・・――計算し始めて、途中でそれを放棄した。
 この世界には暦がないし、それぞれ微妙に違う時間の刻み方をしている箱庭の基準で考えても意味がない。
 女王は、こちらを見てにっこりと笑った。
「待ってたわ♪」
 言いながらこちらに走り寄り、しっかとアルテナに抱きついた。
「あ、あの・・・」
 戸惑うアルテナ。
(そういえばボクもはじめての時こんな風にされたっけ・・・・)
 冷めた態度で女王の行動を見つめる絵瑠。
 女王は誰にでもこんな態度なのだろうか?
「初めまして、アルテナちゃん♪ ようこそいらっしゃいました」
 女王はアルテナの正面に立ち、折目正しく礼をしたが・・・・・・最初が最初なだけに今更な気もする。
 呆れ顔で女王の行動を見つめていると、突如女王の視線がこちらに向いた。
「何?」
 箱庭も管理者も女神も、その大元を創り出した女王の力なくしては存在できない。
 そんな創造神である女王に対して、絵瑠はいつもとまったく変わらぬ態度で無愛想に返す。
 だが女王は、そんな絵瑠の態度を気にするふうでもなく、にこにこと無邪気なまでに明るい笑みを浮かべていた。
「知ってるとは思うけど一人の女神の下に管理者は百人までって決まってるの。それ以上は女神が大変になっちゃうから。で、アルテナちゃん入る場所無いから絵瑠ちゃんが新しい女神になってくれる? 一通りアルテナちゃんを案内してあげたらも一度来てね、それじゃ♪」
「は・・・? ちょっと!」
 絵瑠が声をあげた時、すでに二人はパレスの外にいた。
「あの・・・・・・」
 アルテナが不安げにこちらを見つめている。
「んじゃとりあえず案内しよっか」
 ああいった明るさに慣れていない絵瑠は、精神的疲労を感じつつ、溜息混じりに言ったのだった。



 まず案内したのは街。とはいってもこの世界、街以外に案内する個所など存在しないが。
 ここで言う街とは、女神が治めている住人――”管理者”と彼らが住む土地を指すもので、木々や草原はあっても建物などはまったく存在しない。
 皆、創造能力を持っているのでお腹が空けば食べ物を創るし、眠りたくなれば家やベッドを出したりする。そして、必要がなくなればそれは消すか、自ら創り出した異空間にしまいこんでしまう。
 そういう理由でこの世界には建物といえば女王のパレスと女神の神殿しかなかった。神殿といってもささやかなもので、石造りの柱に屋根がくっついただけのシロモノだ。
 街についての説明をしてしまえば後は案内する個所など無い。
 アルテナにしばらく待っているように言って、一人でパレスに戻った。





「・・・・・あれ?」
 パレスには入り口は存在しない。必要な時に女王が自分の意思で入り口を作り出すのだ。てっきり消えていると思っていたパレスの入り口がまだそこに在った。
 戻ってくるのがわかっていたから開けっぱなしにしておいたのだろうか?
「まぁいいや」
 絵瑠はそれを気にしないことにして、パレスの内部へと入っていった。
 ・・・・・・だがパレスの様子がおかしい。
 さっきは一本道であったはずのパレス内部はさながら迷路のように変化していた。
「女王になにかあったのかな・・・」
 キョロキョロと辺りを見ながら絵瑠は奥へと進んだ。
 ふと、絵瑠の目に淡い光を放つ扉が目に入った。
 ゆっくりと、扉に手をかける。少しだけ開くと中に女王の姿が見えた。けれどどこか様子がおかしい。
 これ以上扉を開けるのは止めにして、絵瑠は自分本来の姿へと戻りほんの数センチの隙間から部屋の中へと入っていった。




 女王は扉に背を向けて水晶球を見つめていた。
 水晶にはアルテナの姿が映し出されていた。
(一体何を・・・?)
 女王の行動の意図が理解できずに呟く。けれど運の良い事に、それは音にならなかった。絵瑠の今の姿は人間の姿ではなく、アメーバのような姿だったから。
 女王はふうと小さく息をついて水晶の映像を消した。
「絵瑠ちゃんに頼みたいことがあるの」
 女王はこちらを見ていない。気付かれていないつもりだった・・・が、女王は気付いていたようだ。いや、多分女王は自らの意思で絵瑠をここに招き入れたのだろう。
(内容に・・・・っと、このままじゃダメだっけ)
 この姿では声が出せないことに気付いて人間の姿に変化しようとしたが、女王の言葉がそれを止めた。
「いいよ。そのままでも聞こえる」
(え・・・?)
「頼める?」
(内容によるよ)
 相手はこの世界を創り出した神とも言える存在、女王。けれど絵瑠にはそんなもの関係無かった。
 物怖じしない絵瑠の態度に感心したのか女王がクスクスと笑った。

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