Web拍手 TOP幻想の主神様シリーズ

 神様の居ない宇〜第2章・箱庭の宇宙 2話 

 一人残されたアルテナは暇を持て余し、とりあえず周囲の景色を眺めていた。
 アルテナにはこの地がとても寂しい場所に感じられた。
 自分が会っていないだけで人はたくさん居るんだろう。木々もあるし、森には獣もいた。けれどどこか違うのだ。アルテナが見た動物たちはアルテナが住んでいた世界の動物たちと比べておとなしかった。まるで生きていないような・・・そんな感じを受けた。
「あ、いたいたっ」
 呑気な声とともに二人の少女と青年が一人、姿を現わした。
 突然降ってわいたように現れた彼ら。
「絵瑠が連れてきた新しいコってきみだよね」
 賑やかに騒ぎ立てる彼らに圧倒されながらアルテナは小さく頷いた。
「やっぱりっ、絵瑠がこっちに居続けるなんて珍しいからさ」
「絶対なんかあると思ったんだよねー♪」
 三人は手を叩き合って明るく笑った。
「あの・・・マリエル様は普段こちらにはいらっしゃらないんですの?」
「うん。いっつも向こうにいてさぁ、戻ってきてもまたすぐ向こうに行っちゃうもん」
「トンボ帰りってやつ」
 そうして三人はまたマリエルの話題で盛り上がり始めた。アルテナは会話に入ることが出来なかったが、マリエルのことを少し知ることが出来た。
 彼らはマリエルと同じ街の者らしい。マリエルは街にいることは滅多になく、いつも自分の箱庭に居たのだそうだ。たまに戻ってきてもほんの数時間でまた箱庭のほうに戻ってしまうのだという。
 たいていの管理者が自分の箱庭に執着を持たず、外から箱庭を眺めて役目をこなしている。
 自ら箱庭に行き箱庭内部に居ることが多い者といえば、箱庭をより良くしようという考えを持つ者ばかり。
 そんな中で、ただ遊びに行くためだけに箱庭に行くマリエルは、管理者たちの間でも目立った存在だった。同じ街の者だけでなく、違う街の者にまで名前が知られているような。

 しばらく話していると、遠くからマリエルの声が聞こえた。
「ごめんねー、待たせちゃって」
 声のほうに視線を向けると、大きく手を振ってこちらに歩いてくるマリエルの姿が見えた。
「おっかえりー、絵瑠。新人さん待たせちゃだめだよぉ」
 さっきまで盛り上がっていた話を打ち切って、一人がマリエルに声をかけた。
 マリエルは、アルテナの周りに集まっている住人たちを見て呆れ顔になる。
「なにやってんの?」
「新しいコを見に来たの。ねぇ、このコはどこに来るの?」
 その質問を聞いてマリエルは待ってましたとでも言うようニィッと笑った。
「どこだと思う?」
 優越感たっぷりの笑み。
 その表情を見てか野次馬根性たっぷりの住人に動揺がはしる。
「まさか・・・・・・・」
「ふふん♪ ボクのところだよ」
「絵瑠、女神になったの!?」
「うん、ほんの少し前にね」
「それでこのコ待たせてたんだ」
「うん。それじゃボクもう行かなきゃ。またねっ☆」
 マリエルが歩き出す。アルテナもそれに遅れまいとあとから歩き出した。
 数分ほど歩くと森を抜けた先に広い草原が見えた。草原にぽつんと石造りの建物がある。
「ここがボクたちの場所だよ」
 そう言うとマリエルはくるりとこちらを向いて右手を差し出した。
「これからよろしくね、アルテナ」
「は、はいっ」
 アルテナも慌てて挨拶を返し差し出された手を握り返す。
 マリエルは明るい笑顔を見せてくれた。
「いきなり宇宙を創れっても無理な話だから、最初は星からね♪」
 そうして、マリエルは管理者が持つ能力について色々と説明をしてくれた。
 創造能力は個人差があって使い方は自分で理解するしかないことや自分の箱庭の中では時間を操ることと、魂を消滅・創造する以外ならほぼなんでもできること、などなど。
 星を創る事、それはアルテナが思っていた以上に簡単にできた。
 自分の理想の国、星・・・・それが欲しいと願っただけで、簡単に箱庭が出来てしまったのだ。
 あまりにもスムーズに出来てしまったことに多少の戸惑いを覚え、アルテナは後ろから見ていたマリエルのほうに振り返った。
 マリエルは楽しそうに笑って、行って見るといい、と返してくれた。
 その笑顔に後押しされ、アルテナは箱庭の中へと降り立った。

 ・・・・・・最初に目を向けたその星は、アルテナの故郷に良く似ていた。

「へぇ、なんかアルテナのとこと似てるねェ」
 突然聞こえた声にアルテナは慌てて後ろを見た。
「? どしたの?」
 当のマリエル本人は不思議そうにアルテナを見つめかえした。
「いえ、なんでもないです」
 そう言ってアルテナは苦笑した。
 来る時、マリエルはまだ外に居た。マリエルはこちらには来ないと思っていた。自分一人で来たものだと思っていたのだ。
 マリエルの登場に少し驚いたが、マリエルはアルテナの上に立つ能力を与えられた”女神”だ。こういうことも出きるのだろうとなんとなく納得して、視線を星へと戻す。
 建物は無いにしても、その風景や気候はアルテナの住んでいた星とよく似ていた。
 余韻に浸り、その光景を眺めていると、マリエルは小躍りでもするような歩みでアルテナの真正面に立った。
「ボクの女神としての初仕事だからね。出血大サービスだよっ☆」
 くるりとアルテナに背を向け、両手を上に掲げるとその手から光が溢れはじめた。
 光は柱となって上に昇り、まるで雪のようにこの星に降り注ぐ。
「綺麗・・・・・」
 アルテナは自分の目の前に立つ一本の光の柱と、上から降り注ぐ光の雪に見惚れてその場に立ち尽くした。
 どれくらい時間が経っただろうか・・・・・ふと気付くと光の柱は消え、マリエルがこちらを見つめていた。
 雪はまだ降りつづけている、いや降っているというよりは漂っていると言ったほうが正しいだろう。
 さっきまでは雪が増え続けていたので降っているように感じたが、どうやら雪は下に下りてくることはないようだ。
「やっと気付いたぁ。さっきからずっと見てたんだよ?」
 マリエルは腰に両手を当て、拗ねたような口調と表情をして見せた。
 わざとそうしているんであろうことはすぐにわかった。だってマリエルの表情と口調は拗ねていてもその瞳だけは楽しんでいた。何を? と聞かれるとそこまではわからないが。
「あ、・・・ごめんなさい」
 とりあえずマリエルに悪いことをしてしまったと思ったアルテナは慌てて謝った。
 アルテナがあんまり慌てていたことにだろうか、マリエルが小さく吹き出し、爆笑した。
「気にしなくていいよ。それよりっ、ここから先はキミの仕事だよ☆」
「え?」
「ボクの役目はここに魂を送ること。魂無くして命は存在できないからね。でも、魂が命として存在するためには器が必要だ。その器を創るのは、管理者であるアルテナ。キミの役目だよ。んじゃ、用は済んだからボク、もう帰るね」
「え? マリエル様っ!?」
「大丈夫だよ、さっきこの星を創ったのと同じ要領でやればいいんだから」
 アルテナの焦ったような問いにマリエルは笑顔で答え、さっさと消えてしまった。
 一人取り残されたアルテナはぷぅっと頬を膨らませてマリエルが消えた先を見つめた。
「さっきと同じ要領でって言われましても・・・よくわかりませんの」
 それでも、アルテナはさっき星を創り出したときと同じようにイメージする。
 この星に人々が住む光景を、街があり国があるアルテナの故郷の姿を。
 次の瞬間、星は人々であふれた。
「うそ・・・・・・」
 慌てて空中に浮かび上がる。
 街には人々があふれ、人々は何事も無かったかのように普通に生活していた。

――言ったでしょ、出血大サービスだよって♪――
 
 アルテナの耳にマリエルの言葉が響いた。
「どいういう意味ですの?」

――魂にある程度の記憶を創っておいたんだ。いきなり知性の高い生物の器とかに入っても大丈夫なようにね。でもこれは最初だからだよ。本当はちゃんと進化の過程をたどらないといけないんだから☆――

 アルテナはもう一度、星を見渡した。
 人が居て、街がある。本来ならあり得るはずの無い、一瞬での進化。
 ここは失った故郷に良く似ている。
 もういない母のことが思い出された。
「・・・・私は・・・母様の娘になりたかった・・・・・。ねぇ・・・人間にはなれなくても、人間と一緒に暮らすことぐらいは許されますよね・・・」
 アルテナの頬を水が伝う。

 絶対に流すことなどないと――自分には流せないものだと思っていた・・・・・・涙。

 そっと、自らの瞳から零れ落ちる水を拭い取った。
「マリエル様も戻らないことが多かったみたいですし、私もしばらくここにとどまっても問題無いと思いますの♪」
 誰に言うでもなく、そっと呟いた。
 自分に対する自己弁護だったのかもしれない。止めて欲しかったのかもしれない。
 だって、きっともっと寂しくなる・・・・・・・。
 けれどここにはアルテナを止めてくれる人も、アルテナに同意してくれる人もいなかった。
 アルテナは真下に見える街に向かって空を滑り降りた。

前へ<<  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主神様シリーズ