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 神様の居ない宇〜第2章・箱庭の宇宙 3話 

「ユーウーキーちゃんっ☆」
 アルテナを見送った絵瑠はその後、自分の箱庭へと戻っていた。
「絵瑠っ」
 結城が嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。
 絵瑠のすぐ前で立ち止まると怒ったような表情で問い掛けてきた。
「どこに行ってたんだよ」
「どこって・・・お家」
 わざと理解しにくいような答え方をして見せた。が、結城はその言葉の意味を理解できたらしい。
「いつもは行ったってすぐ帰ってくるだろ?」
「ああ、ちょっとイロイロあったんだ☆ それで相談があるんだけど」
「相談?」
「うん♪ ボクと一緒に来ない? この世界はもうすぐなくなっちゃうけど、ボクユーキちゃんは好きだから一緒にいたいなv」
 結城の表情が変わった。
 彼の表情に先ほどまでの拗ねた様子は見られない。真剣に聞き返してきた。
「なくなるってどういうことなんだよ」
「ボク”女神”になったの。だからもう箱庭を管理する必要はなくなったんだ」
 結城が俯く。考え込んでいるようだ。
「オレも絵瑠は好きだけど・・・・・でもオレ、”女王”の思うようにさせるわけには――」
 言いかけた結城の言葉を絵瑠の手が遮る。
「大丈夫だよ。ユーキちゃんが心配してるようなことにはならない・・・・させないから」
 結城は絵瑠よりも少しだけ背が高い。絵瑠は結城の正面で、顔を上げて結城と視線を合わせた。
 そうして、にっこりと笑う。悪戯っぽい笑み――悪気を知らない子供のような。
「うん・・・」
 そんな絵瑠の瞳に操られるかのように、結城はゆっくりと頷いた。






 その星で、アルテナは普通に生活していた。
 管理者としての能力をフルに使い、家とその社会での居場所を作り上げたのだ。
 ”アルテナ”は体験したことのない生活。本物のアルテナはきっとこんな生活が普通だったのだろう。
 心から、彼女が羨ましいと思った。普通の生活ができても、ここには母様がいない。
 それでもアルテナは今の生活を楽しんでいた。
「おはよっ」
 バンっと勢いよく背中を叩いて一人の少女がアルテナに挨拶をした。
「おはようございます、フィスト」
 彼女の名はそんなに長くもないのだが、愛称で呼び合うことが流行していたため、いつも彼女を愛称のフィストと言う名で呼んでいた。
 彼女の腕や足にいくつかの傷を見つけアルテナは嘆息した。
「フィスト・・・また喧嘩したんですの?」
 指摘され、フィストはニッと勝ち誇った笑みを見せた。
「勝ったよ」
 アルテナは小さく息を吐いてフィストを見る。
「怪我には気をつけてくださいな」
「わかってるって。あたしはそんなドジなことしないよ」
 彼女のそんな物言いに思わず笑みがこぼれる。フィストはアルテナの態度を見てかすぐに言葉を続けた。
「んもうっ、なんで笑うのよぉ。そこは笑うところじゃないでしょ」
 きっとフィストの喧嘩友達(?)は知らないだろう。彼女もこんなに可愛い態度や表情を見せることがあるのだということ。アルテナはそれを思うとまたくすくすという楽しげな笑い声をあげた。
 ふと、思う。
 こんな風に人と関わったことなんてあっただろうか。
 生まれてこの方自分には母様しか居なくて、外に出るようになっても結局外の人と関わることはなかった。
 フィストは、アルテナにとって特別な人になりつつあった。
 初めての友達・・・・・・・・・・・・・――しかし、それは長くは続かなかった。
 フィストには寿命が存在した。
 そして、アルテナにはそれがなかった。


 フィストが居なくなってから数万年の年月が流れ、その間にアルテナの管理する箱庭にはたくさんの星と文明ができていた。
 アルテナはずっと彼女の魂を探していた。
 いつか必ず転生するはずの彼女の魂を・・・・・・・・。



「お姉ちゃん、妖精さん?」
 その小さな女の子は、そう問い掛けてきた。
 アルテナは目を丸くしてその女の子を見つめた。だってアルテナは姿が見えないようにして行動していたのだ。
 妖精と言ったのは多分アルテナが空を飛んでいたからだろう。この星では魔法文明は発達していないようだから。
 一瞬不思議に思った。姿は消しているはずなのにどうして・・・・。
 けれどよく見ればすぐにそのわけは理解できた。
 彼女・・・・フィストだ。アルテナ自身が彼女にもう一度逢いたいと思っていたから、きっと無意識のうちに彼女の前に姿を見せてしまったのだろう。
「いいえ、妖精ではありませんわ。・・・またお会いしましょう」
 アルテナはにっこりと笑って彼女の前から去った。彼女がもう少し成長してから、それから会いに来ようと思った。


 それからその星の時間にして十数年後。
 アルテナは彼女の級友としてそこで暮らしていた。
 確かに彼女はフィストとは別人だが、フィストと同じところもあった。なんと言おうか・・・・彼女が纏っている雰囲気とでも言おうか、そんなものがフィストと彼女は良く似ていた。
 彼女の名はディア・フェルノーラ。少し紫色が混じった黒髪と赤紫の瞳をしている。その髪は染めているわけではなく天然らしい。
 この世界の文明はまだ若く、きちんと統治されていない土地もあった。
 ディアはそんな土地の一つに住んでいた。アルテナは数ヶ月前にそこに越してきたことになっている。もと居た町のことは言っていないし、誰も聞かない。そうなるようにしているから。
 この数ヶ月の間でディアとアルテナは親友と呼べるほどに仲良くなっていた。
 

 その日ディアは、にこにことしまりのない笑みを浮かべてアルテナのもとにやってきた。
 アルテナは唖然として彼女に問い掛けた。
「いったい何があったんですの・・?」
 聞かれてディアはにっこにこと笑いながらアルテナに飛びついた。
「ちょ、ちょっと・・・ディア?」
「うふふふふv」
「不気味ですの・・・・・」
「ひっどーいっ、わたしのどこが不気味だって言うの」
 アルテナの一言に、ディアはアルテナに抱きつくのを止め、半眼でぼやいた。アルテナも呆れ顔でそれに答える。
「その不気味な笑いがですの」
「だって、すっっごく嬉しいんだもん」
「何があったんですの?」
 その質問に、ディアはもったいつけたような笑みを見せてゆっくりと一秒、二秒・・・間を置いてから答えた。
「彼氏ができたのv」
 詳しく話を聞いたところ、その彼氏とは町の酒場で出会ったらしい。その酒場はディアの両親が経営する食堂がいつも店に出す酒などを注文している店で、ディアは時々両親の手伝いで注文をしに行っていた。
 一方彼は、一週間ほど前からその酒場でバイトを始めていたらしい。その酒場で二人は出会い、今日めでたく恋人同士となったわけだ。
「それじゃ早速その彼氏さんを見に行きますの♪」
「うんv」
 アルテナの提案に、ディアは嬉しそうに頷いた。


 彼は酒場の奥のテーブルで片付け物をしていた。
 短い薄茶の髪と青緑の瞳、かなりがっしりとした体格でアルテナより頭一つ二つ大きかった。
「結構ハンサムな方ですのね♪」
「でしょぉ。レオルって言うのよ」
 そう言ってディアは手を振って彼の名を呼んだ。
 彼―レオルはディアに気づくとにこりと笑ってこちらに歩いてきた。
「やぁ、ディア。隣はお友達?」
「ええ、アルテナって言うの。わたしの親友よ」
 アルテナがぺこっと頭を下げるとレオルは人好きのする笑みを浮かべて初めましてと挨拶をしてくれた。




 それからは、三人で一緒に居ることが多くなった。
 アルテナは一応恋人同士の二人に遠慮するような態度も見せたのだが、二人は・・・ディアはあまりに気ならないらしい。
 遊びに行くと言ってはアルテナを誘ってくれた。


 けれどそんな幸せの時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。
 町で殺人事件が起きたのだ。
 ・・・・・・殺されたのはディア。犯人は捕まっていない。
 ディアが居なくなってから、レオルがよそよそしくなった。
 多少寂しくもあったがディアがいなくなって落ち込んでいるのだろうと思い、彼のことはあまり気に留めていなかった。

 ディアがいないのならばもうこの地にいる理由はない。さっさとディアの次の転生先を見つけたかった。
 アルテナがこの地を去ることを決め、その準備をしている時だった。
 乱暴な音と共にドアが開き、その向こうに怒りを滲ませたレオルの姿があった。
「レオルさん?」
 突然の来訪、しかも彼は自分に対して明らかに敵意を持っている。
 何があったのかわからず、アルテナはとりあえず彼の次の行動を待った。
「どうしてディアを殺した!!」
 それは予想もしない言葉だった。
 アルテナはディアを殺してなんかいない。それは自分自身が一番よくわかっていることだ。
「何のことですの!? 私は彼女を殺してなどいません」
「嘘を言うな! 見たんだ・・・あんたがディアを殺す瞬間を!!」
「見間違いではないんですか? 私は何も――」
 レオルはもうアルテナの声など聞いていなかった。
 レオルが凶器を手にしてアルテナに向かってきた次の瞬間、レオルは突如消えてしまった。
 いや、消えたというよりは・・・・――。
 アルテナには何が起こったのかまったくわからず、疑問を抱いたままその場を後にすることとなった。

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