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 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 1話 

 賑やかな街並――中央島サリスの主都・リディア。アルテナはその街を住宅地の方へ向かって歩いていた。
 子供達が横を駆けて行く。その一人が歩いてくるアルテナを避けきれず、ぶつかった。
「大丈夫?」
 慌ててその少女を支えて、少女を覗き込む。
「うんっ」
 少女のすぐ後ろにいた少年もアルテナの前で立ち止まり、アルテナに向かってにっこりと笑いかけた。
「ありがと、お姉さん。エイリ、大丈夫?」
 少年の問いかけにエイリと呼ばれた少女も笑って返す。
「大丈夫だよ。ありがと、ラギ」
「おーいっ、何してるんだよ!」
 先に行った子供達の声だ。二人はアルテナにペコリと小さくお辞儀をして、友達の元へと駆けて行った。
 楽しそうに笑い合う子供達を見送って、アルテナは再度歩き始める。
 目的地は、もうすぐだ。







「人間ってバカだよねぇ」
 宇宙からサリフィスを見つめて絵瑠は呆れ顔でぼやいた。
「馬鹿ってなにが?」
 結城の問いに、絵瑠は黙ってサリフィスのいくつかの建物を指差した。
 全て研究所だ。
「ああ」
 結城は納得したように呟いて、平然とした様子で言葉を続けた。
「でも仕方ないよ。普通の人は世界の法則なんてわからないし」
「まぁね」
 魂無き者は心を持てない。それは世界の法則の一つ。
 どんなに研究を繰り返し、技術的・理論的にはそれが可能だと思われていたとしても、人工的に造られた生物ならぬ命に魂は宿らない。
 もしかしたら、限りなく心に近いものを持っている現実と、それでも心を持てない造り物である現実・・・・その歪みが”新たなる魂”という異質な者を創り出しているのかもしれない・・・・。
「あれ・・・?」
 結城の呟きというには少し大きな声に絵瑠の考え事は中断された。
「何?」
「あれ、レオルじゃないの?」
 主都リディアにある中央研究所で、心を持ったドールを研究している人間。その人間からは確かに、レオルと同質の色が視えていた。
 やっと気付いた結城にクスリと薄い笑みを返して、絵瑠は少しばかりオーバーな言いまわしをした。
「やぁだ。やっと気付いたの? 遅いよ、ユーキちゃん☆」
 思っていた通り、結城は頬を膨らませて拗ねたような表情を見せてくれた。
 そんな結城を横目で見て、絵瑠は自分の考え事に集中する。
 レオルは思った通りに動いてくれた。
 いつまでも”新たなる魂”が生まれなければ、きっとレオルは自分の手で何とかするだろうと思った。少しでも早く、アルテナを倒す力を手にするために。
「あの研究者はより強いドールを目指し、感情を持ったドールの研究をしていた。レオルはそれを利用して自分の手で”新たなる魂”を造ろうとしてるんだよ」
 絵瑠はアルテナにばれないよう気をつけながら、結城の手も借りて新たなる魂が生まれないよう手を打っていたのだ。絵瑠の監視下で”新たなる魂”を持つ人工生命を埋まれさせるために。
 ・・・・・・レオルが動き出した今、すべきはレオルとアルテナ、二人の行動を見守るのみ。
 結城がそんな絵瑠の行動に疑問を抱いていたのは知っている。だが実はあまり深い理由はない。
 出来るだけ早く、生まれてきた”新たなる魂”とレオルと干渉させたかった。ただそれだけだ。
 生まれる前から出会っていてくれるのが一番楽。そうすればレオルを動かさずとも、ただ待っていればよい。面倒な手間をかけるのは好きではないが、時間だけはいくらでもあるのだ。
「ユーキちゃん、まだ迷ってるんだ?」
 絵瑠は世界を滅ぼさないために動いているんだと何度説明しても、結城の表情は時々暗くなる。自分達の長の言葉と、絵瑠の言葉の狭間で迷っているのだ。どちらが真実なのか。
 結城の長は、女王は自分の生まれ故郷に帰る力を得るために――女王がこの世界を捨てるということはそのまま、世界の崩壊に繋がる――新たなる魂を集めていると言っているらしい。けれど結城はもう気付いているはずだ。その言葉には矛盾があることに。
 悩む結城を前に絵瑠はクスリと笑って視線を島のほうへと戻す。
 少しずつだが、時は、確実に絵瑠の思った通りの方向へと進んでいた・・・・・・・。








 チャイムが、鳴った。
 羅魏はもう帰ってきて奥にいる。この時間に友達が誘いに来るはずもない。水道やら電気やらの集金が家に来るのは地方だけ。
 では、誰だろう。
「出てみるのが一番早いのでは?」
 平淡な声と表情で言われてアクロフィーズは苦笑した。
「ま、それもそうね。変なのだったら追い返せば良いだけの話だし」
 ドアを開けると、そこには見たことのない少女が居た。
 ウェーブのかかった金髪と緑の瞳を持つ、アクロフィーズと同じくらいの年齢の少女。
 彼女はにっこりと笑って、はじめましてとお辞儀をした。
「私、今日お隣に引っ越してまいりましたの」
「は?」
 アクロフィーズは思わずマヌケな言葉を返してしまった。
「えっと、・・・お引越しの挨拶をしに来たってこと・・・?」
「はい♪」
(珍しい人・・・田舎の方から来たのかな?)
 この辺りは引越しが多い。来るのも、出て行くのもだ。
 そのせいだろうか。引越しと言うのが珍しくないここでは、引越しの挨拶というのを実行する人は滅多にいない。
 アクロフィーズのそんな表情に気付いたのか気付いていないのか。
 彼女はにこにこと笑っていた。
「私はアルテナと申します。どうぞ宜しくお願い致しますの」
「あ・・・はい。こちらこそ」
 反射的に言葉を返す。アルテナはにこりと笑って再度お辞儀をすると、またと短く言って隣のドアの向こうに消えた。
「こちらの名前。名乗らなくて良かったんですか?」
「いいんじゃない? 表札見ればわかることだし」
「そうですか・・・」
 常識から言えば、名乗ってもらったのだからこちらも名乗るのが礼儀だろう。けれどお引越しの挨拶という珍しいその行動に気を取られて、すっかり忘れていたのだ。
 さすがに由愛――自分のすぐ後ろでまだ少し悩んでいるお手伝い用ドール――は、こういう事態でも常識を忘れたりはしないようだが。
「お客さん?」
 いつのまにか、羅魏が居間に下りてきていた。
「ええ。でも、もう帰ってしまわれましたけど」
「ふーん・・・・」
 特にお客を気にするでもなく、羅魏はとりあえずといった感じでテレビをつけた。
 由愛がにっこりと笑顔を見せた。ただしその笑顔はいつも変わらない。笑ったほうが良いと思われる場では同じ表情で同じように笑うのだ。
「そろそろお夕飯お作りしますね」
「お願いね、由愛♪」
 家事がまったく出来ないアクロフィーズは、家のことは全て由愛に任せっきりだ。
「女の人って料理とか得意なんじゃないの?」
 羅魏の淡々とした口調のツッコミに、アクロフィーズはぷぅっと頬を膨らませた。

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