■■ 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 2話 ■■
もう夜も遅い時間にチャイムが鳴った。
(こんな時間に・・・・・・いったい誰だろう?)
そう思いつつ、彼女は扉を開けた。
扉をあけた時、彼女の瞳に映ったその人物は・・・・・・・・――。
「どなたですの?」
この地に知り合いなど一人も居ないはずだ。
もしかしたら訪問販売の類いかもしれないと思い、とりあえず扉を開けてみた。
けれど彼はどこからどう見ても、訪問販売の人には見えなかった。
「こんにちは、あなたに話があって参りました。キリトと言います」
キリトと名乗った彼。
・・・・・・どこかで、会ったことがあるような気がした。
そんなアルテナの心の内に気づいていないのか、彼は言葉を続ける。
「私は”新たなる魂”を造りたい。協力してくれますか? アルテナ・・・・」
その言葉で気付くことができた・・・・・・彼は、誰なのか。
レオル・エスナだ。
「貴方は、私を憎んでいたはずではないですの?」
「ええ、憎んでいますよ。今も。けれどこのままでは勝てないこともわかっています。貴方も”新たなる魂”は必要でしょう? 作り上げるところまでは協力し合い、その後は早い者勝ちです」
確かに”新たなる魂”はアルテナにとっても必要なものだ。もともと管理者の役目は”新たなる魂”を探し出し女王の元へ導くことなのだ。
「考えさせてください・・・・」
そう答えたアルテナに対し、レオルは薄笑いで答えた。
スッとレオルから意識を外し、瞳を閉じて少し離れたある場所へと意識を向ける。レオルの言葉がどこまで真実なのか確認するためだ。
この宇宙の創造者であるアルテナは、この宇宙内のことならばだいたい感知することができる。
同じ星の、同じ島にある研究所のデータを視ることなど造作もなかった。
中央研究所のデータを洗い出した結果、キリトは最初から感情を持つドールの研究をしていたわけではなかったらしいことがわかった。前々から考えてはいたらしいが、実際に手をつけたのはレオルに乗り移られてから。
先ほどすぐにレオルのことに気付かなかったことから考えて、多分まだキリトの意識はそこに存在している。
だとすれば・・・・・レオルは自由に動くことが出来るわけではない。
こちらがつけいる隙は充分にある。能力の強さもあって、もともとこちらの方が有利なのだ。
「私は、何をすれば良いんですの?」
それが、アルテナの出した答えだった。
閉じていた瞳を開いてレオルを見据える。
レオルは、笑って答えた。
「簡単ですよ。貴方にしていただきたいことは一つだけ。羅魏をこの時代から引き離してください」
そうしてレオルが語りはじめたのは、この宇宙でレオルがやってきたいくつかの出来事だった。
セリシアと呼ばれる世界で魂を喰らっていたレオルは、その世界の住人にこのサリフィス世界に飛ばされた。
その後、この星でも他の星でやってきたのと同じように怪物をばら撒き、命を奪い、魂を吸収していった。けれどそれでも”新たなる魂”を手に入れなければ絶対に管理者に勝つことは出来ない。
そこで目をつけたのはドール。”新たなる魂”というのは心を持った人工生命とも言える存在。
ドールに感情を与えることで”新たなる魂”が生まれてこないかと思ったのだ。けれどそれは全て失敗に終った。
次に目をつけたのがこのキリトという人間。この時代で最高の技術者だった。彼はレオルを倒すためのドール兵器を研究していた。邪魔だったのだ、一言で言えば。
そこでキリトの体を乗っ取り、表面上はキリトの研究を引き継ぎつつ、感情を持つドールの研究を進めていた。
キリトはレオルの意識を中途半端に読み取って勘違いし、レオルとは別の目的を持ってそのドール兵器・羅魏に感情を与える研究を始めてくれた。
レオルにとってはとても都合がよかった。その結果、羅魏は感情を持っているかのような行動ができるようになった。しかし、それでもやはり感情を持つドールは造れなかったのだ。
「それとその羅魏というドールをこの時代から引き離すこととどう関係があるんですの?」
「簡単ですよ。ドールと知って接するから、彼も自分をドールと自覚し、ドールとして振舞う。ならば、彼を人間として扱ってくれる者の元にやればいいんですよ。まぁ、これも賭けのようなものですけどね」
「わかりました。私は羅魏をこの時代から引き離すきっかけを作ります」
アルテナはふわりと中空に浮かび上がり、下を見つめた。
彼女の取った方法は、人間たちが羅魏を未来へ残すよう仕向けること。
それは簡単な予見というか、お告げというか。そんなものだったが、怪物に追われ、切羽詰っていた人間達はあっさりとそれに従ってくれた。
「あなたが羅魏の製作の責任者なのでしょう? これで羅魏を未来へやる理由ができました」
「ええ、充分です。私は破壊しか出来ませんからね。人を動かすのは苦手なんですよ」
そうして、レオルはその瞳に憎しみの炎を消さぬまま、アルテナに向かって笑った。
事態は進んでいく。
この箱庭で最初の”新たなる魂”が生まれようとしている。
クス・・・・。
絵瑠の笑みに気付いて結城が問う。
「今度は何?」
「レオルもなかなか策士だね。アルテナは気付くかな?」
「だから何に」
結城は気付いていないようだ。レオルの本当の狙いは羅魏ではないことに。
心を持つ人工生命。それに”新たなる魂”が宿る確率はとても高い。だからこそ、心を持つ人工生命を作り上げるのはとても難しいのだ。
少なくとも、羅魏が心を持つなんてあり得ない。羅魏はもう自分を自覚し、その精神バランスも安定してしまっている。
「羅魏が”新たなる魂”を持てるワケないってことだよ。ボクが手を貸すなら別だけどね」
クスクスクス・・・・。
絵瑠は楽しそうに笑って羅魏が封印されようとしているその地を見つめた。
もうすぐ、生まれる。
はじまる・・・・・・・・・・・・・・。
「さて、ボクも準備を始めないとね♪」
結城が眉をひそめて絵瑠の言動を見つめている。
「彼に運命(さだめ)をあげる・・・。絶対に逃がさないよ!」
くすくすと笑いながら、絵瑠は封印の地へと降りていった。
「どういうつもり!?」
中央研究所の最奥、キリトの部屋。アクロフィーズはそこにやってきていた。
羅魏はマスターであるキリトに従い、眠りについた。
アクロフィーズの剣幕に、キリトは冷静に答えた。
「それは羅魏を引き取りに行った時説明しただろう?」
「そっちじゃなくて――」
言いかけるアクロフィーズに、キリトはさもいま思い出したかのように言い足す。
「ああ、それは私の決定じゃないよ。古い頭の連中だ」
「私はそれでも良かったのに・・・・・・・・」
アクロフィーズが俯いて呟く。
いくらキリトがこの研究所の最高責任者であっても、キリト一人で全てが決定されているわけではない。
特に古くからこの研究所に居る者たち・・・・彼らの言葉は完全に無視することは出来ない。
羅魏の封印に対して条件をつけてきたのも彼らだ。
実際キリト・・・・・・いや、彼はもうここには居ない。彼の意識はすでにすべて消失してしまった。
レオルには邪魔なだけなのだ。羅魏の監視役など無意味でしかない。例えば羅魏が暴走したとして・・・誰が彼を止められると言うのだ。無限の魔力を持った彼を。
アクロフィーズ自身も、わかっているはずだ。今更何を言ったって決定は覆せない。
もう、羅魏は居ない。
羅魏はこの文明が滅びた後に目覚めるだろう。