■■ 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 3話 ■■
バフンッ!!
クッションが勢いよく部屋の壁に叩きつけられる。
荒れるアクロフィーズを、由愛はおろおろと見つめていた。
しばらく暴れたことで落ちついたのか、アクロフィーズは荒い息を吐きながら居間のソファーに座りこんだ。
「・・・・・・絶対おかしい」
そう呟いたアクロフィーズの瞳は真剣そのものだった。由愛が疑問の表情を投げかける。
「だって・・・違う。キリトがキリトじゃないみたい・・・。だってキリトはあんな喋り方しない! あんな表情しない!!
・・・・・・・絶対、あんなこと言わない・・・。
長老連中は戦闘兵器のドールにまで感情を与えようとしてた。でもキリトはそれに反対してたのよ?
もし成功したとしても、心まで兵器なんだと知ったらそのドールはとても哀しむに違いないって・・・・そのキリトが、ドールを道具扱いするようなこと言うわけない!」
アルテナは、一瞬身を固くした。
中央研究所から帰ってきた時の様子がおかしかったのが気になって、アクロフィーズを見ていたのだ。
キリトのことを教えたい気持ちもあったが、そんなことをすれば怪しまれるのがオチである。
アクロフィーズが会ったキリトはもう完全にレオルに意識を喰われてしまっているが、キリトの意識は別のところに存在していた。
キリトがレオルから逃れる手段として自分のコピーを作ろうとしていたことに気付き、レオルにもキリト本人にも内緒でその作業に協力したのだ。
レオルはまだ気付いていない。キリトがまだ生きているという事に――・・・・・・生きているとは違うかもしれない。けれど存在しているのは確かだ。
そして、アルテナはレオルも自分に内緒で何らかの手を打っているだろうことを予想していた。アルテナを出し抜く策がなければ、取引など持ちこんではこないだろうから。
レオルに隠れてのキリトに対する協力。それはレオルの憎しみの犠牲になってしまった者への罪滅ぼしのようなものだった。何度言われても覚えはないが、それでもレオルのあの行動にはアルテナの責任もあるのだから。
アルテナはふぅと息を吐いて、アクロフィーズのほうに意識を戻した。アクロフィーズは、真剣な表情で、何か考えこんでいるようだった。
アクロフィーズの瞳に、ほんの一瞬だけ寂しげなものが見えた。だがそれはすぐに消え、固い決意を漲らせた表情を見せた。
「・・・・・・由愛、私決めた。長老連中の言う事なんて知らない。何が何でも羅魏のところに行くわ」
由愛は驚きもしなければ止めもしなかった。
アクロフィーズの決めたことならばと頷いただけだった。
アクロフィーズはにこりと笑顔を見せた。そしてゆっくりとした足取りで、部屋を出ていった。
アクロフィーズの宣言を聞いて、アルテナは小さく溜息をついた。
長老たちを動かしたのはレオルだ。
アクロフィーズは羅魏の監視役として羅魏と共に行くことになっていた。
それは頭の固い長老達が、ドールのみで行動させることに不安を感じていたからだ。しかし、実際にはドールのみで行動させる結果となった。監視役を邪魔に思ったレオルは、羅魏の能力の高さを理由に監視役など意味はないと言い張ったのだ。
もちろんそれだけで一度決まった決定が覆されるはずもないから、レオルは他にもなにか細工したのだろうが。
ともあれ、彼女がいない場所に興味はない。
「四千年ほど、暇つぶしが必要ですの」
ふぅと軽く息をついて、アルテナはその部屋を後にした。
部屋は一瞬にして、家具も何もない殺風景なものに変化していた。
「ひまっ!」
ぶすっとした絵瑠の顔を、結城はそろそろと覗きこんだ。
「暇って・・・・やることあるんじゃないの?」
絵瑠は封印の地へ赴いたその数時間後、あっという間に宇宙(そら)に戻ってきていた。
レオルがアルテナに秘密で用意した存在――確実に感情を与えるために造りあげた、自分をドールと認識しないドール。
どうせ普通に戦ってはアルテナに勝てない。勝てなければ新たなる魂はアルテナに取られる。それゆえの策がニ体目のドールだった。ただし状況の都合上、羅魏の身体の中にもう一つのドールの核を入れていたが。
絵瑠は彼らがこちらに都合良く動いてくれるようにしたかったのだが、まだ起動すらしてないそのドールは絵瑠の精神操作を受けつけてはくれなかったし、羅魏は完全にスリープ状態に入ってしまっていたため手が出せなかった。
絵瑠がしたことと言えば一つだけ。まぁ、これが一番重要だったのだからその一つが実行出来たことで良しとしても良かったのだが・・・・・・・・。
「できなかったの! 羅魏が起きてくれるまでこっちも動けないんだよ」
恐る恐る尋ねる結城に、絵瑠は八つ当たりとも言える怒鳴り声を返した。
やはり万全の状態で臨みたかった。まだ・・・まだ大丈夫だろうが、この世界には絵瑠の関与していない、レオルや結城の同類もいる。”彼”は絵瑠に力を与えられたことでそれらに狙われやすくなる。”彼”は結城達の長にとって一番邪魔な存在に成長するはずだから。
(誰かナイトをつけようと思ったんだけどなぁ・・)
その適任者が羅魏だったと言うだけの話だ。ただそれは、羅魏が目覚めてからでも遅くはない。
絵瑠は視線を空中に漂わせながら呟いた。
「ま、いっかぁ・・・」
なんともいい加減なことだが、結果良ければ全て良し。絵瑠は失敗するつもりなんて微塵もなかった。
結城はもう何も言う気はないようで、ただ小さく溜息をついただけだった。それは絵瑠のイライラを一層つのらせることになった。
「ボク、その辺遊びに行って来る」
その宣言に結城が慌てた様子で意見してきた。
「ちょっと待てよ。ここで、やることがあるんじゃないのか?」
にっこりと結城に笑顔を向けた。おねだりモードに突入していることがすぐに察知されてしまうだろう、普段あまり見せない可愛い笑顔。
「だ・か・ら、羅魏が起きたら教えて♪」
言うが早いか、絵瑠はその場を飛び立った。とりあえずどこに向かうかは考えてないが暇つぶしが出来るところならばどこでも良い。
「ちょっ・・・どこに行く気だよ! 行き先もわかんないのにどうやって知らせるんだよぉっ〜〜〜!!」
後から聞こえてくる文句も無視して、絵瑠は暇つぶしの旅に出たのであった。
戻ってくるのは四千年後、全ての計画が動き出す頃に・・・・・・・・。
――そうして時は流れ、四千年の時はあっという間に過ぎ去っていった――