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 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 4話 

 星々が微かな光を見せる宇宙空間で、結城はたった一人の人を探していた。
「あ〜もう、むちゃくちゃだよ・・・」
 結城は疲れた様子で呟いた。
 箱庭なんぞと言っても実際の広さはとんでもない。
 たんに、女王が居る世界との区別と言う意味で箱庭と呼んでいるだけだ。面積だけで言えば、大地がただループし続けている女王の世界よりもこちらの方が広いのだ。
「絵瑠〜! どこにいるんだよぉ! 羅魏が起きたよ。なんかすることあるんだろ?」
 が、叫べど叫べど答は返らず。
 結城はがっくりと肩を落として、大きな溜息をついた。
 絵瑠も探さなければならないが、羅魏の様子も見ておかねばならない。
 仕方なく、一度サリフィスに戻ることにしたのだが・・・・・・・・。
「何やってたの?」
 すでに万里絵瑠は戻ってきていた。
 腰に手を当て、低い声音で聞いてきた。無表情だったが目は怒っていた。
「何って・・・・絵瑠探をしてたんじゃん」
 まるで言い訳でもするかのような口調で言い返した結城に、絵瑠は何も言わなかった。
「じゃ、行ってくるから」
 短く言うと、さっさと星に降りていってしまった。
「え゙っ?」
 後に残された結城は呆れた様に絵瑠が降りた先を見つめた。
「相変わらず唐突っつーか・・・いつも置いてきぼりなんだよなぁ、オレ」
 仕方ないので、結城はその場に座りこみ、頬杖を突いて絵瑠が何をするのか眺めることにした。





 絵瑠がやってきたのはもちろん羅魏・・・・・・というか、羅魏の片割れのところ。彼は家からさほど遠くない森で遊んでいた。
 彼が目覚めてからすでに一年ほどが過ぎていた。
「こんにちわ」
 起動してからあまり時間がたって無いせいか、どこか寝ぼけたような彼を前に絵瑠はにっこりと微笑んだ。
「誰?」
 彼は子供らしい可愛い瞳でこちらを見返した。
 彼の中に確かに存在する”新たなる魂”を確認して、絵瑠はくすくすと笑った。
「キミに贈り物があるんだ」
 そう言って絵瑠は、自分の手に淡い光を放つ小さな石を浮かび上がらせた。
 その石は、事態が掴めずそれを眺めている彼に向かってゆっくりと空中を滑る。
 事態はわからずとも何か感じたらしい。彼は後ろに下がろうとした。
「無駄だよ」
 絵瑠の言葉と共に彼の動きが止まる。その直後、彼の表情が一変した。幼い外見に似合わない、静かな瞳。
(ああ、これが羅魏か・・・)
 万里絵瑠はそう理解した。
 止まったのは羅魏の意思ではないはずだ。けれど羅魏から焦ったような雰囲気は無かった。
「ほんっと、かわいくないなぁ」
 感情というものが存在していないのだから仕方ないが、羅魏はこの状況下でも冷静に周囲を分析している。
 だが、羅魏が何をしようとしても無駄だ。いくら羅魏が強いといっても、”女神”である絵瑠は箱庭の中でなら時間を操る以外はほぼ何でも出来る。羅魏の身体の機能を一時的に停止させることだって、思うだけで充分だ。
 水晶が羅魏の体に触れ、そのまま中に沈みこむ。初めて、羅魏の表情が変わった。
 羅魏の表情が苦悶に歪む。
「あれぇ? ・・・もしかして羅魏が表に出てたからかなぁ・・・」
 問題は魂よりも器だった。器がこの石の力に負けてしまえばその場で器は死んでしまう。
 魂とて相性が合わなければ受け入れきれずに消滅の道を辿ることになるが、彼の中に生まれてくるはずの新たなる魂がこれを受け入れられるように準備はしておいた。
 四千年前、羅魏が封印された直後のことだ。この石の一部・・・・小さなカケラを彼の体内に植え込んでいたのだ。生まれてくる魂がこの石の力と近い属性を持てるように。
 魂に関しては何の問題もないはず。そして、彼は兵器として造られた強靭な器を持っているはずだ。
 と、すると彼が今これを受け入れられない理由はただ一つ。
 新たなる魂を持たない存在・・・羅魏が表にいるから・・・・。
 表に居るのは羅魏と言えど中にはちゃんと彼が存在する。
(・・大丈夫だと思ったんだけどなぁ)
 羅魏は自らの腕で体を抱え込むようにしてその場にうずくまった。
 静かな森の中に羅魏の叫び声が響く。
 絵瑠は冷めた瞳で羅魏を見つめた。
「うるさいなぁ。・・・・・・・ま、とりあえず今は無理みたいだからこれは―――」
 言いかけたところで絵瑠の言葉がとまった。
 いつのまにか羅魏は意識を失っていた。
「死んじゃったかな・・・・」
(ヤバッ。まさかやり直しなんてことにならないよねぇ・・・・)
 手がかりも無しに探すのは面倒だったから、わざわざ造ったのだ・・・・・この石を受け入れることのできる素材を。
 新たなる魂が生まれてくる時を見極めやすいよう、ここ以外の星で人工生命が作られないようにしておいたし、力を受け継いだ魂が早く力を使いこなせるようにわざわざ力を行使する相手まで用意したのだ。
 ここまでしたのに、一からやり直しだなんて冗談じゃない。
 確認しようと羅魏の顔を覗き込んだ時、突如羅魏の体から強い光が放たれた。
 絵瑠はその光に見覚えがあった。以前”女王”のパレスで見たのとよく似た光だ。女王がこの石をくれた時に見せた光と良く似ていた。
「女王! こっちの準備は出来たよ」
 絵瑠は誰もいない虚空に向かって語りかけた。けれどその声は確かに女王に届いたらしい。絵瑠の耳に女王の声が響いた。

 ――ありがとう、絵瑠――

 言葉とともに、女王の姿が現れる。ただし、それは半透明で実体を持たない姿だった。
 女王はこちらを見てにっこりと笑った。
「でも大丈夫なの?」
 絵瑠は腕を組んで女王に尋ねる。
 ――まぁ、この子が成長するまでくらいならなんとかなるでしょ――
 女王は呑気に笑っているが、とんでもないことだ。
 ほんの少しの間とはいえ、この世界の中心であり柱である女王が存在しない時代がやってくるのだ。



 あの時、女王は言った。
 
 帰りたい。
 自分の生まれた世界に帰りたいと・・・。

 絵瑠が”管理者”から”女神”になった時、女王に頼まれたのだ。
 

「頼める?」
 こちらに背を向けたままそう聞いてきた女王に、絵瑠は内容次第だと答えた。
 絵瑠は自分本来の、アメーバのような姿からいつもの子供の姿へと変化する。
 女王は、椅子ごと回転してこちらを見た。
「私には物心つくまえから持っていた力があったの。それは私にとっては普通で、当たり前で・・・・故郷の村の人たちもそれを当然の様に受けとめてくれた。外の人には違ったみたいだけどね」
 寂しげな瞳で遠くを見つめる女王に苛立ちを感じ、絵瑠は怒ったような口調で問い返した。
「その力って何?」
「創造する力。ここではそんなに珍しくもないけど、私の生まれた世界ではとても珍しい力だった」
 女王はそれ以上言わなかったが、絵瑠にはなんとなくわかってしまった。
 誰かが、女王のその力を利用しようとしたのだろう。そして、女王は自分の力で創ったこの世界に逃げ込んだ。
「この世界は私の空想が創り出した世界。箱庭も、この世界から派生した世界。
 今は私の想いと能力だけが、ここを支えている。だから私がいなくなればこの世界も、箱庭も、すべてが崩壊してしまう。でも、私は私が生まれた世界に帰りたい」
「だから?」
「私がいなくなってもこの世界が保てるようにしたいの。そのための準備はしてきたわ」
 そう言って女王は絵瑠の前に小さな白い石を取り出した。
「これはあなたたちが時見の石と呼んでいる物」
「これが?」
「ええ、ただしあなた達の間での噂とはずいぶん食い違っているわ。
 これは受信機なの。私の力を渡す為の・・・・・・。これを受け入れることのできる魂を見つけて欲しいの」
「女王の後継者を探せってことだね」
「ええ、そうよ。お願いできる?」
「やり方はボクにまかせてくれるよね」
「・・・・・構わないわ」
 こうして、絵瑠は時見の石を受け取り、アルテナの箱庭へと入っていった。
 ”時見の石”の目的も能力も噂とは大分違っていた。
 けれどこの石の能力だけに限って言えば、ある意味では噂も間違いではないだろう。
 女王の能力を受け継ぐということは時間と空間を操り、過去を自由に盗み見ることのできるということだ。力を使いこなせればこの世界のなかである限りはほぼなんでも出来る。


 絵瑠は黙って女王の行動を見つめていた。
 しばらくして、女王がこちらに振り返った。
 女王の姿は先ほどよりも薄くなっている様に感じられた。
「大丈夫なの・・?」
――力の全てを渡したわけじゃないから、しばらくならなんとかなる。でも、あまり時間がないのも確か。だから・・・・・・――
 絵瑠は最後まで言わせなかった。女王が何を言おうとしているのかはわかっていたから。
「彼が、一刻も早く女王の力を使いこなせるようにすればいいんでしょ? 任せといて」
 女王は穏やかに笑って、ゆっくりとその姿を消していった。
 絵瑠は女王が消えた先を見つめ、倒れている羅魏を見つめた。
 今の女王はこの世界を保つだけで手一杯だろう。もう、世界の末端までを見渡す力は無いと思って間違いない。
 例え、女王の思惑と違う方向に事態が動いても、女王がそれを知ることはできないのだ。
「ま、女王は後継者さえ見つかればいいんだ。・・・・・・文句は無いよね?」
 絵瑠は誰にともなく問いかけ、クスクスと楽しげに笑った。

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