■■ 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 5話 ■■
女王が去り、平静が戻った森の中で、絵瑠は倒れたままの羅魏を見つめた。
「・・・・・上手くいったみたいだね」
絵瑠は安堵の吐息を漏らした。
倒れている彼の体を絵瑠の腕が支える。
自分も彼のことを見ておくつもりでいるが、万が一と言う事もある。
彼の成長を促す存在として用意した敵に、彼の魂を奪われては困るのだ。そのために羅魏は、とても都合のよい存在だった。
強大な魔力とそれを操る知識。そして、いつでも彼と一緒に在るということ。羅魏の人格形成プログラムをほんの少し弄ってやればよい。羅魏が、彼を第一に想うように・・・・。
「羅魏・・・・・キミにいいものをあげるよ。キミに、彼の心を別けてあげる。その代わり、キミは彼を――キミの片割れを守るんだ」
絵瑠が、笑う。
「キミは、女王を守るナイト様だよ」
クスクスクス・・・・・・・・・・・。
彼の魂の、ほんの一部を切り離してやればいい。
羅魏はその魂を自分のものとして成長する。同じ魂を持つ二つの存在。ただし、その片方は分かたれた一部分――ただの粗悪品に過ぎないが。けれどそれで構わないのだ。
同一の魂を持つことによって関わりが深くなる。二人は、いつでも相手の居場所を感じ取れるだろう。
そしてもう一つ。この記憶は残されてはいけない。残っていては今後に支障が出る。
彼と羅魏の記録データの中からこの数分間の出来事のことだけを消去した。普通の人間だったらもう少し難しかったかもしれないが、彼らが機械であるからこそ、それは簡単に実行できた。
「ま、彼のほうはそのうち思い出しちゃうだろうけどね」
眠っている彼を見下ろして呟いた。
まぁ、思い出してくれなければ困るのだが。
絵瑠の表情に薄い笑みが現れる。
「その時を楽しみにしてるよ・・・」
クスリ、と小さな笑みを残し、絵瑠は魏の前から姿を消した。
宇宙(そら)に戻ると、そこでは退屈そうな結城が待っていた。
「おかえりー」
「ただいま♪」
にっこりと笑うと、結城の不機嫌そうな表情が少しだけ和らいだ。
「終ったの?」
そう聞いてくる結城に絵瑠は小さく頷いた。
「とりあえずはね。でも、まだまだこれからだよ」
絵瑠はくすくすと笑って、彼を眺めた。
そう、ここまでは順調。
・・・・だが、やはりどこでも予定外のことと言うのは起こるものだ。
結城は、絵瑠を遠巻きにしてその様子を眺めていた。
絵瑠は不機嫌ですオーラを思いっきり発生させていて、とてもじゃないが近寄れなかった。
「あーーーーーっ、もう! なんで魔法使わないんだよ、あいつ!」
あいつとはもちろん女王の後継者。
確かラシェルとかいう名前だったか。まぁそんなことはどうでもいい。
とにかく問題はそいつが魔法を使わないということだ。
どんな力だって使わなければ上達しない。それは女王の力においても言えることだった。
そして、サリフィス世界で言う”魔法”と似たような性質を持っている。例えば精神集中だとか、力の引き出し方とかそういったことだ。
あれだけの魔力と才能を持ちながら、本人の性格なのか知らないが、どうも魔法を使うことを苦手としている様なのだ。
「ゔ〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・」
絵瑠は相変わらず、ラシェルを見つつ不機嫌も露に唸っていた。
結城はといえば、苦笑いをして絵瑠から離れるくらいしか出来ない。
唐突に絵瑠がくるりとこちらを見た。
「なっ・・なに・・?」
結城は冷や汗を流しながら問いかける。
「連れてきて」
「は?」
「レオルをこの星に放りこんだヒト。えっと・・セリシアとかいう星の」
・・・・・・そう言われてみれば、そんな事もあったような記憶がある。
レオルが自分の力を増すために食い物にしていた星の一つだ。
「お願いね、ユーキちゃん」
いつものようにおねだりモードで言われれば絶対逆らえなかっただろう。
が、今回の様に半ば投げやりっぽく言われても、やっぱり拒否はできない情けない結城であった。
結城は大きく溜息をつきながらセリシアに向かった。
が、その溜息は「情けないなぁ〜オレ」とか「なんで言う事聞いてるんだろ・・オレ」といった溜息ではなく、「ああ、怒ってても絵瑠は可愛いなぁv」という溜息であった。
そんなこんなでセリシア上空に到達。
結城は早速目的の人物を探した。
「あれ・・・?」
絵瑠の言う場合はヒトといっても人間であるとは限らない。
実はレオルをサリフィスに放り出した人物は二人が当てはまるのだ。
すなわち、レオルや結城が最も苦手とする属性をもつ月の聖霊ライラと、封印魔法と呼ばれる特殊な魔術を行使するリース一族の二つ。
「どっちを連れてきゃいいんだろ・・・・」
そう思いつつ、とりあえず両方を探すことにした。
「あ、ラッキーv」
どうしてかは知らないが二人が一緒に居たのだ。
ただ連れていけばいいだけなのにわざわざ降りてく気もしなかったので、結城は力の一部を開放し、その姿を変形させた。
闇を思わせるような漆黒の色をした空間――それが、結城の本体であった。この状態では星に降りることができないという欠点はあったが、今は降りる必要ないのだから気にする必要もない。
自らの身体の一部である、その限定された空間から、何本かの触手をそこに下ろした。
どうやら二人は結城のことをレオルと勘違いしているらしい。力の差はともかく、同種族だし、力の使い方が似ているのも確かだ。
・・・・・・結城に悪戯心が生まれた。せっかくだからそのまま勘違いさせてやろうと。
そうしたら、この二人はどんな顔をしてくれるだろう。
結城はにやりと楽しげな笑みを浮かべて行動を開始した。
当然抵抗されたが、結城はそんなことは意に介さず、自分という異空間を通して二人をサリフィスへと放りこんだ。
「これでよしっと。さーって絵瑠のところに帰ろうっと♪」
あれだけ良いように使われてもやっぱり絵瑠のそばに居たい。
惚れしてしまった弱みなのか。それでも、幸せなのだからまぁいいやと、結城は浮かれた足取りでサリフィスに戻っていった。
「どうなった?」
相変わらず結城は唐突に現れる。
なんでかセリシアから来たあの二人と数年の時差を持って戻ってきた結城に対し、絵瑠はにっこりと余裕の笑みを見せて答えた。
「とりあえず魔法を使ってくれたよ、ちょっとだけ。でもまだ足りない・・・このまま魔法使ってくれないようだったら次の手を打たないとね」
「まだ次の手があるんだ」
感心した様に言う結城に絵瑠はいつものクスクスという笑いを見せた。
「あるよ☆ ただ、ちょっと面倒なんだ。その場合ラシェルちゃんには死んでもらわないといけないから」
結城の表情が一瞬驚きに変わる。
けれど、すぐにこの場合の”死”という意味に気がついたのかその表情に平静に戻った。
結城の同類に殺されてしまえばその魂はそいつらに奪われてしまうが、要は転生させてやればいいのだ。
実際、女王に必要なのは女王の力を受け継いでいるその魂であって、身体は別モノでも全く困らない。
ただ絵瑠にとっては少しばかり困ったことになる可能性もあったが・・・・・。
「ま、ダイジョブか。いざとなったら強制的にでもラシェルちゃんに話つければいいんだし」
呟いた絵瑠の言葉の意味を理解できなかったのか、結城が怪訝な顔をした。
わざわざ真の狙いを言ってやるつもりはなかったが。
ギリギリになるまで言わないでおいて、ユーキちゃんを驚かせてやろう。
その時を思うと、絵瑠の心はウキウキと弾んだ。
「ふふっ♪」
絵瑠は楽しげに・・・・・・けれど、いつも見せるどこか闇色を纏った笑いとは違う笑みを浮かべた。