■■ 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 6話 ■■
ラシェルが去った後のサリフィス上空で、結城は絵瑠に問い掛けた。
「追いかけなくていいの?」
「別に。気になるならユーキちゃん見てきてよ」
その問いに、絵瑠は興味もなさそうに答えた。
興味はなかった。ラシェルが他の星で魔法を使ってくれるか否か、多少は気になるがラシェルは絶対サリフィスに戻ってくる。
その時に確認すれば良いのだ。
それでダメだったら次の行動に移ればよい。そのために結城に彼女らを連れてきてもらったのだから。
正確には二人も要らなかったのだが、居ても困らないので気にしなかった。いや、逆にそのおかげで良い方向に進んでくれた。
全く魔法を使わなかったラシェルが、あの聖霊のおかげで多少なりとも魔法を使うようになったのだから。
「行かないの?」
絵瑠の後姿を見つめている結城に気付き、くるっと振りかえる。
いきなり目が合ったことに驚いたのか、結城は顔を真っ赤にして一歩後ろに下がった。
結城のそんな様子が可笑しくて、絵瑠は楽しげな笑い声をあげた。
「あははははっ♪ 一体どうしたの? ユーキちゃん☆」
結城の顔がさらに赤く染まる。
絵瑠にしては珍しい、悪巧みっぽい笑みだとか作ったような笑みではない。作った表情とは絶対に違うとわかる、無邪気な子供のような笑み。
「な・・・なんでもないっ! オレあいつ見てくるよ」
結城は真っ赤になって慌てた様子でその場を離れていった。
絵瑠は首をかしげてきょとんとした表情を見せた。
「どうしたんだろ、ユーキちゃん」
確かに結城が自分に惚れているのは見てすぐわかる。けれど、あそこまで動揺して真っ赤になったのは初めてかもしれない。
慌てて絵瑠のところから出てきた結城。
まだ顔の火照りは治まりそうに無かった。
「びっ・・・くりしたぁ・・・」
あんな風に笑う絵瑠を見たのは初めてだった。
今までだって”可愛い”、”無邪気で子供っぽい”そんな笑みを見たことはあった。けれど、長く一緒にいるうちにどこか違和感を感じるようになって・・・いつからかそれは作っている表情だとすぐにわかるようになってしまった。
さっきのは違う。違和感などどこにも無い、絵瑠にぴったりと合った、可愛らしい無邪気な笑み。
結城の胸にむかむかとした感情が沸いてくる。
あいつだ・・・ラシェルとか言うあいつに関わるようになってからだ。絵瑠の表情が格段に豊かになったのは。
ムカツク理由はもう一つある。呼び方だ。
今まで”ちゃん”付けで呼ばれていたのは結城だけだった。絵瑠にとって自分は特別なのだと、そう思えた。
が、今は違う。絵瑠はあのラシェルのこともちゃん付けで呼んでいるのだ。
今すぐあいつを消してやりたかった・・・。
でもそんなことをすれば逆に絵瑠に嫌われることは確実だ。
結城は冷ややかな瞳で、ラシェルの行動を見つめていた。
深樹でも、リンセムでも、ラシェルは全くと言っていいほど魔法を使わなかった。むしろ魔法を毛嫌いしている様に見えた。
他者が使う分には特に気にしないのに、自分で使うことに対しては戸惑いがあるらしい。
「なんだよ。なんで絵瑠はあんなのに構うんだよ・・・」
そう呟いてみたが、本当はわかっている。
絵瑠が、なぜ彼に構うのか。
・・・・・・絵瑠はラシェルが強くなるのを待っている。
女王の能力を継いだ彼が、女王の力をある程度使いこなせるようになるのを待っているのだ。
絵瑠は、一体なにがしたいのだろう・・・。
絵瑠の性格からして、例え世界が滅びようとも自分にとって利益のないことならば絶対行動しない。
ラシェルを自分に都合良く作り上げていく作業が楽しいのか。それとも、他にまだ何かあるのだろうか・・・?
結城は自分でラシェルに手を出すつもりは無い。けれど、あんなやつ居なくなれば良いと思っていた。
慌てたように立ち去ってしまった結城を見て、なんとなく取り残されたような気分になってしまた絵瑠。
(いつもは逆なのになぁ・・・)
そんなことを思いながら適当に時間を潰す。
ラシェルがいつここに帰ってきてくれるかは知らないが、とりあえずそれまでは暇なのだ。
「あ・・・・」
この箱庭の住民と絵瑠の時間感覚はかなりずれている。絵瑠が住人のことを気に留めているときは絵瑠の感覚と住人の感覚は同調しているのだが、絵瑠がここの住人を気に留めていないとあっという間に時が過ぎ去る。
絵瑠の感覚でほんの一時間ほどだろう・・・・ラシェルが戻ってきた。
確認してみると、サリフィスでは十年近い年月が過ぎていた。
「ただいまー」
ラシェルを確認するとほぼ同時、後ろから聞きなれた声が届いた。
「おかえり、ユーキちゃん☆ どうだった?」
「ダメ。あいつ全然魔法使わないの」
「やっぱり?」
予想通りだった。ここを去るまでのラシェルの行動からだいたいの予測はついていた。
きっと彼は星を移動する時にしか魔法は使わないだろうと。
使わないというよりは・・・普段どうも頭から抜け落ちているようなのだ、魔法を使えるという事実が。
今だってそうだ。なんだかドジをやらかして盗品売買の組織の人間に捕まっていたのだが・・・魔法を使えばすぐに逃げられると言うのにラシェルは自分が魔法を使えると言う事をすっかり忘れていた。
もしかしたら本人も気付かないうちに意識的に排除しているのかもしれない・・・・・魔法を使えるということを。
自分で仕向けたとはいえ、まさかここまでの拒否反応を見せるとは思わなかった。
おかげで余計な時間をとられそうだ。
「時間ないってのになぁ・・」
ラシェルを見ながらポツリと呟いた絵瑠に、結城が不思議そうな顔をした。
そんな結城には構わず、絵瑠はばっとその場に立ちあがった。
「いいや、さっさとやっちゃおう」
くるりと、後ろの結城の方を見る。そしてにっこりと笑った。
「行こう!」
なにがなんだかわからない、そんな表情をしたまま突っ立っていた結城の手を引っ張って、絵瑠はサリフィスの地上へと降り立った。
「ラシェルを殺すの?」
前々から話していたことだ、結城がそう聞いてくるのも当然だろう。
「そうだよ、もうこれ以上待ってらんないもん」
どうせいくら待ってもラシェルが積極的に魔法を使うことはないだろう。
ならば、さっさと次の手に移らねば本当に手遅れになってしまう。女王が完全にこの世界での支配力を失うまで、あまり時間は残されていないのだ。
正面の方にラシェルの姿が見えた。絵瑠が立っている後ろの方向にはこの星の中心都市とも言えるリディア都市がある。ラシェルはそこに向かっているのだろう。
絵瑠の横に突如人影が現れる。
桃色の髪、アメジストの瞳・・・フィズ・クリスだ。ただ、彼女の瞳は意思というものを映し出していなかった。
クス・・・・。
絵瑠が、笑う。
「レオルも、結構便利なもの遺してくれたよね♪」
ラシェルを殺したがっていたのはレオルも同じだ。彼女は、そのために造られた”道具”だった。
レオルがいなくなり、そのスイッチを起動させる者もいなくなったが・・・絵瑠はそれを起動させたのだ。
ラシェルの幼馴染であり、このまま平穏に行っていれば多分恋人になっていただろう、彼女。
「さぁ、敵は目の前だよ」
言い残して、絵瑠はそこから姿を消そうとした。
絵瑠の瞳に、薄酷な雰囲気を漂わせた楽しげな笑みを浮かべている結城の姿が映った。
結城は、ラシェルに向かって見下すような視線を向けてふっと笑った。
・・・・・こんな表情の結城は久しぶりに見た。
そう・・・確か・・・出会ったばかりの頃の結城を思い出させるような表情だ。
正確に言えば、今の結城の表情と出会った頃の結城の表情は少し違っている。あの頃の結城は絵瑠に対して憎悪と憎しみを露に襲ってきていた。
いつからだったろう・・こんなふうに仲良くなったのは。
少し、考えてからそんなものはどうでも良い事と、考えるのを止めた。それからもう一度結城を見る。
絵瑠を襲ってきていた頃の結城の表情は激昂していてことさらに幼く見えた。
けれど、今の結城は・・・。どことなく自分に似てる気がした。
静かな表情、静かな行動。目だけが憎悪と嫉妬を映し出し、燃えるように煌いている。
ラシェルの何がそんなに気に入らないのかは知らないが、結城が自分の敵に回ることは絶対にない。
ならば彼のその表情は気に留めるほどのことでもない。
絵瑠はふいと結城から視線をはずして上空に舞い上がった。
宇宙(そら)まで戻る必要はない。とりあえずラシェルに見つからない位置に行けば良いのだ。
ショーが始まる。とても楽しい、お芝居が。
絵瑠はクスクスと楽しげな笑い声を漏らし、そのショーが始まる時を待った。