■■ 神様の居ない宇〜第3章・新たなる魂 7話 ■■
ラシェルとフィズの闘いは、絵瑠の予想通りに進んだ。
すでに自分の意思を失ったフィズは手加減無しに攻撃しているし、ラシェルはそんなフィズに反撃することが出来ない。
けれど、ある一人の人物が目に留まり絵瑠の表情が変わる。
「・・・うそっ! なにあれっ!」
十八歳前後の、長い桃色の髪とアメジストの瞳を持った女性――アクロフィーズ。フィズのオリジナルだ。
「生身の人間が四千年なんてどうやったんだろ」
結城は呑気な口調で誰にともなく問いかけた。
絵瑠は八つ当たり気味に結城に怒鳴って、小さく溜息をつく。
「そんなのどぉでもいいのーーーーっ!! ・・・・・・どぉしよ。ボクが直に殺しに行くのもヤだしなあ」
その声に結城が疑問の表情を投げかける。絵瑠はそれにぼやくような口調で答えた。
「特に深い理由は無いんだけどね」
それからしばらく考え込んだ絵瑠はぱっと顔をあげた。
「んー・・・行ってくるかな」
殺しに行くのではない。ラシェルが、自ら死を選ぶ様に仕向けてやるのだ。
結城の返事は待たず、言うと同時に下に降りていった。
上手くいくかは知らない。けれど、彼が拒絶しつづけている事実を目の前で解説してやったら・・・彼はどんな反応を見せるだろう?
その地に降り立った時、絵瑠はすでに絵瑠の姿ではなかった。
リディア都市の方から駆けてくるラシェルの姿が見えた。
ちょうどその進行方向で絵瑠は立っている。
ラシェルがこちらに気付いたのだろう。走るスピードを落とし、絵瑠の目の前で立ち止まる。
「レオル? なんで・・・死んだはずじゃ・・・」
絵瑠はレオルの姿に変化していた。ラシェルの一番嫌いな人間に。
「最後の一人ですよ、私は。君に散らされ、アルテナに消されたカケラの最後の一つ」
そう、答えてやる。大嘘だが彼は信じてくれたようだ。本物のレオルはもう全て消滅しているが、ラシェルにはそんなことわかりようもないのだ。
絵瑠の答えを聞いてラシェルの瞳に現れた感情に、絵瑠は表情は表に出さず、笑った。
ヒトの、こういう表情を見るのはとても好きだった。
女王候補でさえなければ、もっとめちゃめちゃに壊してやりたい・・・・・・そう言う意味で、彼は好みのタイプだった。
ラシェルは銃口をこちらに向けて問いかけてくる。
絵瑠は笑ってそれに答えた。レオルだったらそう言うだろう言葉で。
ラシェルの顔に疑問の表情が浮かぶ。
多分、本来のレオルと自分との間に何かの違いを見つけたのだろう。
彼が力を使えていればすぐにわかるはずだ。自分が誰なのか、本物のレオルが今どうなっているのか。
けれど魔法すらめったに使わない彼は自分の中にある魔法とは違う力の存在に気付いてすらいなかった。
「まだ、思い出してないようですね・・・。あなたは知ってるはずですよ? 私の正体も、この世界の歴史の全ても。
本当は、羅魏のことなどどうでも良かったんです。最初から私の目的はあなたにしかなかったのですから」
半分、レオルの言葉。半分は自分の言葉。そんな答えを返した。
ラシェルの表情に浮かぶ疑問の色が強くなる。
そんなラシェルの問いかけを無視したまま、絵瑠は言葉を続けた。
羅魏を造り出した時のこと、リディアが滅びた理由、そしてあのお人形さんのことも・・・・・。
ラシェルの反応はちょっと意外だった。
リディアは、ラシェルに感情を与える一手段として滅ぼされた。そう聞いたときよりも、フィズのことを聞いた時のほうが辛かったらしい。
知らない大多数よりも大切なたった一人のほうが重要ということだろうか?
まぁ、そう言う考えは嫌いではないし、絵瑠自身そんなふうに考えるタイプでもあるが。
くす・・・・。
絵瑠は小さく笑った。そうして最後に言ってやる。
「あなたは自分に好意を寄せている人間を無下にできるタイプではないでしょう?」
そう、フィズのラシェルを好きという感情は意図的に造り出された感情だ。
静かな空気を切り裂くように、乾いた音が響いた。
ラシェルが、銃の引き金を引いたのだ。
それは絵瑠に直撃したが、そんなもので傷つくような体ではない。銃弾は、絵瑠の体を通りぬけてその向こうへと消えていった。
「もっと強くなってください・・・今のあなたでは、まだダメだ」
これは、絵瑠自身の言葉。口調はレオルに似せているけれど。
ラシェルに・・・と言うよりはこれから生まれてくるであろう転生後の彼に向けた言葉。
言葉の意味が理解できないのか、ラシェルは呆然とした面持ちでそこに立ち尽くしていた。
今は理解出来なくて当たり前だ。彼は絵瑠の存在を知らない。絵瑠の目的を知らない。
絵瑠は笑っていた。多分彼には嫌な笑みと見えただろう。
その直後のことだった。
「お前・・・・・・万里絵瑠・・・・・・?」
ぽつりと、呟く、彼の声が聞えた。
瞬間、絵瑠の表情が変わった。
彼の中で、女王の能力は確実に育っている。
そのことを確認して、笑う。
クスクスと、レオルの外見にはまったく似合わない、無邪気な笑みを浮かべる。
「いつかキミは、戻ってくるんだろうね。この世界に・・・・・・・。キミの、真の姿を持って――」
呟いた声は、ラシェルに届いただろうか?
まあ、届かなくてもたいして困りはしないが。
「そこまでですのっ!」
絵瑠の耳に、聞きなれた少女の声が響いた。
とりあえず言うべきことは終ったと思う。
もうここに居なくてもいいかな。
そう思った絵瑠は、彼女の力の放出に合わせてその姿を霧散させた。
ラシェルたちが居るところから少し離れたところで結城の姿を見つけた。
どうやら追いかけてきていたらしい。
「ユーキちゃん♪」
結城が振り向いて・・・・・――
「絵瑠・・・その姿でその口調止めようよ・・・」
結城は苦笑いしてそう言った。
「そぉ? まぁ別に良いけどさ」
絵瑠が素直に姿を変化させようとした時だ。
彼の声が聞こえたのは。
「ユーキちゃん、隠れて!」
結城も彼に気付いたのだろう、さっとその場から姿を消した。
絵瑠はレオルの姿のまま、ゆっくりと声の方に振り向いた。
そこにいたのは・・・・・・・羅魏。
「なんで嘘をついたの?」
羅魏は真剣な表情でそう問いかけてきた。
絵瑠が一瞬目を見張る。まさか気付かれるとは思っていなかった。
羅魏の魂はラシェルから切り離した一部。その能力に差はあれど、羅魏も多少は”女王”の力を使えるのかもしれない。
けれど、そんな思いを顔に出したりしない。
「なんのことですか?」
絵瑠はしれっとした表情で聞き返した。
「ラシェルは騙せても僕は騙されないよ。貴方はレオルさんじゃない・・・・貴方は誰?」
羅魏の声は確信を持っていた。どうやら誤魔化すのは無理なようだ。
絵瑠はふっと笑った。レオルがよくそうしていたように。
それから、いつもの笑み。クスクスと目を細めて楽しげに笑う。
同時に、姿も変化していった。レオルの姿から、絵瑠の姿へ・・・・・・・・・。
「ま、キミはボクの同類だもんね。ラシェルちゃんとは違うか☆」
兵器として造られた存在――。そう言う意味で、確かに絵瑠と羅魏はまったく同質の者だった。
羅魏は冷静にこちらを見つめていた。
せっかくだから言ってやろう。
そう思った絵瑠は、羅魏が何か言う前に言葉を付け足した。
「言っておくけど、嘘はついてないよ。・・・・・・そうそう、言い忘れるとこだった」
「なに?」
羅魏が短く聞き返す。あからさまな警戒の意を見せて。
「・・・・・キミの役目は、もうすぐ終わるよ」
今自分の存在が知られると困る。どうせ話が終ったら記憶を消してやるつもりだった。けれど、例え女神の力でも、すでに生まれてしまった魂に干渉するのはとても難しい。
記憶は消えても心には残るだろう。それをわかっていて、絵瑠は言う。
「・・・・・・・彼を守ることが、キミの存在意義なのだから・・・・」
その言葉自体はお願いとかいった雰囲気だが、実際にはそんな穏やかな言葉ではない。
明確な命令。相手を強制的に従わせる口調。
羅魏が少しだけ後ろに下がった。・・・・・羅魏自身はそのことに気付いているだろうか?
絵瑠はクスリと笑ってもう一言だけ付け足す。
「・・・・どういう意味?」
羅魏の疑問の声。さっきまでの恐怖はもう微塵も感じられない。
この切り替えの早さは流石だと思った。
絵瑠は笑った。にっこりと。悪戯を考えている子供のような瞳で。
「さぁ? 自分で考えれば?」
ラシェルは・・・もっと強くなってもらわないと困る。
そのためには、ここに居てもらっては困るのだ。女王の能力を使いこなすためにはもっと魔法とかいった類の能力に慣れてもらわなくてはいけない。けれど、ここでそれは期待できそうになかった。
そうして、話すこともなくなった絵瑠はさっさとその場から姿を消した。
最後に、羅魏の記憶からこの会話のことを消して・・・・・・・。