■■ 神様の居ない宇〜第4章・次代の女王 1話 ■■
絵瑠は今、セリシアの上空にいる。もちろん結城も引き連れて。
女王の力を受け継いだ魂は目立つ。とても、探しやすかった。
だから、セリシアについてすぐ、女王の後継者を見つけることが出来た。
すぐとは言っても、あくまでも絵瑠の感覚であり、実際の時間では十年以上の時が過ぎていたが。
「ユーキちゃん、早速頼みがあるんだけど・・・・・いい?」
いつも結城に頼むのと同じように、絶対に断られないだろう表情と口調で言う。
案の定、結城は面白いくらいに顔を赤くして、コクコクと頷いた。
それを見て絵瑠はにっこりと笑顔を見せる。
「あのね、あの子の精神体をここに連れてきて欲しいんだ・・・」
そう言って絵瑠はセリシア世界を指差した。結城は絵瑠が指差した先にいる人物を眺めながら疑問に首をかしげる。
「精神体?」
結城はその意図が掴めずオウム返しに聞き返す。
「そう、精神体。身体ごと連れてきちゃダメだよ。あと魂だけってのもダメ☆」
絵瑠はそれ以上説明する気はなかった。結城もそれに気付いたのだろう、少しばかり拗ねたような表情を見せながらも素直にセリシアの大地に降りていった。
絵瑠が小さく笑った。
もうすぐ・・・・・・・もうすぐだ。もうすぐ、望みが叶う。
ずいぶんと遠回りをしてしまったけれど、その分楽しむことは出来た。
(ユーキちゃん、ちゃんとボクの言いたいことわかってくれたかなぁ?)
要点は伝えたが詳しいことは何一つ話さなかった。
(ちゃんと精神体を連れてきてくれると良いんだけど・・・・・・)
精神体でなければダメだと言ったのにはちゃんと明確な理由がある。
”女王”が造り出した世界の下にある”女神”と、”管理者”が作り出した箱庭と言う世界。その箱庭に在る命には法則がある。
これも・・・そして他にもいろいろある”世界の法則”も。それらは多分女王が世界を造った時、命とはこういうものだろうとか、転生ってこんな風に起こるんだろうとか・・・・そんなイメージから生まれたものだ。
女王の後継者を生まれさせたあの時、絵瑠は女王の力のカケラに触れて、いろいろな事を知ることが出来た。
例えば、この世界の成り立ちや女王の生まれや・・・・・・・・・。
さて、その命の法則だが――命は身体と精神と魂で成り立っている。
魂は理性的な意思を持たない、本能のみで漂うモノ。器を探して漂うだけだ。
身体は精神と魂の器だ。
生きている人間は、身体の持つ記憶を自分の記憶として持っている。故に、魂が知っているはずの前世の記憶は思い出せない。たまに物覚えの良い人間が、ほんのちょっと前世を思い出すことはあるけれど。
そして精神は、身体を動かす意識。魂が身体に宿った瞬間に誕生し、成長を始める。だから、魂無き者は心を持てないのだ。
もちろんどこにでも例外と言う者はあり、”新たなる魂”がその例外の最たるものだ。ただ、絵瑠は女王の力のカケラに触れて以降、それに関して別の考えを抱くようになっていた。多分、新たなる魂は突然変異などではなく・・・・・・――。
絵瑠が精神だけを連れてこいと言ったのは、精神は魂の記憶を知ることが出来るからだ。
上手くやれば魂に刻まれている前世の記憶、ひいては前世の人格を呼び出すことも可能となる。
絵瑠本来の目的のために必要なものは女王の能力を継ぐ魂。無理に精神だけ連れてくる必要は、ない。
ラシェルと違い、転生後の彼は魔法と言うものを普通に使っていた。その魂には、すでに能力の使い方も刻まれているはずだ。その魂をそのまま手に入れればまったく問題はないのだ。
けれど絵瑠はラシェルを気に入っていた。まぁつまりは、ただの趣味と言うやつだった。
結城が行ってから数時間後。
結城は絵瑠が言った通り、彼の精神体を引きつれて戻ってきた。
「はじめまして、レイ・・」
絵瑠はクスクスと笑いながら楽しげな口調で言った。
彼の名はレイ。レイ=リース。ラシェルは、絵瑠が望んだ通りの場所に転生してくれた。
彼は優秀な魔法の使い手だった。彼自身、それと知らずに女王の能力を使っていたこともあった。
「はじめまして、万里絵瑠さん」
レイは静かな口調でそう返してきた。
意外と冷静な声音。どうやらある程度状況を理解しているようだ。
それが女王の能力によるものなのか、それとも道中で結城が教えただけなのかは判別がつかなかったが。
絵瑠は言葉を続ける。多分話にならないだろうが、せっかくだから少しくらい話してやってもいいだろうと思ったのだ。
「わかってると思うけど・・・頼みがあるんだ」
そう、呟いた絵瑠にレイは真面目一辺倒の固い表情を返した。
「世界と一緒に心中する気はないよ。それしか方法がないなら――」
レイの表情が歪んだ。言葉が止まる。
(やっぱり、思った通りだ・・・)
絵瑠は口の端をあげて不敵な笑みを見せた。
それを見てかレイのがこちらを睨みつける。
「何かしたの?」
「いーや、ボクはなんにもしてないよ。ただ、君の中にいるラシェルちゃんが拒んでるんだよ。あの子は”特別”を嫌うから」
普通ならばそこまで前世の影響が出てくることなんてない。だが彼らの魂はまだたった二度の生しか記憶しておらず、故に前世の影響が出やすいのだ。
レイの瞳は変わらない。鋭くこちらを見つめたままだ。
「あなたが、そうしたんだろう?」
その指摘に、絵瑠はクスクスという小さな笑みで答えた。
絵瑠はその問いには答えなかった。けれど、否定もしなかった。
・・・・・・その通りだからだ。
本当なら女王の力がラシェルに渡ったあの時、ラシェルの記憶を操作する必要なんてなかった。
そうしなければラシェルは最初から、自分の力と生まれを知ることができただろう。けれどそうなってはいけなかった。
ラシェルが、女王の後継者となることを拒むようにしたかったからだ。
何も知らずに育った彼は、突然知らされた自分の生まれと力に戸惑い、受け入れることを拒否した。
ただ、誤算はラシェルがあまりにもその力を嫌いすぎてしまったこと。
おかげでわざわざ転生させなければならないハメになってしまった。
本当はラシェルがある程度魔法の使い方、ひいては自分の能力の使い方を知ったらすぐにでも絵瑠は計画を実行する気でいた。けれどラシェルが力を嫌い、使うことをしなかったために実行できなかったのだ。
いくら女王の力を持った魂を手に入れても、使い方がわからなければ宝の持ち腐れ。
絵瑠はフッと息を吐いて、冷たい瞳でレイを見つめた。
「キミ、真面目すぎてつまんないよ。からかいがいがないなぁ」
レイの人格を眠らせ、その前世であるラシェルの人格を目覚めさせる。例え女王の力を持っていても・・・・その程度ならばなんとかできる。どっちも”彼”なのだから。
思った以上に体力と精神力を消費したが、なんとかそれに成功することができた。
絵瑠の目の前にいたレイは姿を消し、その代わりにラシェルがそこに存在していた。
意識が入れ替わったことで、精神がその姿を変化させたのだ。
レイの意識の時はレイの姿。そして、ラシェルの意識の時はラシェルの姿に・・・・。
なんだか久しぶりに見た気がするラシェルの姿に、絵瑠はにっこりと無邪気で、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やぁ、ラシェルちゃん。久しぶり☆」
状況が掴めずキョロキョロと辺りを見まわしていたラシェルの視線がこちらに向いた。
そして、その眼差しに浮かんだのは警戒の色・・・・・・・・。