■■ 神様の居ない宇〜第4章・次代の女王 2話 ■■
「ユーキちゃん、早速頼みがあるんだけど・・・・・いい?」
すでに見慣れたおねだりモード。けれど自分にそれを断れるはずは無い。
利用されてるだけだとしても、それでも結城は絵瑠が好きだった。
絵瑠の頼みを聞いてセリシアに降りていく・・・・・・・。
「精神体だけだなんて一番面倒な方法だなぁ」
絵瑠の頼みだからとここまで来たが、結城は少しばかり気が重かった。
精神体だけを分離させて連れて行くというのは一番難しいことなのだ。
魂だけならば普通に殺してしまえば身体から魂だけが抜け出てくるからそこを捕まえれば良いし、身体ごとならばそのまま拉致すればいいのだ。
が、精神だけとなると殺してはいけないという制約がついてまわる。
身体と精神は密接に繋がっているものだからだ。
身体が死んでしてしまえば精神は存在できなくなり、魂だけが次に宿る場所を探してさ迷いはじめる。
・・・・・・結城は一つ息を吐いて、それからセリシアの一角にあるレイナート王国、その国内にある洞窟に入っていった。
目的の人物がそこに居るからだ。
実を言えば、結城は彼を精神体で連れてこいと言われた事自体気に入らなかった。
きっと絵瑠は彼の前世・・・つまりラシェルの意識を引っ張り出すために精神体で連れてこいだなんて言ったのだろうから。
それでも、結城は絵瑠に逆らわない。
ふと、いつからこんな風になったんだろうと思う。
昔・・・ずっと昔は、絵瑠が大嫌いだった。憎んですらいた。
結城は首を振ってその思考を頭から追いやった。
今では、もうどうでもいいことだ。
今の自分は絵瑠が好き。それで充分なのだから。
「いつまでも悩んでるわけにはいかないし・・・・やるか」
結城は自分に勢いをつけて洞窟の奥へと進んでいく。
目的の人物とその連れは、意外と奥までたどり着いていた。
途中で、なんだか強そうなモンスターの死骸があったのにはちょっと驚いた。
二人とも冒険初心者なのに、よくこんなの倒せたなぁと感心してしまう。
更に奥に進むと、巧妙に隠された岩の扉がある部屋で二人を見つけた。
「さーて、どうやろうかな」
姿を消して結城は呟く。
とりあえず目的とは無関係の人間が邪魔だ。
最初は結城の周辺にだけ。それから、部屋全体に闇が広がる。
姿を消しているから、彼らには闇・・・・・発生元もわからない黒い霧だけが広がっていくように見えただろう。
そうして必要のない人間を引き離し、結城は彼・・・・・レイの前に姿を現した。
さて、どうしよう。
レイの前に姿を現したはいいが実際どうするか良く考えてなかった。
(一番手っ取り早いのは死なない程度に傷めつければいいんだろうけど・・・)
その死なない程度が難しいのだ。結城は回復能力を持ってないからもしもやりすぎてしまった場合は取り返しがつかない。
絵瑠は、この世界――正確には箱庭――でならほぼ何でも出来るという創造能力を持っている。が、結城はそんな能力は持ち合わせてはいなかった。
結城の力の突出しているのは戦闘能力と、異形の僕を創り出す能力。どちらもこの場ではあまり役に立たないものだ。
「誰・・・・・・?」
レイが囁くような声で言う。
結城は自分の能力を再度思い返す。この状況で使えそうな能力・・・・・・・レオルは相手を眠らせたり麻痺させたりする法を知っていた。同質の力を持つ結城もやってやれないことはないはずなのだ。
が、やっぱり死なない程度に攻撃する方法しか思いつかなかった。
結城は大きく溜息をついて自分の周囲にいくつかの触手を生み出す。
絵瑠が見てたらいつものパターンで面白味がないとか言われそうだが、慣れた方法が一番良い。慣れたパターンならば微妙な手加減もしやすいだろう。
絵瑠の元を離れてから数時間後。
結城はなんとか精神体だけを連れてくることに成功した。
絵瑠はすでに見慣れた、口の端だけを上げた笑み見せた。
結城には声もかけずにレイの方へと視線を向ける。
「はじめまして、レイ・・」
絵瑠はクスクスと笑いながら楽しげな口調で言った。
それに対してレイは静かな口調で同じように言葉を返す。
「はじめまして、絵瑠」
意外と冷静な声音。どうやらある程度状況を理解しているようだ。
自分が説明していない以上、レイは何らかの方法で自力で現在の状況を知ったのだ。
多分、それは女王の能力・・・・・・・。
完全には扱いきれていないだろうが、近い過去を見る程度ならば出来ないこともないだろう。
絵瑠は淡々とした調子で言葉を続ける。
「わかってると思うけど・・・頼みがあるんだ」
そう、呟いた絵瑠にレイは真面目一辺倒の固い表情を返した。
「世界と一緒に心中する気はないよ。それしか方法がないなら――」
レイの表情が歪んだ。言葉が止まる。
何が起こったのかわからないまま絵瑠のほうを見ると、絵瑠は口の端をあげて不敵な笑みを見せていた。
絵瑠の表情に気付いて、レイが絵瑠を睨みつける。
「何かしたの?」
「いーや、ボクはなんにもしてないよ。ただ、君の中にいるラシェルちゃんが拒んでるんだよ。あの子は”特別”を嫌うから」
レイは嫌悪の表情を絵瑠に向けた。
「あんたがそうしたんだろう?」
その指摘に、絵瑠はクスクスという小さな笑みで答えた。
絵瑠はその問いには答えなかった。けれど、否定もしなかった。
レイは絵瑠の答えを待っているのか黙ったままだ。
絵瑠も何も言わない。
そしてしばらくの沈黙・・・・・・・・・・・・・。
絵瑠はフッと息を吐いて、冷たい瞳でレイを見つめた。
「キミ、真面目だすぎてつまんないよ。からかいがいがないなぁ」
絵瑠の瞳が冷たく冴える。
クス・・・・・と、小さな笑みが聞こえたような気がした。
そしてその直後。
レイの姿が薄れ、替わりにラシェルが姿を現す。
やっぱり、絵瑠がやろうとしていたことはこれだったのだ。
ラシェルに逢う為に、レイを精神体でつれて来いなんていったのだ。
それにしてもよくこんなことが出来たなぁと感心もする。
相手は、数百にものぼる箱庭も含めたこの世界を創造し、そして今も支えつづけている女王の後継者なのだ。
絵瑠はラシェルの姿を見とめて、にっこりと、無邪気な悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そして少しばかり緊張したこの場に不釣合いなくらいの明るい口調で言う。
「やぁ、ラシェルちゃん。久しぶり☆」
状況が掴めずキョロキョロと辺りを見まわしていたラシェルの視線が絵瑠に向いた。
その眼差しに浮かんでいたのは警戒の色・・・・・・・・。
ラシェルがこちらに気付いた。目が合う。
結城は、憎悪にも近い瞳をラシェルに向けた。
ラシェルは一瞬引いたが、けれどその直後には強い視線を送り返してくる。
横からクスクスという楽しげな声が聞こえた。
「うん、それだよ。やっぱりラシェルちゃんはボクのお気に入りだ☆」
絵瑠が言う。
絵瑠の視線が、こちらに向いた・・・・・・。