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 神様の居ない宇〜第4章・次代の女王 3話 

 絵瑠は結城を見つめた。
 結城は絵瑠の言葉を待っていた。
 絵瑠は、ニッと口の端を上げて笑った。
「ユーキちゃんに任せた」
「・・・・・え?」
 言葉の意味がわからなかったのか、呆然とした面持ちで結城が聞き返してくる。
 絵瑠は、もう一度、同じ言葉を繰り返した。
「ユーキちゃんに任せた。ユーキちゃん、ラシェルちゃんのこと嫌いなんでしょ?」
 驚きに満ちた結城の瞳が、少しずつ笑みに変わっていく。
 それは、酷く無機質な、それでいて暗く冷たい夜の海を思わせるような笑み。
「・・・・・・オレの、好きなようにしていいんだね?」
 確認、というよりは、ただ言葉を繰り返しただけの抑揚の無い言葉。
 絵瑠はその問いに、頷くことで答えた。
「よっしゃあ!」
 喜びの叫びと共に結城が飛び出す。
 ラシェルはいまだ状況を理解していない。ただ、戦いを避けられないことだけは理解したようだ。
 結城の攻撃を避けながらも、ラシェルの瞳は絵瑠を捉えていた。
 ・・・・・・探るような瞳。

 万里絵瑠がラシェルの――この魂の前に姿を現したのはほんの数回。その記憶も消した。
 けれど彼は知っている。知るはずの無いいくつもの事柄を。
 彼は、知っていなければならないのだ・・・・・・。

 ラシェルの視線が、唐突に絵瑠から離れる。
 結城がラシェルに攻撃してきたせいだ。ラシェルは慌ててそれを避け、それから、多分レイのおかげで体が覚えているのだろういくつかの魔法を放つ。
「・・・・・・やっぱ、ユーキちゃんじゃ敵わなかったか」
 たった数回の攻防。それだけで、結城は倒れてしまった。
 確かに結城は強い。同種の他の誰よりも結城は強いだろう。けれど、相手が女王の後継者ともなれば話は違う。
 結城は絵瑠よりは弱い。今のラシェルは技量こそ絵瑠に敵わないものの、素質だけならば絵瑠でも遠く及ばない。
 結城相手ならば、その素質だけで勝利することも不可能ではないくらいに。


 ・・・・・クスっ


 計画は順調に進行している。それをはっきりと認識して、万里絵瑠は楽しげに笑った。
「・・・・・・あんたは、何がしたいんだ」
 彼はあからさまな警戒と憎悪の色を示して言葉を投げかける。
 当然だろう。多分、今の彼は知っているはずだ。レオルを導いたのは誰なのか、フィズを殺したのは誰なのか。
「幸せになりたいだけだよ♪」
 軽い口調に似合わない黒い雰囲気を纏った瞳。結城にも見せたことのない瞳。裕だけが知っている、冷えた瞳・・・。
「自分以外はどうなっても良いのかよ!」
 ラシェルも絵瑠に幸せを奪われた一人だろう。
 例えば、ラシェルが女王の後継者として目をつけられていなければ・・・・羅魏同様どこか冷めた人間になっていたかもしれないし、もしかしたら優しい人達に囲まれて幸せな生を歩むことが出来たかもしれない。どちらにしても辛い想いをすることなんてなかっただろう。
 もしも、絵瑠がラシェルの記憶を操作していなければ・・・ラシェルは自分の生まれと力を自覚して育ち、兵器として生まれた自分を・・・永遠を生きることを受け入れることが出来たかもしれないし、フィズを守れたかもしれない。
 その”もしも”が幸せになれるかは知らない。けれど、少なくともフィズを殺し、ラシェルの安息の場を奪ったのは絵瑠に間違いないのだ。
 絵瑠は何も言わなかった。ただ、黙っていた。
 自分も他人に幸せを奪われたクチだ。自分以外どうでも良いのか。そう言われて一瞬ちくりと胸が痛んだが、そんなものはとうに捨てている。

 ラシェルの叫ぶような声を聞いた次の瞬間、絵瑠はパッと顔をあげた。
 絵瑠の周囲に風が発生する。風は絵瑠の意思に従ってラシェルに向かって吹いた。
 咄嗟のことにラシェルは避けられない。風が、ラシェルの肌を切り裂く。
 ラシェルの瞳に疑問の色が浮かんだ。
 女王の能力では他人の心を覗き見ることは出来ない。どんなに強大な力でも万能ではないのだ。
 絵瑠は笑う。口の端だけをあげてクスクスと。
「闘って☆ でないと死んじゃうよ?」
 言いながら再度ラシェルを攻撃する。今度はさすがに避けられた。
「どうして!」
「キミの力が欲しいんだ・・・・・。本当はユーキちゃんに自分でやってもらおうかと思ったけど、無理みたいだから」
 一瞬、言葉を止める。
 訪れた心地よい静寂に、絵瑠は小さな笑みを浮かべた。
 そして・・・・・・何の感情も映し出さない瞳で、ラシェルを正面から見据えた。
「ぼくが、キミを倒す」
 最初からそのつもりだった。
 結城の内にラシェルの――女王の力を持った魂を吸収させるつもりだった。
 その魂が自らの力の使い方を知っていなければ、力を吸収しても扱えない。だからわざわざ転生させた。
 結城が女王の力を持つ魂を吸収すれば、結城がその力を得る。
 結城が自分には逆らわないということを、絵瑠はよく知っていた。
「ああ、そうだ。そういえば女王の力は羅魏にも少しわけちゃったんだっけ。あとで羅魏も殺しに行かないとね・・・・・」
 ラシェルの周囲が急激に冷えた。実際に気温が下がったわけではない。けれど、絵瑠にはそう感じられた。
 絵瑠の横を風が凪ぐ。気配も何も無しに、この宇(そら)の中に突然生じた風。
 絵瑠はニヤリと不敵な笑みを見せた。邪悪という言葉がぴったりと似合いそうな表情。
「やっとやる気になってくれたね・・・・」






 サリフィスの中央。サリス島リディア都市の中央研究所。そこは同時にサリス島の政治の中心機関でもある。
 羅魏とアルテナはアクロフィーズに呼び出され、この地を訪れていた。
 呼びつけられた理由は至極簡単なもので、人手不足だから手伝いに来いとそれだけのことだ。
 だったら新しく人を雇うなり臨時アルバイトを探すなりすればいいものを、アクロフィーズはいつもいろいろと理由をつけては二人――正確には羅魏。羅魏が出かけるともれなくアルテナがついてくるのだ――を呼び出す。
 羅魏は呼ばれないとミレル村から出てこないものだから、そしてアクロフィーズはリディアの長という役職上なかなかそこから離れられないから。
 だからそれっぽい理由をつけて羅魏を呼び出すのだ。
 弟の顔を見るために。

 表向きの理由と異なっているとはいえ、人手が足りないのも嘘ではないようで・・・二人は書類整理を手伝わされていた。
 ふいと、羅魏が宙を見つめた。
「羅魏君?」
 アルテナが作業の手を休めて羅魏を見る。
「ラシェルの気配がする・・・・・」
 羅魏は呆けた様に呟いた。
 アルテナは驚きの声をあげる。
 いるはずがない・・・・・・いるはずがないのだ。
 ラシェルが転生したことを、アルテナはしっかり確認した。前世が現れるなんてそうはないはずだ。
「僕、行ってくる」
 唖然としているアルテナを置いて、羅魏はふわりと消えてしまった。




 ラシェルが在る場所へ!!

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