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 神様の居ない宇〜第4章・次代の女王 4話 

 ラシェルにしては、健闘していた。
 けれど、絵瑠は能力を使った戦闘において、ラシェルよりも遥かに闘い慣れていた。
 その慣れが、少しずつ二人の差を広げていく・・・・。
 ラシェルの目の前に炎が広がった。
 ・・・避けきれないっ!
 そう、思ったときだ。
 目の前に、人影が現れたのは。
 懐かしい・・・・自分の片割れの姿・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・羅魏」
 憎々しげにその言葉を発したのは、絵瑠。
「邪魔だよ、オマエは!」
 その一言で、羅魏の身体が飛ばされる。
 ラシェルと万里絵瑠は、同レベルの闘いを繰り広げることが出来ていた。
 素質においてはラシェルが上。けれど技量においては絵瑠が上。そのせいで力のバランスが拮抗していたのだ。
 けれど、例えどんなに強大な能力を有していようとも、絵瑠の支配下の世界で生まれ、未だその枠の中にいる羅魏は絶対に絵瑠には敵わない。
 ラシェルはそう、思った。多分絵瑠も同じように思っただろう。
 けれど、その予想は大きくはずされた。
 羅魏が立ちあがった。そして、叫ぶように言う。
「僕は知ってる・・・・・・・僕のこの気持ちを最初に造ったのは誰なのか。
 でも! 今感じてる気持ちは僕のものだ。貴方が造ったものじゃない!」
 ラシェルは羅魏のその言葉を呆然と聞いていた。
 ラシェルが知っていたあの頃の羅魏からは想像もつかない言葉だ。
 また、絵瑠も目を丸くしてその様子を見ていた。
「なんで・・・・・・・なんでそんなこと言うの? キミは・・・・あいつからラシェルちゃんを守ってくれるだけで良かったんだよ。それ以外はいらない。もうキミの役目は終ってるんだよ・・・・・」
 弱々しい、絵瑠の言葉。
 初めて聞く、初めて見る絵瑠に、二人ははっとした様子で絵瑠を見た。

 ――ああ、そうなんだ・・・・・・。

 なんとなくわかったような気がした。
 女王の能力では人の心を覗き見ることは出来ない。けれど、万里・絵瑠が・・・”彼女”が生きてきた歴史を見ることは出来る。過去の映像として。
 そうして、その過去が見えてしまった時、気付いたのだ。
 選んだ道が違うだけで、結局は同じなんだと。


 ただ・・・幸せになりたいだけ・・・。

 たった、それだけなんだと。

 ラシェルは、全てを忘れて新しい幸せを探す選択をした。
 万里・絵瑠は、辛いことも悲しいこともすべて抱えて、もう一度、昔と同じ幸せを取り戻そうとしている。
 どちらが正しいなんて言う事は出来ない。
 ただ、それを感じた時にはもう絵瑠に対する恨みや憎しみと言った感情は消えうせていた。
「絵瑠・・・あんたはどうして欲しいんだ?」
 替わりに、哀しみに近い感情がラシェルの心にあらわれた。
「ラシェル?」
 羅魏が問いかけるような瞳でラシェルを見た。
 ラシェルはそれに苦笑で答える。
 もう戦えない。わかってしまったから。
 沈黙の後、絵瑠は小さく、呟くように言った。
「ボクが女王になりたい・・・・・・・・・でもそれは無理だから、キミを殺してキミの魂をユーキちゃんにあげるんだ。ユーキちゃんはボクに逆らわない。ボクの替わりにユーキちゃんにボクの願いを叶えてもらうんだ」
 絵瑠の瞳は何も映し出していなかった。ただ、ここには無い何かを追いかけているようにも見えた。顔は笑っているのに・・・・・それなのに、ひどく寂しそうに見えた。
 ラシェルは、瞳を閉じた。自分ではこの力を使いこなせない。
 この力を使いこなせるのは、魔法というものに慣れている人間。
 絵瑠の干渉で、本来居ないはずの自分が存在してしまっているが、本来ならここに居るのは今を生きているレイのほうだ。
 絵瑠の強制力が弱くなっているのがわかった。
「羅魏・・・・」
 羅魏は心配そうにこちらを見ていた。
 羅魏の瞳は、羅魏自身を責めているようにも見えた。
 ここまで来て何も出来なかったから・・・?
 だがそんなことはない。
 羅魏自身が何も出来なかったと思っていたなら、ラシェルは思いっきりそれを否定する。
 羅魏の一言が、絵瑠の本音を知るきっかけになったのだから。
「羅魏が来てくれたおかげで助かった。ありがとう」
 今にも泣き出しそうな羅魏の顔を見て、ラシェルは初めて後悔した。
 あの時、死を選んだことを。
 羅魏とラシェルは違う。でも、同じだ。
 羅魏も永遠を持ち、ラシェルも永遠を持っている。
 今なら・・・・・・出来そうな気がした。
 羅魏と一緒なら、永遠の時でも過ごせそうな気がした。
 けれど、今更後悔してももう遅い。

 ラシェルの意思に関係無く、本来ここに在るはずの者が現れる。ラシェルという、前世の人間の意識を眠りにつかせて・・・・・・・・・。












 ふと気付くと、目の前に絵瑠が居た。
 さっきまでのラシェルと絵瑠の会話も全て覚えている。
 隣に、ラギがいた。
 ラギは寂しげな笑みを残して、ふっと姿を消した。
 消える直前、ラギの口元が動いたが、何を言ったのかは聞こえなかった。でも、それでいいんだろう。
 自分の中にいるはずの前世。きっと、ラシェルだけが聞ければいい言葉なんだ。


 二人だけになって、――正確には結城がそこに倒れているが――レイは絵瑠に視線を向けた。
 レイは知っていた。女王がそうしたようにその能力を他人に貸し与える方法を・・・・・・。
「絵瑠・・・・さっきはそれしか方法が無いなら仕方ないなんて言ったけど、本当は違う。僕はまだここに居たい。
 だから、僕のお願いを聞いてくれるかな?」
 絵瑠はその瞳をこちらに向けて、小さく問い返した。
「お願い?」
 レイはにっこりと笑う。これが最良の方法だと思った。
 生まれ変わり、新しい幸せを探すことを望んだラシェル。
 ラシェルの願い通り、今幸せな時を過ごしているレイ。
 全てを抱え、昔の幸せを取り戻すことを望んだ絵瑠。
「女王の力を捨てることは不可能。でも、誰かがその代理をしてくれれば・・・僕は女王にならずに済むんだ」
「代理・・・・・・・・・?」
 絵瑠の瞳が、弱いながらも光り出す。
「うん。僕が女王だってことは変えられないけど、僕の力を絵瑠に使ってもらうことは出来る」
 何かの媒体を通して、女王の力を絵瑠が自由に使えるようにすれば良い。先代女王がそうしたように能力そのものを全て渡すことは無理だが、その能力を貸すことは出来る。そういうことだ。
 絵瑠がにっこりと笑った。子供のような無邪気な笑み。
「いいね、それ♪」





 その数時間後。
 レイの精神体は自らの身体へと戻っていった。
 絵瑠は結城が目覚めるのを待っていた。
 別にさっさと起こしても良かったのだが、今はとても気分が良かった。
 だから、待っててやろうという気持ちになった。
 結城がゆっくりと瞳を開ける。
 ずっと気を失っていた結城には何が起こったのかさっぱりわからないようで、結城の顔には疑問符がたくさん浮かんでいた。
 絵瑠は笑う。
「ねぇ、ユーキちゃん。ボクはやっと幸せを手に入れられる。でも、やっぱりボクの幸せにはユーキちゃんもいなきゃダメみたいなんだ」
 何百年、何千年ぶりかの、心からの笑顔で。
「・・・・・・・一緒に来てくれる?」
 結城が戸惑いがちに絵瑠を見つめ返す。
 戸惑うのも無理はない。
 だってこんなふうに、命令でもなく、おねだり口調でもない言葉で結城に頼み事をしたのは初めてだから。
 結城は、ほんのちょっとの戸惑いのあと、何がなんだかわからないけど・・・・。そんな顔をしながら、何度も何度も頷いた。

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