■■ 神様が滅える日 5話 ■■
異世界に飛ばされ迷子になった時ですら落ちついていた綺羅だが、さすがにこれには驚いたらしい。
「オイ。ちょっと待てよ・・・・なんで落ちついてるんだ・・・?」
震える声で絵瑠を指差す。絵瑠は、片腕をばっさり切断されながら血の一滴すら流してはいなかった。
互いに睨み合っている加奈絵と絵瑠。
「加奈絵・・・・・・」
羅魏は、一歩踏み出そうとした綺羅の服の裾を掴んで制止した。
「なんで止めるんだよ」
「入っていけると思う?」
感情的な綺羅の声に、羅魏は冷静に問い返す。
羅魏の言葉に、綺羅は加奈絵と絵瑠の方を見やり視線を落とした。
確かに、綺羅は戦いの経験がないわけではない。だがそれは、命まで賭けたやり取りとは程遠い、羅魏から見ればただの喧嘩と言っても差し支えないレベルだ。・・・・・どう考えても、あの戦闘に入っていくのは無理だろう。
羅魏は、加奈絵の事は絵瑠に任せて自分は綺羅の守りに徹するつもりでいた。
「きゃあっ!」
悲鳴が聞こえ、綺羅は俯いていた顔をあげて悲鳴の主――加奈絵に視線をやった。
絵瑠の攻撃にバランスを崩した加奈絵を見て思わず声をあげる。
「加奈絵!」
だが、動けなかった。
さっきまでの戦い・・・。あれはどう考えても、自分が入っていけるレベルではなかった。
――さっさと動けよ。加奈絵を助けるんだろ?――
「・・・・え?」
声が、聞こえた。
綺羅は慌ててあたりを見まわすが、その声の主らしき姿はない。
戸惑いに立ち尽くしていると、今度は、苛立った様子の声が聞こえてきた。
――もう、大事な人を助けられないのはイヤだ。頼むよ・・・・・――
いや、苛立った・・・と言うのは少し違う。確かに苛立ってはいるのだが、その中に、哀しみの色が存在した。
「誰だ・・・・?」
そう問いかけたときには、すでに答えはわかっていた。
どこかで聞いたような声・・・。
これは、自分の声だ――けれど、言っているのは、綺羅であって綺羅でない。
だが、綺羅は自覚していた。
この言葉は、彼の思いであると同時に、自分の思いでもあるのだと・・・・。
今動かなければ後悔する!
加奈絵と絵瑠は、静かに睨み合っていた。
必死に気持ちを落ちつけて、ゆっくりと歩き出す。
加奈絵が、綺羅に気づいて目を丸くした。
ぐいっと絵瑠の手を引き、そのまま羅魏のところまで戻ってくる。
そして綺羅は、加奈絵に背を向けるかたちで立ち、改めて羅魏と絵瑠に向き直った。
「加奈絵のことはオレ一人でやる。お前らは崩壊を止めろ」
「え?」
「崩壊?」
いきなりの発言に、二人は目を丸くして綺羅を見つめ返した。
「一人って・・・そんなの無理だよ!」
羅魏が焦った様子で声を荒げた。
綺羅はおもむろに羅魏に歩み寄ると、半ば呆然としている羅魏の目の前で立ち止まった。
にっこりと意地悪く笑って羅魏に手を伸ばす。
直後、羅魏が反応する間もなく――羅魏がぽけっとしていたせいもあるが――綺羅は羅魏が大事にしまい込んでいた銃を奪い取った。
「返して!」
そんな羅魏の抗議にはまったく耳を貸さず、綺羅は平然とした様子で加奈絵に向き直った。
銃はしっかりと加奈絵に向けられている。
だが、加奈絵はまったく動じる様子はなかった。一瞬蒼白になりかけていたが、綺羅と目があった時にはもう落ちついていた。
・・・・・・引き金が引かれる。
銃身から放たれた光は、ピンポイントで加奈絵の髪を括っているリボンの一つに当たった。
それでも加奈絵は動かなかった。ただ、穏やかに微笑むだけ・・・・・・。
最初に動いたのは、羅魏。
「なにするんだよ!」
ものすごい勢いで銃を奪い返し、綺羅を睨みつけた。
そして哀しそうな瞳で、怒りの込められた声で言う。
「ラシェルはそんなことしなかった。どんなことがあったって大事な人に銃を向けたりしなかった。例え絶対に当てない自信があったとしても・・・だよ」
羅魏の発言に、絵瑠が少しばかり驚いた様子で二人を見た。けれど、羅魏はそんな絵瑠の様子に気づく余裕はなかった。
綺羅一人がそんな絵瑠の表情に気づいて、悪戯が成功した子供のような瞳で笑って見せる。
絵瑠が不機嫌そうにこちらを見つめていたがとりあえずそれは無視しておいて、羅魏のほうに視線を戻した。
さっきまでは、羅魏が綺羅を見る瞳には親しみがあった。
それは大切な人を想う瞳。
だが、今、羅魏の瞳は困惑の色を宿している。きっとよく知っているはずの人が、一瞬で別人になってしまったような感覚なのだろう。
「そりゃそうだ、別人なんだからな」
綺羅は不敵に笑い、羅魏に背を向けて歩き出した。向かうは加奈絵の元。
目を丸くしている羅魏に背中を向けたまま、言う。
「それ、大事な人の形見なんだろ? しっかり持っとけよ」
絵瑠と、目が合った。
「崩壊って、何?」
「そのうちわかる。いいからここはオレにまかせとけって」
絵瑠はまだ不満そうだったが、頷いてくれた。
「わかったよ、”女王”サマ」
思いっきり不機嫌にそう言って、綺羅が向かうのと反対方向に歩き出す。
「ほら、行くよ。羅魏」
二人の気配が遠くなっていく。と、羅魏の気配が止まった。
綺羅は、何やってるんだとイラつき、思わず後ろを振り返った。
「・・・・・・ありがとう」
羅魏が、穏やかに笑っていた。
そうして、返事を待つことなく綺羅に背を向けて歩き出した。
この瞬間、ずっと羅魏の心の中ではまだ生きているも同然の者として存在しつづけてきたラシェルという人物が、死者へと変わった。
綺羅は、確かにラシェルの生まれ変わりであり、女王の転生者だった。
だが、それでも綺羅とラシェルはまったくの別人なのだ。
例え――綺羅がラシェルの記憶を持てたとしても・・・・・・。