■■ 神様が滅える日 6話 ■■
バタバタバタバタ・・・・・バタンっ!
「ユーキちゃんはっ?」
ものすごい形相で部屋に駆け込んで来た絵瑠は、部屋に入るなり叫んだ。
「おかえり、絵瑠」
さすがと言べきなのか・・・裕はまったく動じず、穏やかに微笑んで言う。
「ただいま、裕♪」
般若の形相が一瞬で天使の笑みに変わる。
にっこりと可愛らしく笑って裕に返事を返した絵瑠は、またも一瞬で表情を変えてアルテナを睨みつけた。
「ユーキちゃんは?」
だがアルテナは答えない。
「ユーキちゃんは!」
語気を荒げてもう一度言う。
ここで、のんびり歩いてきた羅魏が部屋に入ってきた。
呆れたように言う。
「怯えてるってば」
アルテナの方に視線を向けて、羅魏は絵瑠とまったく同じ質問をした。
「アルテナ、結城がどこに行ったか知らない?」
「え・・ええ」
アルテナはやっと硬直から解けて、コクコクと頷く。
「結城様は先ほど出かけられましたの」
「出かけた? どこに」
ジロリと鋭い視線で睨みつけると、アルテナは身を竦めて助けを求めるような目で羅魏に目を向けた。
「はいはい、落ちついて。で、何かあったの?」
羅魏は小さく溜息をついて、二人の間に割って入る。そうして、改めてアルテナに質問をした。
アルテナはハッとなって羅魏と絵瑠の二人を見つめ、早口に答えた。
この焦った様子といい、動揺してドモリ気味な口調といい・・・よほどのことがあったのだろう。
なかなか要領を得ないアルテナの言葉をまとめてみるとこういうことだ。
五分ほど前、アルテナが妙な感覚を察知した。
で、詳しく探ってみるとこの箱庭宇宙が端から崩壊し始めていた。
そのことを話した途端、結城は慌てて出かけてしまった・・・ということらしい。
「・・・・・・・・・・ふ〜ん」
絵瑠は無表情に――瞳だけが、顕著に不機嫌さを表わしている・・・――頷いた。
「ま、あの子の性格ならやりそうな気もしてたけどね」
「なにかご存知なんですの?」
納得したふうに言う絵瑠に、アルテナが首を傾げる。
絵瑠は少し間を置いてから今はもうない黒い空があった方角を見つめて答えた。
「女王を見つけたんだけどね、女王が一人で”滅びを望む者”と戦うってんで放ってきたんだ。能力使えてるみたいだし、どうにかするかなって」
アルテナの顔色がさっと蒼白に変わる。
「まさか・・・負けてしまったんですの?」
「違うと思うよ。”滅びを望む者”の転生者が女王の転生者に近しい友人だったんだよ。多分・・・女王は能力全部使いきって”滅びを望む者”の能力を封印したんじゃないかな」
羅魏は落ちついた様子で答える。
崩壊が進めばこの宇宙は消滅してしまう。アルテナや絵瑠、結城はまだしも、この宇宙に生まれた命――正確には命とは少し違うが――である羅魏も消滅してしまう。
「それで、崩壊を止めろ、ね。最初からそのつもりだったわけだ」
絵瑠は呆れたように言う。
「でも・・・どうするんですの?」
アルテナの問いももっともだ。
もともとこの宇宙だって”女王”という大きな基盤の上に存在するものなのだ。
いくらこの宇宙を創り出したアルテナでも、その大元である”女王”がいなくなればこの宇宙の存在を保つのは不可能だ。
「ここだけならなんとかなるでしょ。ボクも女王の力はもう使えないだろうけど、ここだけならカケラだけでも充分保てるよ」
「では他の方々は?」
アルテナの脳裏に浮かんでいるのは亜夢の国の友人達であろう。
ここしか保てないと言うことは、当然亜夢の国は消えるし、他の箱庭も消える。
アルテナとまったく関わりのない他の箱庭の住人はまだしも、その箱庭の”管理者”と”女神”たちにはアルテナの友人が多くいる。
アルテナは、彼らの安否を気遣っているのだ。
「さあ」
絵瑠は無情にも言い放つ。
一応、絵瑠も友人と呼べる人間が数名いるのだが・・・。すでに結城の行き先を予測していた絵瑠は、その辺りをまったく気にしなかった。
アルテナは泣きそうな声で言う。
「そんなぁ〜。マリエル様、本当にどうにもならないんですの? せめて他の方々に警告だけでも・・・」
「それならオレが行ってきた」
唐突に降ってきた声に、部屋にいた全員がそちらを見る。
「ユーキちゃん☆」
いつもの如く絵瑠の真後ろに現れた結城だったが、後ろを振り返った絵瑠と目が合うなり、くるりと回れ右をして駆け出した。
が、絵瑠の手に掴まれて立ち止まる。
絵瑠はにっこりと可愛らしく――だが、裕に見せる笑顔とは程遠い、恐ろしいまでの怒りのオーラを纏いつつ、言った。
「な・・・なに?」
結城はゆっくりと振り返った。
どうやら絵瑠の怒りの原因に気づいているようだ。冷や汗を流しつつ、恐怖に引きつった表情で絵瑠の言葉を待っている。
にっこりと・・・・わざとらしいまでににこやかに笑って――だが、瞳がまったく笑っていないあたりがなんとも言えない。
「ボクに嘘ついたでしょ」
結城には悪いが、端から見てる分にはかなり面白い。
「ごめん〜〜っ! だってオレまだ死にたくなかったし・・・」
結城は情けなくも半泣き声で言い訳にしか聞こえない口調で言う。
二人の―― 一方的に結城が負けている――言い合いに終止符を打ったのは裕だった。
「絵瑠、それくらいにしてあげないと結城くんが可哀想だよ。それよりほら、崩壊を止めなくちゃいけないんじゃないかい?」
さすがは絵瑠の保護者だ・・・・・・・・・・。
この場に居た絵瑠以外の全員が同じようなことを感じて、感心の息を漏らす。
絵瑠はぽんっと手を打ってアルテナに目をやった。
「んじゃ行こっか。あ、羅魏もね」
「僕も〜?」
羅魏は心底面倒そうに不満の声をあげた。
「当たり前。あ、ユーキちゃんは裕といてね、念の為」
「おっけー」
すでにさっきの恐怖を綺麗さっぱり忘れ去った結城は明るく答える。
「いってらっしゃい。無理はしちゃだめだよ」
相変わらず状況に不釣合いな笑顔で、裕は絵瑠たちを送り出してくれた。
「さて。・・・とりあえずお茶でも飲む?」
三人を見送った裕はいきなりそんなことを言い出した。
「・・・・・・・・今の状況わかってるのか・・・?」
さっきとはまた違う意味で冷や汗を流し、結城が問う。
「わかってるけど僕らにどうこう出来る物でもないだろ? それに、そっちのお嬢さん方にもね」
「へ?」
言われて結城は裕の視線の先を追う。
そこはちょうどベランダがある窓。そしてその外には・・・・・・
「なんでおまえらいるんだよっ! 自分の箱庭はどうしたんだっ?」
先ほど警告してきたばかりの、亜夢の国の住人らがいた。
もちろん全員ではないが、それでもかなりの人数にのぼる。
「・・・・・・とりあえず屋上に出よう」
どう見ても部屋に収まりきる人数ではない。
それより・・・この箱庭内で創造能力を発揮出来るのはこの箱庭を造った”管理者”アルテナと、その上に立つ”女神”――すなわち、絵瑠。この二人だけのはずである。
いったいどうやってここまで来たのだろう?
裕と共にマンションの屋上にあがった結城は、改めてその人数を確認して目を丸くした。
ざっと見ただけでも百人以上はいる・・・・・・・・。
「で、どういうことだ?」
結城は不機嫌も露に質問した。
中の一人――確か絵瑠と仲が良かった・・・ライナと言う女性が、答えてくれる。
「結城さんから話を聞いて、私たち、決めたんです。どんなに頑張ったって”女王”がいない世界で、自分だけの力で箱庭を保つのは不可能です。この創造能力だってもともと”女王”から頂いたものですから。
もちろん、それでも・・・無理を承知で自分の箱庭に向かった者もいます。
でも私たちは、たいして思い入れを持たない箱庭を救うよりも、友人を助けたいと思ったんです。アルテナも絵瑠も、本当に、箱庭を大事にしてました。だからここに来ました。何が出来るわけでもありませんけどね」
ライナは最後の一言を寂しそうに笑って言った。
「えっと・・・オレが聞きたかったのはどうやってここに来たかってことなんだけど・・・」
「ああ、それ?」
結城の問いに、ライナはあっさりと答えた。
「皆で力を合わせて無理やり。まだ能力が残ってたから何とかなったんですけど、それでもこの星に辿り着くのが精一杯でした。・・・・・・・もう、神の力は失ってしまった」
「んじゃ結局何も出来ないのか」
たいして期待はしていなかったものの、やはり少し落ち込んでしまう。
だが、肩を落とす結城とは対照的に、裕はとても嬉しそうに笑った。
「何もできないなんてことはないさ。
応援があるとないとじゃ、けっこう差が出てくると思うよ。特に、今みたいな状況ではね。
・・・・・・ありがとう、来てくれて」
周囲がざわつく。
どちらかといえば・・・希望のこもった音。
何時の間にか、皆の視線は一点に向けられていた。
ここからは見えない、宇の彼方へ・・・・・・・・・・。