■■ 神様が滅える日 7話 ■■
カケラとは言え、女王の能力そのものを有している羅魏がいてくれたおかげか、箱庭の修復は案外あっさりと片がついた。
だがその代償として、アルテナは”管理者”としての能力――すなわち、創造能力を失ってしまった。辛うじて残されたのは、異常を察する感知能力のみ。それとて、極端に精度は落ちているが。
それでも、アルテナはここの創造者だ。なんとか崩壊を止められたらしいというアルテナの言葉に、二人は安堵の息をついた。
「では、裕様のところに戻りましょう」
飛べなくなってしまったアルテナは、羅魏に支えてもらってにっこりと笑った。
その笑みに、箱庭を救えたという喜びとはまったく違う感情が見えるような気がしないでもないが、多分気のせいではないだろう。
飛べないアルテナを放っておくわけにもいかず、かといってまったくやる気のない絵瑠にアルテナを頼むわけにもいかず・・・・。ニコニコ顔のアルテナの横で、羅魏は深い溜息をついた。
現在、この箱庭は羅魏一人で保っている状態になっている。
カケラの能力では、この箱庭一つが精一杯だった。
アルテナ同様”女神”としての能力も、”女王代理”としての能力も――こちらは女王本人の力を使っていたのだから本人がいなくなれば使えなくなるのは当然だが――失った絵瑠は、仕方ないので自身の能力のみを使って飛んでいた。
「っていうかさ・・・・ボク、これで宇宙を飛べると思ってなかったな・・・」
絵瑠は、自身の変身能力を使って背中に翼を出現させていた。
何を今更という気もするが、今の今までずっと”女神”もしくは”女王”の能力を使っていたものだから気づかなかったのだ。
とりあえず、絵瑠の中の常識では宇宙には空気がなくて、重力もなくて・・・・。
絵瑠が生まれた箱庭はそうだったし、絵瑠の常識に基づいて創られた絵瑠の箱庭もそうだったはず。
普通の人間は生身で宇宙に行ったら即死だし・・・・ここにいる面々が普通ではないにしても、無重力の世界で下に落ちていくことはない。
「そうなんですの?」
半ば呆れたような絵瑠の呟きに、アルテナは首を傾げた。
多分・・・・・・・・アルテナにマトモな宇宙知識がなかったおかげでこんな妙な宇宙空間が出来ているのだろう。
もしかしてこの宇宙の住民達が宇宙船の開発よりも転送装置の開発に重きを置くのは、重力つきの妙な宇宙空間のせいじゃなかろうか、などとまったく理論性のない考えが浮かんでしまう。
「普通飛べると思うんだけど・・・・。あ、でも星の上と宇宙空間で重力にかなり差があるから機械だと調整がなかなか上手くいかないってキリトがぼやいてたよ。魔法だと魔力がもたないしね」
この宇宙で生まれ育った羅魏も、絵瑠の疑問の意味がわからないらしい。不思議そうに絵瑠の言葉を聞いていた。
とりあえず、羅魏の呟きにより先ほど絵瑠が思いついた考えは間違っていないことがわかったが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、それはさておき。そんな雑談をしながら、行きのときよりもずいぶんと時間をかけて結城たちの待つ星――纏永へと戻ってきた。
三人は、上空からマンションを眺めて絶句する。
マンションの屋上に集まっているその人数。しかもその中に見覚えのある人間がチラホラと。
「まあっ、皆様こちらに避難してきたんですの?」
アルテナが誰にともなく呟いた。
そう考えるのが普通だろう。
女王から分かたれ、今や完全に別の存在となった”女王の能力のカケラ”があるからこそ、この箱庭を保てたわけで、多分今ごろ亜夢の国や他の箱庭はますます崩壊が進んでいることだろう。
「羅魏くん、屋上のほうに降りましょう♪」
友人達の無事を確認できた安心からか浮かれた口調で言うが、羅魏はあからさまに嫌そうな顔をしている。
「じゃあアルテナだけそっちに降ろすよ」
アルテナが不満げな顔を見せるが何か言われる前にさっさとアルテナだけを屋上のほうへ降ろし、残った二人はさっさと部屋の方へと移動した。
――さて、絵瑠たちが崩壊を止めようと頑張っていた頃、結城たちは・・・・。
屋上から部屋に戻る途中、裕は何度も後ろを振り返っていた。
「どうかしたのか?」
結城の問いに、裕は困ったように笑う。
「あの人達、あのままでいいのかな・・・」
「って言われてもなぁ」
確かに屋上で待たせるのは悪い気もするが、かといってあの人数を家に招き入れるのは無理がある。
「ま、仕方ないだろ」
結城はあっさりと言って、家の扉を開けた。
「仕方ないのはわかってるけどねえ」
どうしても納得がいかないのか、裕は苦笑して言う。
ちょうど、二人が居間に入ってきた時だった。
突如、激しい揺れに襲われた。
「なんだぁ?」
立っていられる状態ではないので、宙に浮いて窓から外の様子を窺う。
どうやら星全体で大地震が起こっているらしい。
ガチャン! と大きな音がして、後ろを振り返る。
「裕!」
居間の中央付近で座り込んでいる裕のすぐ上にある蛍光灯が割れたのだ。
慌てて降ってきた蛍光灯の破片を吹き飛ばし、裕のそばに戻る。
「これって、崩壊の影響なのかな・・・」
裕は不安げに呟くが、結城にはそうは思えなかった。
「崩壊の影響っつーよりは、箱庭を支える人間を変えようとしてるせいだと思うな」
結城は以前一度、箱庭が崩壊するさまを見たことがあった――絵瑠が”管理者”から”女神”になり、絵瑠の箱庭が消えた時だ――。あの時と状況は違うが、支えを失ったための崩壊という意味では状況はよく似ている。
あの時は音もなく静かに、ただただ全てが色を失い消滅していった。こんな現象はおきていなかったのだ。
どちらにしても、このままではまずい。
この星の人間はどうでもいいとしても、裕と亜夢の国の住人たちを守るためにはこの星を守らねばならない。
「結城くん・・?」
裕は突然静かになった結城を訝しげに見つめて呟いた。
だが、結城はその声に答えなかった。答えられる状態ではなかったのだ。
一つの星という広い範囲を守るためには、それなりの力と精神力が必要だった。
(・・・壊すだけなら一瞬だし、楽なのになぁ)
心の中で溜息をついて、時が過ぎるのを待った。
――・・・どれくらいの間そうしていただろうか。
すぐ横で、ドサっという音がした。
「・・・・・・?」
裕が倒れたのは見えたのに、それを頭で理解するまでにしばらくかかった。
「裕!」
動揺し、星を守っていた力を維持できなくなるが、どうやら星のほうはもう大丈夫らしい。
「大丈夫か?」
大丈夫そうには見えない。だが、これくらいしかかける言葉が見つからなかった。
「・・・・・・大丈夫。ただ、体に力が入らなくて・・」
裕はいつもと同じような穏やかな笑みで答えてくれた。
「大丈夫って言わないだろ、それ!」
だが、結城にできることは何もなかった。
結城は治癒や回復に関する能力を持っていなかったし、多分そういう問題ではないだろうこともわかっていた。
結城に出来ることは、ただ絵瑠と羅魏の帰りを待つことだけだった。